勇者と少女の悪徳貴族撃退劇 中編1
「グヒヒッ、バカだなお前」
「何がだよ」
「何がって、この毒ガスまみれの空間から出れなくなったんだぞ?」
「勘違いすんなよ、周りに人が居たら全力でお前をぶちのめせないだけだ」
「ふんっ、生意気な口だ」
「生憎、生まれつきの口だ。変わらねぇよ」
「強がるその姿勢、すぐに崩してやる!霧の中を這いずる毒鎖!」
周囲の毒ガスの中から、鎖の形をした毒ガスがランの足に引っ掛かる。
「こ、これは…!」
「触れれば毒が回る鎖、そして!」
「ぬおっ!?おわああああっ!?」
鎖がランを持ち上げて、まるでメリーゴーランドのようにぐるぐると回し始める。
「このまま振り回しながら、毒と吐き気で殺してやるぞ!」
「おおおおっ!?」
「グヒヒッ!どうだ、これで少しは減らず口が減るだろ!」
「おええええっ!」
口数も減ったが、胃の中にあったものも同時に減らしてしまった。
「お、お前!?ゲロをバラ撒くな!僕ちんに当たったら、どう責任取ってくれるんだ!」
「おえっ…気持ちわりぃ…」
「気持ち悪いのはお前じゃい!」
憤慨する貴族を無視し、ランは振り落とされた今も吐き続けている。
「クソッ、しょうもない攻撃しやがって…」
「ふんっ、次はちゃんと殺してやる」
「けど、お陰で少し毒気が抜けた気がするぜ」
気の所為かもしれない、だが先よりはマシだ。
「だからと言って、僕ちんには勝てないだろ!」
「雷撃閃光…!」
雷のように素早く、一直線に走り抜ける姿はまるで閃光。
「なっ…!?」
その素早さに、貴族は冷や汗を掻く程に驚く。
「ちっ、やっぱ当たらねぇか」
(な、何だ今の速度は…)
通られたと思った瞬間には既に、背後に立たれていた。
初動は見えたが、その後が一瞬たりとも見えなかった。
(今のは明らかに、人間の限界を超えているぞ…!?)
「おい」
「…な、何だ」
「何ビビってんだよ、体を毒ガスにして当たらねぇようにしてんだろ」
「び、ビビってなどいない!」
(そ、そうだ、僕ちんは毒ガスなんだ。こんな奴の攻撃に当たる訳が無いんだ…!)
「ニヒッ!そうこなくっちゃあな!」
「毒剣、僕ちんの本気で相手をしてやる」
剣のような形をしながら、ユラユラと揺れるガスの剣。
斬られてもダメージは無いが、代わりに毒ガスを体内に直接流し込まれる。
「毒ガスの剣!?」
実態が無い故に、普通の剣のような打ち合いは出来ない特殊な剣だが殺傷能力と言う一点に置いては、そこらの剣を大きく上回るだろう。
「何だ、ビビったのか?」
「いいや、随分と面白いものを持ってるなって!雷撃乱射!」
「くっ…!」
(こいつ、本当に僕ちんの毒ガスが効いているのか…!?)
頭上から降り注ぐ雷が、悪徳貴族に当たることは無い。
しかし、こうも雷が光っていては視界が悪く、姿を見失いそうになる。
毒ガスを食らって尚、動くランに少しばかりの焦りが生じ始める。
「まだまだ行くぜ!雷撃———」
(何と言う手数だ、このままでは…!)
悪徳貴族の毒ガス魔法には一つ、抜け穴がある。
ここまで粘られては、その抜け穴を掘られかねない。
そう思った時、ランの体に異変が走る。
「がはっ…!」
「…!グヒッ、グヒヒッ!やはり回っていたようだな!」
「ち、ちくしょ…」
一見、平気そうに見えていたランの体は既に命を落としても不思議ではない量の毒ガスを吸い込んでいた。
本来なら数秒でも危険な状態になる毒ガス魔法、ランはそれを10分以上は吸い込んでいる。
人間である以上、呼吸をしないと言うのは不可能。出来たとしても、これだけ動いていれば確実に毒が回る。
悪徳貴族が驚く程の速度を出したのも、ランの焦りから出た一手だった。
(少し驚いたが、これなら抜け穴を掘られることは無い!)
「死ねぇ!ラン・オーガスト!」
意気揚々と毒ガスになりながら、隠し持っていた小さなナイフ片手に突っ込んで行く。
手負いの今がチャンスだと、ここで確実に殺すのだと。
「ニヒッ…!」
「なっ!?ぼ、僕ちんの手を…!」
これまた驚くことに、ランは悪徳貴族の手を掴んだ。
毒ガスとなっている筈の、彼の手を掴んだのだ。
「や、やっぱ、完全に無敵って訳でも、無いみたいだな…!雷撃」
「しまっ―――」
「直閃!」
「がああっ…!」
(こ、こいつ、まさか、僕ちんが動くのを…!)
自然系の魔法で自分自身の物質を変化するのは、かなりの高等技術で出来る者は少ない。
だが、完全に無敵と言う訳でもない。
ランも体を雷に変化させることは出来るが、呼吸をする以上は毒ガスを吸い込んでしまうのも同じ原理だ。
同様に攻撃をする時、何かに触れる時は物質変化が出来ない。
トドメを刺そうと、近寄ってきた隙を見逃さなかった。
ランは元より、これが狙って動いていたが。
「はぁ、はぁ…」
「グヒッ、グヒヒッ…!」
「な、何が、おかしい…」
「確かに、僕ちんを誘導したのは褒めるべき点だ」
「そりゃ、どうも…」
「だが!貴様は甘い!」
「ああ、らしいな…」
悪徳貴族にダメージこそ与えられたものの、ランが弱っていたのもあり、大したダメージにはなっていない。
ついでに言えば、ランの方が重傷だ。むしろ悪徳貴族は軽傷で済んでいる。
(クソッ…最近雑魚ばかりとしか戦ってないせいで、鈍ったか…)
思えば魔王討伐以降、強敵との戦いなど無かった。
荒くれ者を気の済むまで殴るぐらいしか、魔法を使う機会が無かった。
今の平穏な日常が続いてくれるのは、元勇者として本望ではあるが。
決して戻りたいとは思わない、戦うのは好きだが平和な世が続くのであれば、それで良い。
それが一番良い。しかし、こういう状況に直面すると、あの頃の日々が愛おしく思えてしまう。
(やべぇ、もう毒が…)
続けてきた痩せ我慢も、いい加減に限界だ。
回復魔法でもあれば良いが、現実はそう上手くは行かない。
「今度こそ、本当にトドメを刺してやる!霧の中を這いずる毒鎖!」
もう動けないが、悪徳貴族は念には念を重ねる。先と同じ過ちは繰り返さない。
毒ガスで出来た鎖で、手足を持ち上げて身動きを封じる。
小さなナイフを振りかざし、狙いを一点に定める。
「死ね」
放たれたナイフは、一直線にランの喉を目指す。
(ああ、終わったな俺…)
自分の命の終わりを悟ってしまい、静かに瞼を閉じてしまった時。
「何、してるんですか!」
ランにトドメを刺す筈だったナイフは、1人の少女の手によって叩き落とされる。
「お、お前!?」
ラン達が追いかけ、奴隷商人に騙され連れ去られた所を助け、逃がした筈の少女が怒りの表情を見せて立っていた。
「お前、何で戻ってきたんだ…」
「私だって戻りたくなかったです、でもレンさんが」
「……レンが?」
「あいつは無茶するからって」
そう言いながら、少女は助けに来た経緯を語り出した。




