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異世界☆バルクアップ  作者: またん
三章 行路にて
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三章四項 リリル


 結局、休憩出来なかった。でも、あそこじゃ居心地は悪いな。

 実はそんな尾行も嫌いじゃないし。尾行は訓練でまだ二回ぐらいしかやったこと無いけど。背徳感からくるスリルみたいなのはあって、なんだかドキドキしちゃうんだよね。

 ラディカ先生が横から話しかけてくる。

 

「いやあ、最近流行りの茶菓子を食べ損ねてしまいましたね」

「うん? 別に良いよ」

「お、意外ですね」

「どういう意味ですか……」

「あれだけ休みたいと言っていましたし、それに流行り物にも執着があるのかと」

「別に……。今さらというか……執着とかじゃないし。それに、先生のワガママやアホくさい蘊蓄を聞いてあげられるのなんて、生徒であるユレシアか私ぐらいじゃないですか。こういうのも今に始まったことでもないし。慣れてます」


 ていうか、どういうつもりなんだろ。

 獣人を尾行している最中なのに、話しかけてくんなっての……。

 まあ、人混みの中なら雑談がてら歩くというのも、一応自然ではあるか。


「ユレシアちゃん、一人で大丈夫かなぁ。あの娘、変に頑固だから、起こったこと全部ありのまま話しちゃいますよ」

「勿論それでいいんです。ユレシアさんが被害の拡大を防いだこと以外は、特に我々が何かしたわけでもない。あの逃げた男、良い商売をしていたとも思えませんし、我々まで追及はないでしょう」

「なに? どういうこと?」

「あのような大量の穀物、今だと大層な値がつきますからね。戦争が苛烈になると、穀物の価格は大きく高騰します。麦に関していえば、去年のほぼ二倍。茶菓子で、あそこまでの量を使うとも思えませんし、輸出には規制が掛かってるはずです」


 うん?

 麦を闇取引して悪いことに使ってるってこと? よりによって、なんでそんなことを……。


「あの男、経営論を語ってましたが、その実、収益の多くはあの奴隷の獣人の働きに依存していたのではないかとも思えます。茶や菓子など、今は庶民にはなかなか手の出るものではない。現状、そう大した利益は出ないはずですから」

「そうなんですか。で……、それがユレシアちゃんとどう関係が?」

「どうというか……。まあ、この土地でああいった胡散臭い男のトラブルは日常茶飯時ということです。たまたまとはいえ、翡翠宮調査官という我々の仕事としてむしろ正当な結果だったかと」

「はあ……。まぁでも、あの人がろくでもない人だとしても、ちょっと納得しちゃう部分もあったかも……。綺麗事だけで、商売なんて出来ないとも思えるし。現実として正しいことを言ってる点もあったんじゃないですか?」

「奴隷と言えど、獣人の彼とあの逃げた男とは仲間ですからね。あわや仲間に殺されかけるような人間に、現実の厳しさを説かれてもとは思いますが……」

「まあ、それもそうか」

「それこそ情けや優しさをかけるだけなら金もかからないのだから、社会が厳しいというなら、最善を尽くすという面でも慈悲を与えて当然なのでは? とは思います。人間個人の力なんて、たかが知れてますしね」


 そう思うなら、もうちょっと弟子に優しくしてくれよ。

 まあ、言いたいこともわからなくはないけど。

 そもそもがあの人の場合、社会の厳しさを盾にした、劣等感のはけ口でイジメしてただけではある。そんな男に正論ぶつけたってしょうがないよ。


 なにより、魔術師界隈で孤立しがちなラディカ先生から出た理屈とは思えない。


 ケイオンで屈指の魔術師であるにも関わらず、これまでラディカ先生がさほど重用されなかったのも、こういう性格だからだろうな。

 プライドの高さもある、傲慢さもある、そして、自分の道理や正義に忠実でもある。好奇心も強く、少年のような大言壮語や捻くれた言動で痛々しい時もある。いつでも天才的な訳じゃなく、勘違いで癇癪を起こして手に負えない時もある。致命的なのは、人の弱さを軽んじてしまうことだ。

 私とユレシアに対する時、名だたる貴族の前、貧民街の物乞いをあしらう際、いつでも態度はほとんど変わらない。

 そういう人だから、上の人間からすればとにかく扱い難い。


 大人の社会では、新たな課題に対するとき、対応者の実力は意外と重視されていない。

 いわば、存在感。やはり格なのだ。“人としての格式”がなにより尊重される。

 扇動力だけ無駄に高い人を矢面に立たせて、引っ掻き回させた後に、何となく落ち着きどころで寛解する。見た限り、いつもそんな感じだもん。

 ラディカ先生は、性格の扱いにくさが権力者に疎まれ、その格式を貶めている。知名度に関していえば、アルマと天と地ほどの差がある。

 私だって、弟子としてそれを歯がゆく思わないわけじゃない。

 

 ラドラート家の先代家長……私のお婆様はいつも言っていた。『社会では吐かれたツバを舐める強さが必要』。

 この世は、それが例え理不尽だとしても、偉い人に媚びへつらうことが唯一無二の生存戦略である場合もある。そういうことらしい。たぶん悪どい商人も、必ずしも悪に堕ちたくて堕ちるわけではないだろうけど……まだ教えがしっくり来たことはない。

 ラドラート家ということにしか縋るものがない、そんな私のような凡人だとしても、ラディカ先生の生徒だから。


「まあ、もう忘れましょうよ。横槍入れて引き下がれなくしたのは、先生ですし。それに結局、先生ほどの魔術師になれる人間なんていないんだし……。いちいち、怒るような程度の相手でもないでしょ」

「確かに、そうです」

「でも、ユレシアちゃん、ホントに大丈夫なのかなあ」


 ま、いっか。

 ユレシアちゃんも、我がブラドラート家ほどではないにせよ、それなりに名のある家だし。

 いきなり捕まることもないでしょ。

 これからプロとして生きるなら、それぐらいの対処出来ないとだし。


 小柄な獣人を追跡していると、埠頭と街路を隔てる壁の扉を開けて中へ入った。


「あ、先生! 入りましたよ。あそこですね」

「そのようです」

「どうします?」

「張り込みするゆとりはないですし、船出されても困りますね。しかし、この大きな構造物の内部を詳細に把握するには時間が掛かりそうです。リリルさんの魔術を使うしかありません」

「お……! やっと出番が来ましたか」


 私の得意とする魔術には、まさにうってつけの仕事だ。やっぱりこういうのがないと、頑張り甲斐が無いですからな。


「じゃあ、早速行きますね……創気エラレス! 練魔キリメス! 溜魔アグナム! 導魔インデエス! いでよ、“水霊アシオン”!」


 “水霊アシオン”はちょっとした水溜りなどにエーテルを蓄え、意のままに操作できるようにする魔術。

 小さな水なら高速で移動もできるし、魔術師に遭遇しなければ、まずバレることがない。扉が施錠されていたとしても、隙間に浸透させるようにすり抜けることだって出来る。

 やはり潜入調査と尾行には、他を寄せ付けない完璧な魔術だ。

 

 よし、いざ潜入――。


「しかし相変わらず、リリルさんが魔術を使う時は元気ですね。折角の隠密行動向きの魔術と、とても相性が良さそうです」

「もううるさい! 気が散る!」


 先生が話しかけて来るせいで、一瞬、感覚が引き戻され、獣人の気配を逃しそうになった。集中せねば。

 う~む……。

 幸い、構造物の中は外から見て想像するほどは広くない。曲がりくねった狭い通路を追う。湿気が立ち込めてて、感覚を維持するのか難しいな。


「どうやらこれは……黒カビが多いですね」

「それが何か問題ですか?」

「いえ、個人的に汚いところの上を通りたくないので」

「……“水霊アシオン”という魔術は、リリルさんの潔癖とも相性が悪いですね」


 そうかな? まあ、そうかも……。

 どうせどんなトコを通っても水は汚れはするし、そこら辺の水たまりを使い捨てにするから、そもそもが最初から綺麗な水だとは限らない。カビなんて気にしなければいいだけなんだけど……。

 ただ本当に、気分的に嫌なだけ。


 どうやら、この建物の反対側は、すぐ河に面した埠頭らしい。


「……どうやら、壁の施設なかには結構人数が集まってますね。パッと感じた程度だと二十人近く」

「使われる船の特定は可能ですか?」

「はい。恐らくは。何だろうな……大きな動物。牛か馬みたいなのが外に繋がれてます」

「なるほど。動物で曳いて船出するのかも知れません。もう準備は概ね整っているのでしょう」

「それで? 先生が突入して、制圧します?」

「何故?」

「何故って……何故? 悪い奴らなんですよね?」

「別にそうとは限りませんが……」


 いやいや、だから知らないのよ。

 相手がどういう目的でどういう存在なのかさえも、聞いていないんだから。


「仮にそうだとしても、悪人を捕らえて尋問するのは、聖教騎士団の仕事です。我々の仕事の役割で欲しい物は証拠。船の中に人は居ますか?」

「たぶん、甲板に一人二人いるぐらいですね。トラブルがあったみたいで、大体は一箇所にみんな集まってます」

「なるほど、ならばやはり船に潜入してみるしかない」

「本気ですか……!? 見つかったらどうするんです」

「その時はその時。別に構いません。見つからないに越したことは無いですが……」


 うわ。正直、気乗りしないな。

 私って派手な行動するなら大義名分が必要なタイプだし……。調査官としてはそれがイマイチなのも知ってるけど、卑劣な手口を使ってまで仕事に忠実になろうなんて思ってもない。

 それに、相手が別に悪者じゃないってんなら、これじゃどっちが悪役か分からないじゃないですか。

 まあ、一応は“水霊アシオン”で戦うなら、これ以上ないってくらいの理想的な環境ではあるけど……。


 ラディカ先生は私の気分などはお構いなしに、真鍮の扉の鍵を魔術で断ち切ってこじ開けた。

 そもそも、取り残したユレシアちゃんはどうするつもりなんだろう……。


「行きましょう。危険を感じたなら、逃げて結構ですので」


 やれやれ、これだったら私もユレシアと共にあそこに残ったほうが良かったな。



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