マイルス・マクギリスの焦り 1
アンディは自室にいる。宿題を広げたものの、まったく集中できない。
「私の物には触れないよう言ってあっただろうが!」
「そうは言われましても、お掃除はしませんと……」
下の階で「父」マイルスと母の言い争いが続いている。
いや「言い争い」は違う、争ってはいない。マイルスの怒りを、母は困惑しつつ受け止めてやんわりと自己弁護している。
「掃除と処分は別だ。私の物を勝手に捨てるなど」
「お言葉ですが、旦那様の物を私の判断で捨てたことはありません。置き場所のお記憶違いということはございませんか。お探しのものは、なんですの?」
母がおっとりとした人でよかった。これが「おっかさん」クリスのジェシカ母さんだったら大変だ。
「自分のもんを自分で管理できないなら、持つな! その度に『ないない』と騒がれちゃ、こっちはいい迷惑だ。だいたい無くて困るモンなんて、お前さんにあるのかい」
オヤジに向かって勢い良くたたみかけるジェシカ母さんの手には、火かき棒か鉄鍋があるはずだ。
マイルス、この母でありがたいと思えよ。心のうちで毒づく。
宿題を放りだし聞き耳を立てていると、部屋の扉が遠慮がちに軋んだ。
反射的に振り返った視線の先にいたのは、シャーメインだった。
「お兄ちゃん」
把手を両手で握り、弱りきった顔をする。
マイルスはいつも穏やかな雰囲気をたたえている。それが素なのかどうかは分からないが、シャーメインには今の父親が別人に思えることだろう。怖がっているのかもしれない。
「うん、下が大変なことになっているね」
おいで、とすると、大人しく隣まで来たので、久しぶりに膝にのせてみる。
いつの間にか重くなっていて、持ち上げる時に「んっしょ」と声が出てしまった。
シャーメインは、ほうっと安心したように兄のお腹を背もたれにして机に向かう。大きさと温かさは、昔のクリスを思い出させた。
「お兄ちゃん、お母さん大丈夫?」
心から心配そうに言う。
「大丈夫。好きで結婚した人なんだから、自分でなんとかするよ」
「でも、お父さん怖い顔をしてた。私にも箱を触ってないかって聞いた」
「箱?」
「なかに大事なお手紙があったのにないんだって」
シャーメインが腕でそれらしい大きさを作り、重大な秘密を打ち明けるように小声で説明する。
「お手紙か。いかにもなくなりそうなものだね。紛れて捨ててしまったかもしれないし。探しても見つからないよ」
アンディの頬の緩みにつられてシャーメインの緊張が和らぐ。
妹を落ち着かせようと笑ったわけではない。お探しの「大事な手紙」なら僕が持ち出したから見つかるわけがない、と思ったら笑いが漏れただけ。
伯爵夫人からの手紙。初めは欲しい二通を模写して、本物はクリスへ写しはキャビネットの文箱へ入れた。
そこから日にちが経っても気がつく様子がなかったので、写しも抜き取り、学校の焼却炉へと投げ込んだ。




