三章六項 リリル
先生が目の前の違和感のある壁を、断ち開く。
両手をかざし、その両手で円を描くと、そのままの形で壁がくり抜かれた。
本当に部屋だ……。
中を覗くと、確かにそこは部屋になっていた。円形の穴から通った光が、奥の部屋に詰め込まれた荷を照らす。
「臭いがだいぶ違いますね」
「ですね。なんだか……生臭いというか」
「入ってみましょう」
ここまで来たからにはそうなるだろうけど……マジですか。正直、私一人だったら入る気がしない。
臭いが異様だ。明らかに、この部屋はヤバい。
「先生こ、これは……? この積荷は一体、何ですか? いい予感はしないですけど」
部屋の中には、無数に平たくて長い積み荷がただ置かれていた。ざっと見たところ、狭い部屋に二十近くある。
油紙と布で巻かれて保護されている。
端っこをめくってみると、箱はどうやら陶器製であるようだった。
「まさかとは思いますけど……これって、棺ってわけじゃないですよね」
「いや、まさにその通りかと。いわゆる陶棺というものでしょう」
「うわっ! う、うわ! 先生、開けるとか言いませんよね?」
「流石に私も気乗りはしませんが、隠したいモノといえばこれというような気もします。もし死体なら、それほど明確な物証もないでしょう」
いや、そうかもだけど! 人の死体は物証じゃないでしょ。
む、無理だ。私、見れないかも……。開けなくても、もう直視できない。
「リリルさんは死体を見たことがあるのでは?」
「そんなの……!」
私は死体を見れないんじゃない。
ただ、こんなの異常じゃん。状況的な良し悪しってものがある。
これがお祖母様みたいに綺麗にお化粧されて、皆に花を手向けられるようなら、私だってここまで拒絶感を抱かない。
「見たくなければ、見なくても大丈夫です」
「で、でも、それはそれで問題っていうか……。そういうわけにはいきませんって……」
そんなプロ意識があるなんてわけじゃないけど……。“もしかしたら死体かも知れないもの”に怯んで及び腰になってたら、仕事にならないのも事実。それではラドラート家の名折れだ。
「ちょっとだけまっ――」
ラディカ先生が私の制止に構わずに封を解く。
天板が蓋になっていて、名前が刻まれていた。
明けてみると、液体で満たされているようだった。
「いやあああ! やっぱり!!」
一瞬、皮膚が真っ白になった裸の女の子が見えた。液体の中に、女の子の死体が沈められている。
その惨さに目を背けたい気持ちと、何故か目が離せなくなる興味深さが、自分のなかでせめぎ合う。
「これは……人形ですね」
は?
「見て下さい、精巧に造られた人形です」
「人形? 人の死体じゃなかったんですか……」
「いえ……。そうとも言えません。確証まではありませんが、恐らく人体でもあります。人形ならばこんな厳重に保管する理由もない。名前を見て下さい。ギキル・グリビアス。没落した貴族の家名が使われています。これが単なる人形だとしても、悪趣味過ぎるでしょう」
「え? でも人形なんですよね? よくわか――……ど、どういうことですか?」
「この水はエーテル溶液で、恐らく保存液として使われてます。考えられる予想としては、……少女の遺体を人形に加工し、そして言うなれば“生体部分”の腐食を避けるためにこうして保存している、ということなのではないかと思います。流石にこれを生きた人とは言えないでしょうが……」
足元からザワザワと冷たい血液が体内を這い上がってくる。目眩がして、思わず尻もちを突きそうになった。
加工している? 何を、どうやって?
想定よりもっとヤバかった……。
これが……死体?
「意味が……そんなこと意味が分からない」
「魔術師と言うものはなんでしょう? 見方を変えれば、簡単に手に入り、かつ程度の高い“魔獣”。腱も骨も筋肉もあり、社会に馴染み、そして強くエーテルに適合している。結局、屍霊術の素材としては、魔術師の身体ほどいい素材はない」
「い、いや、申し訳ないんですけど、それが答えってわけじゃないですよね。ラディカ先生の見立ての間違いとかって……可能性もありますよね」
「一応、根拠となる事実は今まで私なりに散々調べてきました。そうでなくとも、いま翡翠宮全体が魔術師の多数の失踪や不審死を問題視して、調査しているではありませんか」
「そうですけど! お、おかしいですよこんなの。こ……この棺全部、そんなのが収まってるって話ですか?」
「恐らく」
「ケイオンで……こんなことが許されてるなんて……」
「ケイオン宮廷は、その猜疑心によって横の繋がりは壊滅的とまで言えますからね。同じ派閥で固まり、その派閥内ですら本心は隠し、家族にすら魔術を隠す人間もいる。犯罪は閉じられた箱の中で行われるようなものです」
それはそう。だって、私だってそれが嫌だから必死に勉強して翡翠宮に入ったんだもの。
翡翠宮は家柄だけではなく、知性も問われる数少ない独立組織。イスラ聖教と繋がりが強いため、政治的権力はあえて与えられていないが、魔術師界の“記録、規則”には強い影響力がある。
「あの、この船で活動している人たちは、悪人じゃないとか言ってませんでした? どう考えても……こんなのまともな人の所業じゃないですよ」
「まだ結論を出すのは早い。取り敢えず、いくつか開けて見ましょう」
次に見たのは、“エステマ・エーラ・リオン”。名字があるということは、ラディカ先生の言う通り、没落してはいるがそれなりの身分があった人なのだろう。
中身は、確かに外見としては人形だった。細かな造形の違いはあるが、ほとんど同じものだった。
態々《わざわざ》、髪の毛とまつ毛までつけられ、女性ならではの丸みのある滑らかでふっくらした体つきが再現されている。その造形のこだわりが優しさだとは到底思えないし、かなり悪趣味だ。
液体のなかで開かれたままの瞳は、虚ろで物悲しく、どこかを眺めているようで、生気はない。
「う~む……。憶えのある家名ならば推測のしようもあるのですが……。次も見てみましょう」
「まだ見るつもりですか!? もう良くないですか?」
次の棺には、名字が刻印されていなかった。
“メドラ”とだけ書かれている。
蓋を開けると、今度は意外なことに、液体で満たされていない。
しかも、中身は生の人だ。
「あ!? この子、女の子だ……ホントの」
「ええ」
女の子は、波がかった異様に長い淡い栗色の髪に包まれるかのように横たわっていた。
長いまつ毛、白い肌。身体は小さく、棺の半分ほどしかない。
一見すると、小さな女の子の遺体。酷いことだ。しかし、今ばかりは見るに耐え得るものでもある。
むしろ、死体の方が綺麗に見えるだなんて異常だ。
「これは驚きました。まさか、こんなところにいるとは……メドラ」
「え? どういうこと……。先生、知り合いですか!?」
「一応は……。彼女が私を憶えているかは定かではありませんが」
「お、憶えているかって……だって」
「多分、まだ彼女は死んでいません」
「死んでない……。ウソ……」
これで生きているのか。
だって、呼吸しているようにも見えないし、棺を厳重に梱包されていたんだ。これで生きているだなんて、ありえないように思える。
「メドラは見た目こそまるで十歳の子供のようではありますが、その年齢は恐らく七十半ばを越えてます。戦争の三分の一ほどの期間を生きている」
「七十……」
もう色々、情報量が多すぎて、何がなんだか……。
それが本当ならば、亡くなった私のお祖母様より年上だ。しかし、そんな驚くべき人間が、またどうしてこんなところに……。
「メドラは、人族社会で随一の星霊術の使用者でもあります。貴方もその名を聞いたことがあるはずです」
「ごめんなさい。確かにどっかで名前を聞いたぐらいはありますけど、それだけです。正直、あんまり知らないかも……。ケイオン宮廷の魔術師なんですか?」
「そこら辺は曖昧ですね。メドラは生来、体質で魔術を扱うタイプで、正統に魔術を扱う人ではない。“眠っている間だけ無制限で星霊術を扱う”という、不思議な存在です」
「それじゃあつまり、今も星霊術を使っていると」
「分かりません。彼女にも、年齢を重ねた魔術師相応の健康の障害が生まれています。最近では起きている間の記憶が維持できなくなり、そして一度眠ると、数カ月は目を覚まさないという状態です」
「なるほど。そんな状態で……これで、生きているんですね。不思議だな」
「魔術師かどうか曖昧だと言う意味で、彼女は特殊な立場でもあります。宮廷魔術師サンドラの私的な部下の一人だと言うことです。間違いないのは、本人の意志とは無関係に、ここに載せられたということでしょう。理由は分かりませんが」
「ちょっと待ってください、あのサンドラ様の部下ですか?」
先生は、私の顔を見た。
「ええ、そうです」
そうですって……。余計に意味が分からなくなってきたな。
「宮廷魔術師サンドラ。彼女が、今、犯罪組織レアとの関与を疑われる存在です」
はあ……? そんなことあり得るの?
たって、サンドラ様といえば魔術師で一番偉いとまで言える人だ。私達と同じ、魔術の管理と記録を司る“翡翠宮”の出でもある。
「まあ、厳密には違うかも知れませんが、限りなく真相に近いかと……。彼女と親しい者は確実に関わっています」
「なるほど……。それなら妄りに口外できないわけだ……。しかし、そんなことに手を染める理由はないと思っちゃいますけどね。魔術師で一番偉い人なんですよ?」
「そうでしょうか? 一番偉い人が組織を完全に掌握出来ることは、意外と珍しいですからね。特に組織の伝統があり、歴史が長い場所であると。だからこその犯罪組織なのかも知れません」
「だからこそ……」
「古びた体制をコントロールするには、結局のところ、淘汰が必要なのかも知れません。誰しもが純粋に己の利益を求めるならば、共存共栄など不可能。少なくとも、レアの主導者はそう思っている」
「レアって組織は、つまりサンドラ様の政治活動のために計画的に無差別な犯罪をしているってわけですね」
「まあ、予想としてはそうなります」
こんなことうっかり宮廷の人間に聞かれたら、どんな目にあうかな。
ずっと混乱してて、こんな状況で、これが実習で初仕事。
初仕事の真犯人が最高レベルの権力者なんてあり得るのかな……。
サンドラ様って、確かエズラム家とか言う家系の出身で、父は元一般人で、母がケイオン家とケイオス家の両方の血を引いている人だったはず……。そういうのも関係しているのかも……。
しかし、こんなこと私に聞かせて、ラディカ先生はどうするつもりなんだろう?
「このメドラって人がここにいることが、そんなに証拠になるんですか?」
「いえ、むしろ証拠なのはこの魔術師人形達のほうです。ここまでの大型の船の登録、渡航や定員は届け出ではなく審査の後の許可が必要になります。造船にしても、簡単に造れるわけではない。すでにサンドラやがギエーズが関わっていることは調べがついている。知らないでたまたまこのような積荷が載せられていたと言うのは無理がある」
そうなのか。
でも、ギエーズ? 聞いたことあるな。誰だっけ?
「でも、そんなことが分かった所で……私達どうするんですかね。もう、どん詰まりですよ。聖教に言って裁いてもらうとかしかないです」
「そこですよね。さて、どうしたものか……。サンドラは表向き、すべての派閥の長と良好な関係を保っています。が、ここまでのことをするなら、誰かとの敵対関係が激化していると考えていい。そこを調べないといけませんね」
結局、行き当たりばったりかい。
「まあ、もしかしたら……丁度この船でその政敵を襲いに行くとか」
「なるほど。そうかも知れません」
それが本当ならば、この船はまさにその政治抗争の真っ只中、最前線ということにはなる。
我ながら、この予測は冴えてますわ。上にいたあのデカいおじさんの言っていた、決死の旅に向かうって台詞が納得できる物にはなる。
「それじゃあ……というわけで、リリルさん、ここで隠れて待機していてください」
は?
「――というわけで、じゃない!」
「まあ、嫌であれば隠れる必要はありませんが。リリルさんだと、何かの拍子にボロを出しかねない」
「なに?! 人を馬鹿にしすぎです!」
「この船の登録は簡単に調べがついてしまう。それに乗員は、全く無関係の有志を募っている。リリルさんの言う通り政敵に襲撃をかけるなら、それはいい案とは思えません。まだ、ここで調べることはある」
「性格悪いなぁ。ただ好奇心ゆえに、ってことですよね? 先生の。仕事上での必然性があることだけ巻き込んでもらいたいモノですけど」
「仕事は面白くありませんからねぇ」
「犯罪者達とバカンス気分なのは、貴方だけでお願いします〜。好奇心猫を殺す。その内につまらないことで死にますよ。ラディカ先生ともあろうものが」
「それも結構。ユレシアさんを迎えに行きます」
結構なんだ……。
ラディカ先生は、魔導灯を私に押し付けて、あとはのんびりと歩いて船倉から出ていった。
マジかよ。
とにかく、ラディカ先生の言う通り潜伏するにしても、この悪運魔術師人形セットと一緒の部屋に待機するのは無理だな。
となりの普通の船倉に、丁度私がピッタリ収まるくらいの空いた壺が置いてあったはず。
取り合えず、その中で待つしかない。見つかったら、それはそれで面倒くさいし。




