逃げる少女、追う勇者
建物の間で人から金を巻き上げたチンピラを、元勇者のラン・オーガストは泣こうが喚こうが許しを請うが、容赦なく痛みつけゲラゲラと悪魔のように笑う。
粗暴で騒がしく、しかして最強な勇者。
少女は、これが7ヶ月も掛けて探し求めていた人の姿と認めたくない。
「こ、こんな悪魔みたいな人が勇者な訳ありません!」
「いやー俺に言われても、ねぇ…?」
まるで「仕方がないじゃん、事実なんだから」と言わんばかりの声音に少女の怒りのゲージは上がるばかり。
だからと言って、この男性に当たるのはお門違いと言うもの。
(ど、どうして村の言い伝えでは勇者は強くてかっこ良くて優しい聖人だって…)
それがどうしたものか目の前にいる勇者と言われている人物は確かに強さは本物だろう。
相手も魔法を使えるにも関わらず、大人4人を恐怖で泣かせ跪かせながら周囲を破壊し尽くしている辺り相当だ。
だが、これではカッコいいどころか、あれはまるで畏怖の対象だ。聖人ではないのも確かだ。
「あんな人、私は認めない…!」
「おい嬢ちゃん、今近づいたら!」
少女は荒れ狂う雷の中を怒りを地面に叩きつけるように歩く。
「ちょっと貴方!」
「ギャハハハ!お前ら悪党の癖に骨がねぇな!」
ラン・オーガストの背後に立ち、声を掛けるも聞こえていないのか、無視されているのか、こちらを振り向く素振りを見せない。
「私の声、聞こえてるんでしょ!」
「悪党なら自分がやられることも覚悟しろよ、情けねぇな」
「……無視、してんじゃないわよ!」
「ぼへぇっ!?」
「な、殴った!?」
「あの勇者を!?」
明らかに無視されていると感じた少女は、堪忍袋の緒が切れ、つい手を出してしまった。
「あっ」
これではこいつと何も変わらないではないか、説教をしようにも人のことを言えない。
少女は近くの家の壁をも砕く力で、ラン・オーガストをぶっ飛ばした。
周りの住民達の視線は最早、日常的に物を壊す元勇者ラン・オーガストでも、金を巻き上げたことを涙を流しながら許しを請うチンピラでもなく、この少女へと集まっていた。
だが当の本人は壁を壊してし、怒りのあまり仮にも騎士団と言う取り締まる人間を殴ってしまい、これでは説教どころか自分が牢屋に入れられ両親に会わす顔が無くなってしまい焦りに焦っている。
「どうしようどうしよう、こんなはずじゃなかったのに…!」
積もる焦りが零れたのか少女は目を回してバタンッ、と倒れてしまう。
「……何か倒れぞ」
「ああ。倒れたな」
ざわつく住民達、どうしようかと皆が悩ませている中一人の女性が少女を持ち上げる。
「全員落ち着いて、この子は私が保護します」
「あっ、はい!」
眼鏡をかけキリッとした女性はリン、騒ぎを聞きつけてここにやってきた。
「ラン、いい加減に暴れるのは―――って、倒れてる?何で?」
「ランでしたら、その少女が」
「この子が、どうしたんですか?」
「その信じられないんですけど、こう一発」
住民の素振りを見てリンは声を荒げた。
「ランがぶっ飛ばされたの!?」
「ええ、はい」
「……いやいや、こいつはこれでも世界最強の男だぞ。少女にぶっ飛ばされる訳が」
あまりに信じられない事を言われ驚きを隠せないが、住民達が集団で騙そうとしている感情は見えない。
(信じられない、こんな華奢な子が…いや考えていても仕方がない、とにかくこの子とランを医務室まで運ぶとするか)
話を聞きたいのは山々だが当の本人達が気絶していては聞きたくとも聞けず、一度担架に乗せて医務室に運んだ。
* * *
「うっ、う~ん……」
「あら、起きたみたいね」
「貴方は…?」
「私は王国騎士団団長補佐兼国王側近のリン・セプテンバー、リンで良いわよ」
目が覚めると知らない女性、そして思い出す決してやってはならない事。
(あ、私、もしかして…!?)
衣食住を提供されるのは大歓迎だが、一生閉じ込められるようなことになれば、亡くなった母の遺言である、魔王を倒して欲しいと言う悲願を叶えられない。
このままでは、まずいと急ぎ起き上がろうとするが。
「あた――、っ~~~!」
「っ~~~!?」
勢いよく、頭と頭をぶつけてしまう。
「ご、ごめんなさい私慌てて」
「だ、大丈夫よ、それより話を―――」
「ぐわぁああああ!」
リンが話を聞こうとした時魔獣いや、ランが目を覚ます。
「……全く、貴方は静かに起きれないの?」
「くそっ!振り返った瞬間にぶん殴られたけど、あのガキ誰だ!?」
「ギクッ」
「この俺を殴ったんだ、拷問に次ぐ拷問で甚振ってやる…!」
「ギクギクッ」
「ん?おい、どこに行くんだ君には聞きたいことが」
「すみません後で絶対戻ります!」
少女はこのままではあの悪魔のような男に殺されてしまうと考え医務室を飛び出した。
「行ってしまった…しかし不意とは私が頭突きを食らうとは」
リン・セプテンバー、眼鏡を掛け綺麗な黒髪ロングに端正な顔立ち、そして母のような優しさを持つ。
彼女は元勇者のパーティーの一員にして今は騎士団でランの補佐(後始末)をしながら、国王の側近を兼務するが実力はトップクラス。正に文武両道を体現している女性だ。
彼女も最強と呼ばれるラン程ではないにしろ、相当な手練れでもある。
「あん?今、誰か居たのか?」
「ちょっと事情を聞こうと思っただけなのに、どうして…」
「じゃあ、追いかけて捕まえてくるわ」
「手荒な真似はしないでね」
「分かってるよ、何の罪もない一般人に手を出すような奴じゃねぇよ」
(その手を出した相手だから言ってるんだけど、気が付いていないみたいだし、言わなくて良いわよね)
最強と謳われるランを殴るなど、リンでも出来ない。と言うか日頃の鬱憤を晴らしたいので、方法があるのなら教えて欲しいと言うのが本音ではあるのだが。
それとは別に、彼女が一体何者なのかにも興味がある。
* * *
「はぁ、はぁ、はぁ」
一方で少女は街を走っていた。
王国騎士団団長に暴行を加え挙句、団長補佐とか国王の側近だとかと言っていた女性にも頭突きをかました挙句、こうして逃げている状況に危機感を覚えつつも引き返すことなど出来ず、逃げ続けている。
(やばいやばいやばい!勢いで逃げて来ちゃったけど、どうしよう~!?)
困ったことに行く当てもなく、このまま帰るのは大変ではあるが、少女のいた村まで誰かが来ることはない。
罪に罰せられることも無いが、そうなってしまえば二度と信用を得られずに魔王を倒す目的は疎か、勇者を仲間に引き入れることも叶わなくなってしまう。
「うぅ~、私のバカ!どうして逃げて来ちゃったのよ…!」
後悔していても仕方がないのは分かっているが、若さ故に対処法が思いつかない。
「おい、お前」
そんなところに何や聞き覚えのある声に呼ばれ顔を上げるとそこにいたのは。
「あっー!暴力勇者!」
「誰が暴力勇者だ!俺はラン・オーガストだ!」
「はっ、私を追いかけてきたってことは…」
殺されてしまうと考えていた少女は、一目散に逃げを選んだ。
「おい、てめぇ待っ―――てか足はやっ!?」
あっという間に距離を離され既に姿が見えない。
「はぁはぁ、ようやく追いついた…」
あまりの速さに呆けていると、リンが遅れてやってきた。
「……なぁ、あいつ」
「…?」
「どっかで会ったか?」
出会ったこともない少女に既視感を覚え、殴られた痛みも忘れ考え込む。
* * *
「また逃げて来ちゃった…」
頭も冷えてきて、自分がした事の愚かさを再認識する。
こんな事なら無銭飲食でもした方が億万倍マシなのでは?と、思いつつも過ぎてしまったことはどうしようも出来ない。
「はぁ、私これからどうなっちゃうんだろう…」
誰にも見つかりそうにない日陰で、一人悲しみに暮れ泣いてしまう。
「うぅっ…ぐすっ…」
「どうした嬢ちゃん、こんな所で泣いて」
今度は知らない声に安堵し、振り向くと如何にも柄の悪い連中がニヤニヤと少女を見つめる。




