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異世界☆バルクアップ  作者: またん
三章 行路にて
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三章三項 リリル


 店の前まで来ると、なにやら荷車の影から怒鳴り声が響き始めた。

 今まさにそこで、獣人の下僕が管理者らしき二人組に叱咤され始めたところだった。


 獣人の下僕は非常にみすぼらしい姿で、臭いも強烈だ。

 人間の骨格に近い熊か犬のような種族で、腕の途中から手先まで毛が薄くなっており、手は完全に皮膚が露出していた。

 肋骨が体毛ごしに透けて見えるほど、かなりやせ細っている。

 二人の男に叱責されているらしく、奴隷であることは一目瞭然だ。


「だから仕事が遅えんだよ。数量五百程度でなに一時間もかけてんの」

「……体調が悪くて」

「ああ? 使えねえなあ」


 どうやら、荷運びの仕事をしているらしく、麦の詰まった大量の袋を運んでいたようだ。

 こういう仕事ってのは大変だ。奴隷だろうし、この姿からみてもここの扱いは明らかに良くない。夢も創造性も皆無で、単調。如何に己が無価値か痛感させられる。こうはなりたくない。

 それに何より、大声で怒られてる人を見ると、こっちまで気分が悪くなる。


 どうやら管理者は、奴隷のその仕事ぶりに不満を持っているようだった。

 持っていた喫煙用のパイプで、軽く奴隷を叩く。

 ほぼ同時に私のすぐ横、腰もとあたりから声が響く。


「……おい。なあ、お前ら、そこまでやる必要ないんじゃねえか? そもそも、怒ってる時間が一番無駄じゃろ」


 そこにいたのは小さな獣人だった。ぶかぶかの外套を引きずるように羽織っていて、つばの広い帽子をかぶっている。

 新しいまっさらなトネリコの杖を持っていて、もしかしたら魔術を使えるのかもしれない。

 よせばいいのに……。お節介で止めに来たらしい。

 長身で痩せ細った獣人と種族は違いそうだけど、それでもこの町ではマイノリティの同じ獣人とあって、仲間意識を感じたのかも。客観的に言って、こういう仲間意識を見せられると、ちょっと相容れない印象は増しちゃうよね。

 やっぱ、人とは違うんだなって感じ……。マナーとか悪いらしいし……。


「そもそもこんなボロボロじゃし……なんかおかしくないか? ちゃんと報酬もらってんのか?」


 背の高い痩せ細った獣人の奴隷は答えず、ただ目を伏せた。


「お前ら、コイツをどれくらい働かせてるんじゃ」

「なに? なんなの? うるせえ、消えろ。汚い獣人」

「――しかしですね……、この町の総督であるステューキアン家の管理の規定で、奴隷使用には厳格な規制や決まりごとがあるはずですが……」


 あっ……! 先生がなにか好奇心を抱いて、干渉を始めてしまった。

 大概、ラディカ先生のこれは善意ではないから、話がより拗れそうだ。


「貴方は一日何時間ぐらい働かされてるのです?」

「……十八時間」


 じゅっ――十八時間? 聞き間違いじゃないよね? そんな働けるんだ、獣人って。


「なるほど、それは過酷ですね。数々の戦争で証明されてますが、汗をかかない獣人は我々人間よりも持久力に劣るとは言われてます。しかも手の体毛がなくなるほどとなると、深刻な栄養失調になりつつありますね」

「だったらなんなの? お前らになんの関係があんだ」


 怒るばかりの管理者のすぐ横にいた、身なりが整った偉そうな男が口を開いた。


「まあ良いでしょう。じゃあ、今すぐ二十分ほど休憩しなさい。皆さんお騒がせしました。どうぞ、お引き取り下さい」

「嘘じゃろ!? そんなの意味が……」

「甘やかしすぎると、すぐサボったり手を抜きますからね。獣人は常識がなさすぎる。厳しすぎるくらいで丁度いいのです。コイツのためですから」


 うわ……。

 身なりのいい男は、小柄な獣人を見下しながら、獣人の文句を言った。

 私も獣人は嫌いだけど、この人達もいい人じゃないってのは間違いない……。ラディカ先生もまた人間性に問題を抱える人だけど、ちょっとレベルが違う。

 この男の人達みたいに自分がやらない辛いことを他人に強制しようとする人は、無理だな。ただでさえ私ワガママだし……。

 まあ、他人事というか……やらされているのは獣人だから、こんなこといちいち気にしててもしょうがないんだけど。


「それに、今だけですから。今年はやっと軌道に乗り始めたのでね。この町で新しい事業が生き残るのがどれほど難しいかご存じですか? 知らないでしょう? 将来を見据えると、仕方ないのです。奴隷を飼うとなると、私も安くない金を払ってますからね。奴隷の権利で、何重にも取られるんですから」

「それって関係あるか? こいつのこの扱いは……金の問題なのか?」

「そりゃそうです。だって仕事なんですよ? 遊びならば好きにすればいい。これが商売なので。社会とはそういうものです。私は借金をして、この店を作った。経営者として、リスクを冒している。時に厳しくなることも必要なのです」


 痩せ細った獣人は、男を恨めしそうに見つめた。


「辞めたければ、そうすればいい。引き止めやしないよ。まあ、その時はお前に掛かった初期費用をお前の娘に全額請求させてもらうがね」

「それならば、雇われる側にリスクが無いという話と矛盾しているように思いますが……」

「そりゃあ金額の規模が違いますからね」

「この獣人の方も健康を害している。寝る時間を惜しみ、非常に苦痛を伴う運搬という労働に勤しんでいる。恐らくは自由市民になるなど、全く夢のまた夢。それはリスクとは言えないのですか?」

「言えませんね。それは経済という大局を見るものの視点ではない」

「どんな視点だとしても、適切に人を扱ったほうが未来があると考えますが……」

「それは、アナタの未来への視野が狭い。結局は、これは誰でも出来る無価値な仕事です。その仕事は銅貨一枚も実際には生み出していないじゃないですか。私の信用によって、実際に金は動くのです」

「意味がわからん。なあ、コイツは……何を言ってるんじゃ?」


 小さい獣人がラディカ先生を見たが、さしもの先生も、若干困惑気味になっていた。


「アナタ方の仰っしゃりたいことは分かりますよ。でもね、この世は平等じゃないんです。私に言わせれば、甘ったれるなという話なだけで。自分の与えられたもの、使えるもので生き残らないといけませんからね。私には従業員の生活を守る義務がある。後ろ指さされるくらいの覚悟を持ってやってますよ」


 聞いてもいないのに、男は哲学を語り始めた。


「言っときますけど、普通のまともな人の視点で言ってアナタのほうが非常識ですよ? どうやら見たところ、働いたこともない魔術師さんのようですけどね。素人のくせにそんな知ったかぶりで、他人の経営に口を出そうなんてね。みんなビックリしちゃうので気をつけないとね。アナタのような獣人もそうですよ。せめて私よりも稼いでから、意見してほしいもんです」

「誰がっ――」

「いや、そうかも知れませんね……。ここで競争社会を生き残る者にしか分からない苦労もあるでしょう」


 ラディカ先生は、小柄な獣人の反論を阻むように、相手の言葉を肯定した。

 その返答に、身なりのいい男は満足そうに笑った。言い負かして勝ったと思ったらしい。

 私にはわかる。ラディカ先生の好奇心が続いていれば『未経験の素人が意見してはいけないなら、ほとんど誰も神学、哲学、歴史、政治を論じることが出来ません』とか屁理屈言って、突っかかってくるはずである。というのも実際、私がそう言われたのである。


 なんか先生が興味持っちゃったから、離れるに離れられなくなったのに……何なんだこれ。この男の人がここの経営者って知っちゃったら、お茶する気分も薄れちゃったし……。

 かといって、ここで勝手に動いて先生とはぐれたら、見つけ出すのも大変だよな……。

 

 正直な話、奴隷の獣人のことなんてどうでも良くない?

 こういうトラブルに首を突っ込むのが、一番、不毛なんだっての。


「……ほら、休憩しないなら動きな。お前がただぼうっとしている間にも、損失は生まれてるんだよ。この先進国でまともに生きているだけで、感謝しなければ。お前の仲間達みたいに、チンケな結末になりたくないだろう」


 嫌味だね……。

 聖教で言う虚栄(ギュフィスカ)だ。劣等感を刺激されたから、引き下がれなくなってんだな。意外と、宮廷でもここまで言うタイプの人は普通に避けられるし。男が少ないってのは、もしかしたらそういう理由もあるだろうな。


 最初に怒鳴っていた男は、その嫌味な言葉を聞いて、気分良さげに哄笑した。

 結局、この身なりのいい男は態度を全く改めることはなかった。

 経営センスはどうか知らないけど、意思の強さはピカイチだ。まあでも実際、正しいことを言ってる部分もあるのかもね……。


 痩せ細った獣人は、緩慢に振り向いた。少し屈み、先端に何かを引っ掛けるための返しのついた銅の棒を手に取る。

 改めて二人組の男へ向き直って、ずんずんと歩み寄ってゆく。


「おっ?」


 ラディカ先生はその獣人の男が目の前を通って行くのを、ただ眺めていた。


「我らを侮辱するな」


 最初に怒鳴りちらかしていた男の脳天へ目掛け、渾身の一撃。

 身構える隙も無かっただけに、モロに直撃し、男は無様に崩れ落ちた。


「あ、うわっ! え、なに? グロ!」

「――止めないと!」


 痩せ細ったとしても、獣人の力は凄まじいらしく、怒鳴っていた男の頭蓋骨は左右が奇妙に真ん中からズレてしまっていた。

 鼻から滝のように猛烈に出血する。


 次の標的は、身なりの整った男に変わる。


「ま、待て! やめろやめろ! 気でも狂ったのか!?」


 そりゃ、アンタもだからね……。


「――“幻煙ソーラス”!!」


 ユレシアが咄嗟に魔術を放った。

 一直線に、塊となった煙が迸る。一定距離進むと大きく爆発し、煙が拡散した。

 一瞬にして、痩せ細った獣人を包む。


「――邪魔するな!」


 獣人を包んだ煙は、閃光を不規則に放った。短く強烈に明滅し、目を眩ませる。こうなると、相手は行動不能だ。

 ユレシアのこの魔術は殺傷力は全く無いが、初見で食らうと、状況の把握が不可能になり、ほぼ身動きが封じられる。

 これまでの模擬戦などでは、二十八戦二十八勝。相手を殺せない模擬戦だからこそ、非殺傷の魔術が扱いやすく全力が出しやすいという点もあるけど、意外なほど効果的で優れた魔術だ。

 なにせ、エーテルの消費がかなり低く、それ故に迅速に扱えて、他魔術師とも連携がしやすい。相手の空間認識を混乱させ、高い確率で行動不能にする。


「貴方、逃げなさい!」

「ソイツを捕まえてくれ!」


 身なりの整った男は、逃げつつ、ユレシアに向けて他力本願な言葉を残して逃げ去っていった。

 ぞろぞろと野次馬が集まり始める。

 辺り騒然となった。ただ多くは荒っぽい海の男達や荷運びの男達なので、混乱までにはなっていない。


「ウルドロ系の獣人族は血縁を非常に重要視するらしいですから……。主人となる者が、獣人の氏族を侮辱する言葉を発してはいけないのを知らないはずが無いですが……。まあいい。小さなマイスの御方、貴方もここから直ちに去ったほうが賢明だと思われます。獣人への差別は根が深い。捕まったら貴方も恐らく、不実の嫌疑を掛けられるでしょう」

「だ、大丈夫なのか?」

「分かりませんが、少なくとも貴方のせいではない。遅かれ早かれ、いずれこうなっていたと言うだけのことでしょう。行きなさい」

「ごめん……」


 ラディカ先生は、トラブルメーカーだわ。

 ユレシアの霧は晴れ、そこには狂気を宿した獣人が残った。


「邪魔してくれたな」

「悪いことをしました。しかし、貴方は直ちにこの町を出たほうがいい」

「えっ!? な、何を言っているのです?」


 ユレシアはラディカ先生の発言に驚いて、目を丸くした。


「獣人の罪への罰は重くなりがちです。捕縛されれば、死罪は免れぬでしょう。町を出るしかない」


 その言葉をうけ、痩せ細った獣人は何も言わずゆっくりと振り向いた。焦ることもなく、銅の棒を投げ捨て、野次馬を突き飛ばし、トボトボと路地のほうへ歩いていった。


「せっ――先生! ラディカ先生! どういうおつもりですか」

「どういうおつもり?」

「あの獣人はその人を殺したんですよ!? 見過ごすのですか?」

「あの逃げた男が言っていたではありませんか。『人は平等じゃない。生まれ持った物で生き残るしかない』とね」

「だからって、こんな暴力が許されると……?」

「何故許されないのです? 賢い方法だとは思いませんが……。この負傷された方は、あの逃げた男の意見を尊重されていたようなので、本望なのでは?」


 負傷ってか、明らか死んでますけど……。


「そんなことが許されれば、秩序は崩壊します。戦いをするのは結構です。しかし、法は守らないと!」

「それは、体制によって恩恵を受ける有利な立場だから言えるだけです。魔族にも同じことを言うつもりですか?」

「またそんな理屈! そんな極論を出すのは、卑怯だ。物事は白黒じゃなくて、程度の問題なんです! 言葉も通じない敵と言葉の通じる獣人、同列に扱うのもおかしいし! でも……例え心が通じなくても、言うんです。尽くせる言葉を軽んじて、何故、義を語れるのです!」


 それはそう。


「確かに、そうかも知れません」

「私だってあの獣人の方が、全部悪いだなんて思ってませんよ!」


 ユレシアちゃんは意外とストレス溜まってるな……。ラディカ先生はユレシアの正義感に辛辣な傾向はあるから、ちょいちょいムカついてた可能性はある。

 気持ちは分かるよ。

 そもそも先生って、究極的なブサイクでは無いんだけど……何故か若干顔がムカつくんだよな。


 ラディカ先生は、議論に負けてたちどころにどんよりしてしまった。


「まあ……しかし、私も全くの無計画でやっていたわけではありません。あのマイスの獣人こそが、調査対象の一団の仲間ですから。こうまで目立てば、必然的に仲間達のもとに戻るはずです」

「もう、なんなんだよ〜……。先生さあ。あらかじめその情報を共有してくれれば、ユレシアや私だって協力したわけなんですが」

「急ぎではあったので……。彼らは船で移動するはずですから。この港まで来て、運航の状況が分かるまではとにかく辿り着くことが優先だったのです」


 その割には、悠長に雑談しながら来たけどな……。


「まあ、ユレシアさんにはここに残ってもらって、リリルさんと私で行ってみますか」

「えっ……?!」


 ちょっと険悪になっちゃったからってこと? いや、ラディカ先生がそこまで私情に左右されるとか――……も結構あるか。


「いやいや、ここの事情説明くらいは組合や教会に必要ですからね。ユレシアさんは位置を知らせることが出来るので他に選択肢はありません……。調査対象の近くで煙を打ち上げることは目立つので出来ませんし……」


 あ、なるほど。


「……分かりました。終わったら、“幻煙ソーラス”を打ち上げます」


 頭を冷やすのには丁度いいだろうな。

 さっきの口論に関しては、ユレシアちゃんが青いというのもある。宗教の都市でもあるケイオンを出れば、死は身近なものとして存在してるわけだし。

 猫を壁に叩きつけて遊ぶ子供、魚を棍棒で殴り殺す漁師、身ぐるみ剥がされて殺された人の死体だらけの川辺。

 そんなのばっかじゃん。結局、この世界で人間を生かすのは“格”ってわけ。

 生きるべき命には、それだけの格があるんだ。そのブチのめされた男には、その格が無かった。


 まあ、そういうのにいちいち動じてしまうからこそ、ユレシアちゃんなのかもな。きっと良い調査官になれるだろう。でも、恐らく、壁も失敗も多い。

 ユレシアちゃんは、いい調査官だけど、向いてない。そんな気がする。

 まあ、勝手に決めつけるのも悪いか。


 私なんて、それなりにやっていいタイミングだと思ったら、キッパリと辞めようと思ってるだけだし。

 



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