勇者と少女の悪徳貴族撃退劇 前編
「い、いきなり何をするんだ!僕ちんは貴族だぞ!?」
(う、嘘でしょ…!?私もいるのに、この人…!)
少女も関係なく殴ったように見えるが、これでも一応当たらないようにはしていたが。
狭い道で車が二台通るには、ゆっくりと進むしかないようにギリギリ当たらないようにしていたが、少女からすれば一歩違うだけで死んでいた雷にしか見えなかった。
「うるせぇ!良いから早く、その女をこっちに寄越せ!」
「貴様、礼儀と言うものが無いのか!?」
「いつもいつも、何故お前は待てんのだ…」
「毎度のことだけど、どうしてこうなるのかしら…」
(私やっぱり、この人のことを勇者だと思えない…!)
少女の中での反発心が強くなっていることなど、ランは気に留めていない。
(つーか、こいつ…)
ランが問題視しているのは、今の雷撃直閃が手加減無しの一撃だったと言うことだ。
この貴族は倒れるどころか、手を出されたことに憤りながら小踊りしている。間違いなく只者ではない。
「おいお前、僕ちんの話を聞いているのか!?」
(おんもしれぇ…!)
危機的状況にも関わらず、久々の強敵に胸が躍り始める。
「ぐぬぬっ、お前僕ちんの話を聞いていないな!」
「あん?何だよ、話って」
「むきっー!?やっぱり聞いていないじゃないか!」
「言いてぇことがあんなら、ちゃんと言えよ」
「さっきから言ってるんだよ!」
「知らねぇよ、俺の耳には届いてねぇんだから意味無いだろ」
「…っ!?も、もう怒ったぞ!お前が誰か知らないが、ここで殺してやる!」
「望む所だぜ!」
「気を付けろラン、そいつ只者じゃ!」
「分かってる、ちゃんとやるさ!」
「仲間への遺言は、それだけで良いのか?」
「遺言だぁ?俺が、お前に負ける訳ねぇだろ」
「お前、やっぱり生意気だ!これで殺してやる!毒霧の楽園!」
「これは!」
「範囲50mに及ぶ毒ガスを、お前に耐えられるかな!?」
「毒ガスだと!?」
(どうして今日は、こんなに巻き込まれるの…)
「しまっ―――」
「お母さん、お父さん、ごめんなさい…約束は果たせそうにありません…」
「吹き荒れなさい!走駆風!」
駆け抜けるように風が走り、毒ガスを吹き飛ばす。
「な、何!?」
「へっ…?」
「おお、流石リン!」
「私の魔法は風、例え毒ガスだろうと吹き飛ばししまえば関係無いわ」
「ぐぬっ…!生意気な小娘だ…!」
「それと、その子は返して貰うわ!」
「きゃっ!?」
(凄い勢いの風、なのに…)
突風のような勢いがありながらも、そよ風のような優しさのある風で少女を運ぶ。
(どこか温かい気がする、良い風…)
「大丈夫?」
「は、はい!」
「か、風魔法の使い手…!」
この悪徳貴族も、3対1な上に1人は相性が不利と分かっている以上は戦うのは得策ではないと理解はしている。
退くしか無いが、ここで退けば貴族としてのプライドが傷付く。
それに、あの少女も自分の物にしたい。少し小汚いが、あれの歪んだ顔を想像するだけでも十二分に価値がある。
「どうしたよ、リンの魔法を見た途端に顔色が悪いぜ」
「だ、黙れ!お前達などに、怯える必要は無いのだ!毒霧の楽園!」
「また毒ガスを出すだけなら、私の魔法で吹き飛ばす!」
「へっ、同じ手とは芸がねぇな!」
「やってるのはリンだがな」
「走駆風!」
先と同じように風で毒ガスを吹き飛ばすが、貴族は何故か笑っている。
「何であいつ、笑って」
吹き飛ばされてしまうと言うのに、どこからその余裕が来るのか分からない。
(毒ガスは風で吹き飛ばされている、これでは悪戯に魔力を消費するだけのはず…)
ランの一撃を受けてピンピンしている相手とは思えない愚策。
「まだだ!毒霧の楽園!」
懲りずに貴族は、魔法を使い続けた時に異変は起きた。
「何度やれば無駄だと!走駆―――ゲホッ、ゲホッ…!?」
毒ガスが無いはずなのに、リンは咳き込んでしまう。
「そ、そういうことか!」
「ちっ、あいつやっぱり!」
そして2人が、ようやく貴族の狙いに気が付いた。
「グヒヒッ、そろそろ効いてきた頃合いか!ならトドメを刺してやる、毒霧の楽園!」
狙いは、この空間に毒ガスを蔓延させること。
リンの風魔法で吹き飛ばされていた毒ガスとは別に、地面を蛇のように這いずりながら毒ガスは4人の足元までに来ていたのだ。
「そ、そういうこと…」
人を殺すには十分な毒ガスが既に回り始め、4人の意識が朦朧とし始める。
すぐに死ぬとまでは行かないが、このままでは確実に4人とも殺されてしまう。
「僕ちんってば流石!やっぱりバカ共とは、頭の出来が違うんだよね~!」
自身の策略に引っ掛かったラン達を嘲笑いながら、バカみたいにムカつくニヤケ顔が余計に気分が悪くなる。
「クソッ、あの狸野郎が…!」
(マズい、このままだと全員殺される…!)
(だけど、私達には作戦が…!)
予想だにしていないかった強敵だが、これならこれで都合が良い。
「グヒヒッ、降参するならそこの少女と女だけは助けてやっても良いぞ?勿論、僕ちんの奴隷としてだけどね!」
「こんの、外道が…!」
「い、良いのか…?」
「何が?」
「お、俺はエグゼステンス王国国王レン・エイプリルだぞ…」
「なっ!?お、お前が…!」
「こ、このまま俺を殺せば国際問題になる…」
ここで貴族が他国の王を殺せば、間違いなく戦争になる。例え仲が悪かろうと、戦争は互いにとって出来れば避けたい一手だ。
それを分からない相手ではない。
(こ、これで助かるはず…)
「でも、お前達全員が死ねば目撃者は居なくなるんだよ?そしたら国際問題には、ならないよね?」
しかし、この貴族には通用しない。いや言い訳ばかりしてきたコクリーンに、その手は通用しない。
例え戦争になろうとも、手強いのはあくまでも有象無象を蹴散らせる勇者達だけ。
その3人が居なくなるのであれば、コクリーンの勝利は固い。
「き、貴様!レンの命を何だと…!」
「僕ちんにとって大事なのは、可愛い女の子を奴隷にすることと僕ちんだけ。国王だろうが何だろうが、どうでも良いんだよ!」
その上で、この性格だ。無意味な脅しは効かない。
(クソッ、このままだと本当に全員…)
「お前ら、そいつ連れて逃げろ…」
「何を言ってる、お前ではあの貴族とは相性が…!」
「そうだ、魔法なら私の方がまだ」
「良いから、連れて逃げろ…どの道、リンの魔法で吹き飛ばせないなら本人をぶん殴るしかねぇ」
相性が良いとは言え、室内である以上は完全に風で吹き飛ばせない。
外なら相性が良いが、ここではリンが不利だ。
それに一度外に出れば毒を抜けるが、このまま居ては毒を吸い込むだけ。
「だがラン、それでは…!」
毒が回り切れば死ぬし、回り切る前に外に出れても間に合うかどうか分からない。
文字通り、命懸けの足止めだ。そんなことを許可出来る程の冷静さをリンは持ち合わせていない。
「言ってただろ、俺達の目的はこいつらを懲らしめる事じゃないって」
それはここに来た時に、リンがランに放った言葉だ。
「…!ははっ、まさかランに言われるとはな」
「任せて、良いんだな」
「安心しろ、死にはしねぇよ」
「武運を祈る」
「逃がす訳、無いだろ!」
去ろうとするレン達を、ガスとなって迫る。
「それは、俺の台詞だ!」
だがランは、出入り口を雷で壊すことで貴族がレン達を追えないようにした。
「くっ…!」
しかしそれは、ランが毒ガスが蔓延した状態で逃げ場を失ったと言い換えた方が適切だろう。




