三章五項 リリル
施設内は全体が細長い壁として建てられているので、向こう側の埠頭に出るのは簡単だ。
こうなったら、躊躇わずに行くしかない。
ほんの少し遠回りすれば、人目に付かず岸壁まではたどり着けるだろう。
船の場所も、そこまでの道のりもわかってる。“水霊”の最大の利点は、このような斥候能力にあるといってもいい。
操作しながら移動するのはかなり難しいけど、一度作ればしばらくの間、意識を移したり戻したりは出来る。
埠頭に出て、置かれた貨物や荷役の滑車などの間をすり抜け、すんなりと船までたどり着いた。
おお、なんか……凄いな!
大きい……。
船は見たことのない変わった形をしていて、後部に水車のようなものが取り付けられている。三本の帆柱があり、船の全長は五十歩ぶんくらいだろう。
影が落ちた巨大なその船影が、煌めく河の光をくっきり切り取るように遮っている。
少なくとも私は見たこともないくらい大きい船だ。他の船の二倍くらいの大きさに見える。
一体、こんなのでドコに行こうってんだろう。
ラディカ先生も同じ感想らしく、思わず顔を見合わせてしまった。
このコースの港としても規格外の大きさのようで、高さが岸壁から上にかなり飛び出ている。帆柱が、天井に突き刺さりそうなほど高い。
これじゃあ荷役に時間がかかるわけだな。
人目に付かないように気をつけながら、しかし大胆に移動する。船の中ほどあたりまで辿り着いた。
「さて、どうやって乗り込んだものか……。反対側にある舷梯を使うと人目につきます。それに、迅速に行動したい。なので、私の魔術で押し出して飛び乗らせます。上手く受け身を取って着地してください」
は? 私をってこと?
いやいやいや! マジ!?
受け身ってなに!? ま、ちょま――!
「行きます」
ぎゃあああ!! 受け身って何!?
アイツ、やってることヤバい。
「いやああぁ!!」
体の芯の中に、ゾワゾワとした浮遊感が襲う。成すすべもなく、船の甲板が迫ってくる。
「ぎゅっ!!」
「む? なんだお前ぇ」
痛ったぁ……。 お尻と顔を打った。き、気絶しそう。無茶苦茶だ、あの男……!
しかも、結局見つかってるし。
落ちた先は、ピッタリ人の前だ。
目の前に、かなり恰幅のよい、髭面のオジサンがいた。赤ら顔で、どうみても酔っぱらっている。
「誰なんだよ」
「……え?」
「え? じゃねえよ」
「え~と……、なんなのかなぁ? なんなんでしょうね? うん。私も聞きたいっていうか……」
「ああ!?」
あひいぃ!!
やっぱ悪そうな人だ! いや、少なくとも今のところ悪いのは私達なんだけど。
「ごめんなさい! 道を間違って……」
「道を間違って上から降ってくる奴がいるかよ」
「――いやいや、驚かせてしまい大変申し訳ない。まずはどうか、我々のことを説明させていただきたい。噂によると、何やらここの一団が、国家存亡にかかわる重大な使命を果たすべく、魔術師の協力を募っているとそう聞き及んだもので……。我々それを耳にし、在野にあり無冠の魔術師ながらその理念に共感し、かつ日々の己の研鑽を証明すべしと居ても立ってもいられず、ここまで馳せ参じたワケでございます」
ラディカ先生が、普通に舷梯をのんびりと上がりながら、いけしゃあしゃあとよく分からないことを曰わった。
正直、殺意が芽生える。
ぶっ殺してえ、このオタクのオッサン……。
「ああ……。なんだ、そういうことかよ」
いやザルかよ。いいんだ? それで。警備レベルは地の底じゃん。
「面食らっちまったぜ。気をつけな。思わず、このお嬢ちゃんの首を叩き落とすところだ」
「なるほど。それは結構。頼もしいことです」
「俺はダンゴってんだがね。お前さんみたいな気骨があるのは、いいよ。まあ、決死の旅ともなるか分からねえ。まずここばかりはのんびりやってくれや」
「ええ、お世話になります。私ラディカと、弟子のリリルです。我々、少々ここまでの旅で疲れておりまして……中で休んでも?」
「好きにしな。酒なら下に死ぬほどある」
ダンゴと名乗った男は、再び酒を嗜み始めた。
え?
……なんだろう? それだけ? これでいいの?
尾行からなにから無駄だったし。相手ももっと警戒するべきだし。大丈夫なの?
ラディカ先生は悠然とした風を装いながらも、足早に船の中に下りた。
「いやあ、危ない。なんとか上手くいきましたね。緊張しました」
「ふざけんな」
「すみませんでした。リリルさんがあんなに叫ぶとも思ってなくて……」
「私が悪いってんですか?」
「まあ三割くらいは……」
「あの、私、怪我しかけたんですよ。下手したら死んだかも。行き当たりばったりにも程があります」
「確かに。すみませんでした……」
「で? ここから、何を探そうってんです?」
「それなんですが、まあ……それは……」
ラディカ先生は、曖昧に返事をして、何も答えなかった。あの大きい人に仲間に加わるだなんて宣言して、大丈夫なのだろうか。
船は匂いからして新しい。新鮮な木材の香りがして、いかにも新造の船という感じだ。普通の船って凄まじい不潔さだから、苦手だったけど、今のところまだ嫌悪感はない。
船倉まで下りてゆく。港に天井がある弊害で、搬入口があっても船倉はほぼ純粋な闇だ。“水霊”を使って調べてみると、船倉いっぱいに荷物が満たされていた。
良く見えないが、積まれた荷物のほとんどは日用品やら食料やらのようではある。
「それで……。あの、先生?」
「ところでリリルさん。貴方は“レア”という組織をご存じでしょうか」
え? レ、レア?
「いや、それは」
「レアは近頃、ケイオンの近隣の地域に活動を拡げています」
「レアって……なんですか」
「革命軍の真似事をしている、犯罪組織です」
「そうなんだ……。そんな奴らが、ケイオンを拠点にしているって言うんです?」
ラディカ先生は、横目で私を見る。
「勢力というものは、活動が派手になればなるほど、拡大すればするほど、資金が必要になり、必要なモノや人脈が樹状図のように増え、その分ボロが出やすくなる。隠密のまま動くというのは不可能です」
「分かった……つまり、ここの船に乗る人達が、そのレアって組織の構成員ってわけですかね」
「そうかも知れません。まだ本当のことは分かりませんが。ただ一つ言えることは、レアには巨大な権力を有した支援者がいて、それは誰しもが知る人物である場合もある……ということです。こんな船を有するほどのね」
ラディカ先生は、外套の内側から、植物の蕾のような道具を取り出した。
小さな突起を押し込むと、青白く発光する。暗かった船倉は、一気に見通しが利くようになった。
「近年試作された魔術灯というものです。周辺のエーテルをかなり消費するので、時間をかけ過ぎると我々も魔術が使えなくなります。急ぎましょう」
そんなものがあるんだ。魔術師としてはデメリットもあるけど、なかなか便利だし、意匠も良いから私も欲しいな。
これだけの荷物だから、どうやら中には武器もあるようだった。食品、酒、日用品に燃料、武器、よく用途が分からない資材。荷運びというより、大所帯の引っ越しだな。よほどの大仕事をするらしく、目一杯荷物が積まれている。
ここから目当てのものを探そうとなると、かなり時間を要するかも。
ラディカ先生は、荷物には目もくれず奥に歩いてゆく。
「この壁を見て下さい」
「一応、普通の壁ですけど……何かあります? “水霊”だと、異変は感じませんけど」
「よく考えてください。この先は船の後端。船尾には大きな水車のようなものが取り付けてあったし、ならばここにも何らかの部品が取り付けてあるはず。そうであったとしても、そもそもこの船倉は狭すぎます。大概、船の木材の継ぎ目には水の浸透を避けるために、繊維とタールを混ぜたものを詰めますが、ここの壁だけ何も施工されてません」
先生が壁を叩くと、確かに音に違和感があった。音からは厚みを感じないし、くぐもった反響音が返ってきている。
よく見ると、先生の言う通り他の壁とは若干見た目も違う。
「まあ確かに……言われてみると、お粗末な感じですね」
「開けてみましょう」




