マイルス・マクギリスの焦り 2
急に思い立って手紙を読み返す気になったか、必要ができたのか。
どちらだろうと考えながらシャーメインの手を適当にぽんぽんとする間も、階下の声は響く。
「あれがないと。あれがあればシンシアが出てきても、関係ないんだ。ああっ、どこへやったんだ!?」
「シンシア? その方からのお手紙ですか」
あれあれ言われた母が混乱するのも無理はない。マイルスと一緒に暮らし始めたのは、城砦が攻め落とされマクギリス伯爵一家が離散してからのこと。
行方知れずとされながら、誰もが死んだと思っていた伯爵の娘シンシア・マクギリスの名は、アンディの知る限りうちで会話に出たことがない。
「もういい! 私がひとりで探す。今後、書斎には立ち入るな! シャーメインもいれるんじゃない」
「……はい」
短い返事からは、母の気持ちまで読み取ることは不可能。シャーメインの名だけ出すのは、アンディが書斎に近寄らないことを知っているからだ。
「お兄ちゃん、お腹すいた」
「今はタイミング最悪だ。もう少し待って」
「引き出しにお菓子ないの?」
シャーメインの切なげな訴えは可哀想で同情するけれど。
「ごめん」
「クリスチナとケーキ食べたいね。ちっとも会えない。クリスチナ、私のこと忘れちゃう」
うわっ、泣かれたら面倒だなと思う。同時にシャーメインを口実に外にでようと考える。
明後日は創立記念日で休校。今の感じでは家族揃ってのお出掛けはなさそうだ。
マイルスの機嫌は悪く、なおるまで母は息を潜めてやり過ごすつもりだろう。
シャーメインも子供なりに場の険悪さを感じ、居心地が悪そうにしている。
原因は僕だ。でも手紙を持ち出したことに後悔はないし詫びる気持ちも湧かない。
マイルスの行いを母は知らないままでいい。教えて母の心を乱したところでなんになる?
マイルスの家に住み、マイルスがいることで成り立つ生計。
家出をした時には「親子三人で暮らしたいのにどうしてどうして」と思った。
けれど、今なら分かる。あの頃だって金銭援助は受けていたのだ。
「お兄ちゃんの学校はね、お父さんがいないと通うのが難しいんだ」
「ふうん」
シャーメインに言ったところで、意味はさっぱり、だろう。それでも一応相づちは打ってくれる。
「シャーメインのお父さんだしね」
あんなクズでも妹の父親。僕と血が繋がっていなくて本当に良かった。
思いきり反抗したり、過去の行いをなじったりしないのは、母とシャーメインのため。自分のためでもある。
「新しい父親が嫌でも、身を肥やすのに利用しちゃどうだ」とのオヤジの言葉は頭に残った。
マイルスにはそれなりに感謝はしているが、伯爵の器じゃない。爵位を継いでも慣れた王都に居住するつもりだと話していた。
それなら地元を大切にするクリスが伯爵になるべきだ。
あいつが嫌いだからクリスに味方するんじゃない。伯爵にふさわしいのは絶対的にクリスだからだ。
血縁でない僕はただの傍観者だけれど、スカッと胸のすく展開を見たい。マイルスが酷い行いの報いを受けることを望む。
「シャーメイン。明後日学校がお休みだから、ティールームに行こうか」
「いく」
シャーメインの返事が早い。偶然クリスに会えれば一番だけど、馴染みの店員さんに伝言を頼めば連絡はつく。
それまでに少しマイルスの様子を探ってみようか。今後、特等席で見物するために。
アンディにはクリスの言う「悪い坊っちゃん」の自覚があった。




