第26話「勘違い也」
大規模なトロールの調査に参加した日から3週間が経った頃、八千代達はいつも通りに狩りに励んでいた。
この頃になってくると、アイテムボックスに頼った戦いをする事は余り無く、いつの間にか八千代達は二つ星ランクのハンターにまで成長していた。
尤も、二つ星ランク迄は大きな壁があると云った訳では無く、言うなれば新人から一人前なった程度の変化であった。━━ 冒険者は二つ星になってから・・・等と云った言葉もあってこれと言って注目を浴びる様な事でも無く、いつも通りの日常と変わりはなかった。
「もう中域で怪我する事も無くなってきたし、そろそろ奥を目指してみる?」
八千代は、今しがた討伐したアーマークラブと言う名の巨大なヤドカリに似た魔物の素材の剥ぎ取りが終わると、そう言って二人に提案してみた。アーマークラブはその名通り鎧蟹と言って身を覆う殻は非常に硬く、打撃や斬撃に対して高い耐性がある為、非常に討伐が困難な魔物だ。体長も大きく高さ3メートルとあり、非常に大きなハサミから繰り出される攻撃は厄介と言える。
そんな魔物を無傷で討伐出来る様になってきた事実が八千代達の自信に繋がり、少し前までならば未知の狩場に移動する事に抵抗感があった八千代ガールズの2人も、特に気負う事も無く了承する様になっていた。
「私は特に問題はニャいと思いますニャ」
「はい、この調子でいけば大丈夫だと思います。他の人達だったら、荷物の持ち運びだけで体力を消耗しますけど、ご主人様の能力があれば体力の温存が出来るので、大丈夫だと思います」
この世界のハンター達が、狩りをする上で一番に苦労を要するのは荷物であった。行き帰りの食料やテント、鍋と云った野営セットや討伐した魔物の素材等、数え上げればきりが無い。その上、険しい森や山道を何十キロの荷物を背負い、行軍しなければならないのだから、その苦労は想像を絶する。
そんな中、一般的なハンター達の対処方法としては、ポーターと呼ばれる荷物運び人を雇ったり馬や魔獣を使役して運んだりする方法が常であるのだが、目的地に着くまでに魔物に襲われたりして引き返す羽目になる事も少なく無く、魔物の生息領域に進む=荷物の運搬との戦いでもあるのだ。
「今日はちょっと早いけどもう帰る?2・3日は休みつつ相談しながら準備する事にするわ」
ヤチヨーズ一行は今日の探索を終了し、ゆっくりと日が暮れる前に街に戻るのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
八千代達が街に引き返す事を決めた同時刻、ルナの宿の一室では報告会議が行われていた。ホークを始めとしたテロ対策班のメンバー達は3週間の間、ヴィエナのハンターとして溶け込みつつ、様々な角度から情報を集める事に専念し、週に一回のペースでそれぞれの情報収集の成果を照らし合わせていた。
「今回も特にこれと云った成果は無しか・・・・」
「ハイ、そもそもが獣人のソロハンター自体が存在せず、獣人だけ構成されたパーティーもいませんでした」
「差別・・・か・・・・」
「はい、国法で処罰される為に表立って非難する者はいませんが、根底としてこの街の獣人への差別は根深いものがあります・・・恐らく嘗てのガウレシア王国に近い辺境と云うのもあるかと思われます」
凡そ150年前にファロン王国と大河を隔てて隣接する領土には、獣人の王が統治する国、ガウレシア王国が存在していた。
獣人王国は大まかに10氏族からなる多様な種族で構成された王国であり、他種族と比べて戦闘能力や繁殖力が高く、総人口は他種族の国と比べても頭一つ抜きんでた一大勢力であった。
では一体何故、獣人の王国ガウレシアは滅んだのか?
獣人は極めて戦闘能力が高く、白兵戦に於いては上位3本の指に数えられる程の実力を有していたのだが、その戦闘能力の高さ故か非常に好戦的であり、また直情的な性格な為に戦術や戦略的視野が狭く、他種族との戦争に於いては後塵を拝しているばかりであった。
凡そ150年前に勃発した世界大戦に因って王国は滅亡しており、ガウレシア王国滅亡後に新たな獣人王国、デロティナが誕生するのだが、その時には既に多くの獣人は他種族の隷属へと成り下がっており、一大勢力を誇っていた獣人の王国は、当時の10分の1以下にまで人口を減らしていたのであった。
近年に国法で奴隷への虐待禁止が制定され始め、以前よりも奴隷の待遇は改善されだしているのだが差別の根は深いものがあり、虐待自体は無くなったものの獣人族の地位は向上する事も無く、未だに冷遇されて差別は続くのであった。
そうした背景の中、特にヴィエナの街は獣人族の支配領域に隣接した位置にある為に、より差別が顕著に現れているのであった。
「・・・・そうか、ではそうなると奴が奴隷解放戦線のメンバーであった可能性が高く、反目し合ったと云う説が濃厚だな・・・だがしかし、これは困った事になってしまったな」
(やはり戦闘は避けられんかも知れん・・・・)と、ホークは考えた。ストレンジャーが奴隷解放戦線からの追っ手を躱す為にこの街に来ているならば、協力の芽は有ったのかも知れなかったのだが、元々がこの街の人間であるならばこちらに協力を求めるのは当然の如く厳しいものがあり、人族であったとしても差別をする人間に対して相当な怒りを胸に秘めている可能性があると考えたのだ。
(・・・イヤ、待てよ?だとしたら奴はこの街で何故、何も行動を起こさんのだ?・・・それならまだしもトロールの襲撃の際には、ハンターと云う憎んでいる筈の人間側をも救っている?)
ホークは自分の考えていた前提に矛盾がある事に気付いた。
(・・・そうなると、ストレンジャーは獣人族でも無く奴隷解放戦線でも無いと云う事か?)
「・・・・トマーソン様?」
「よく聞け!これからは捜査対象を変える!人間族だ。ソロのハンター、若しくは獣人を連れた人族を中心に捜査しろ!」
容疑者探しの対象の変更を決めると、ホークは部下に幾つかの指示を出した後、扉へと突き進む。
「トマーソン様、どちらへ?」
「ギルドマスターに会ってくる。お前達は引き続き捜査を続行しろ」
ホークはそう言って獰猛な笑みを浮かべ、そのままギルドへと急ごうとしたのだが、狩りを早めに切り上げた八千代達と廊下で出くわした。
「おっと、失礼」
「あ~、いえいえ、こちらこそ」
八千代はホークと偶然廊下で出くわすと、なるべく関わり合いにならない様にと目も合わさずその場を後にしようとした。何故ならば、八千代はホーク達の事を奇妙な集団と考えていからだ。
ホーク達がこの宿に泊まり始めてここ3週間、自分達の向かい側の部屋を利用しているこの男達は夜な夜な怪しい会議や運動をしており、それに直面していた八千代達は、言い様の無い恐怖を覚えたからであった。
ある日は「・・・・・・ったか!?」「ハッ!」等と夜中にも関わらず大声で何やら会議らしき事をしていたり、またある日は「もう一丁だ!来い!」「ウウッ!ハア、ハア、ウハア、グッ・・・・ア゛~!」とギシギシとベッドが軋む様な音と共に喘ぎ声が聞こえてきたりしていたからだ。
ホーク達が宿を利用し始めてから数日が経った頃、八千代は就寝中に尿意で目が覚め、トイレに行こうと部屋の前を通り過ぎようとした際、扉の奥から漏れてくるその喘ぎ声を聞いてしまい、思わず想像して戦慄していたのであった。
彼等の名誉の為に言っておくが、彼等は夜な夜な薔薇な性生活を送っている訳では無い。夜中にも関わらず大声で何やら会議らしき事をしているのは、昼間に集めた情報を照らし合わせる為の会議であり、ギシギシとベッドが軋む音と喘ぎ声が聞こえてくる理由は、極秘捜査中に外で堂々と訓練する訳にはいかない隊員達が、部屋の中ででも出来るトレーニングに励んでいるだけなのだ。
だが、八千代達はそんな理由には当然気付く筈も無く、密かに彼等の事をヴィエナイユの薔薇、ヴィエ薔薇と呼んで恐れていたのであった。
そんな危〇い刑事よりも危ない匂いがする男達に関わるつもりは毛頭も無い為、いそいそと部屋に戻ろうとするのだが、ホークによって引き止められる。
「いつも済まないな、ウチの者が騒がしくしてしまって、まあ何と言うか彼等も好きでやっている事なんだ。なるべく声を出さない様に注意はしているんだがな・・・・」
ホークは夜中にトレーニングしたり、会議をしたりして、八千代達に迷惑を掛けている自覚があった。流石に極秘任務を行っている最中に、一般人である八千代達に向かって自分達は会議をしているのだと言える訳も無く、また普段こなしている訓練が出来ない事で、自分達の体が訛らない様にトレーニングしているんだと暴露する訳にもいかず言葉を濁して謝るのだが、八千代達は「アハハハ・・そ、そうっすか~、何か大変すね~」と苦笑いを浮かべてそそくさと部屋へと戻るのであった。
部屋に戻って扉を閉め、ホークが階段を降りて行ったのを音で確認すると、八千代はホークの言葉の意味を確かめるべく、二人に確認した。
「・・・・聞いた?マジでアイツらヤバくね?」
八千代はそう言って二人に問うと、顔を真っ青にしたカミユが答える。
「・・・・はっきりと好きでやってるって言い切りましたニャ・・・・」
「・・・ま、まあさ、否定はしないよ?・・ほら、人それぞれ色んな形があっても良いとは思うんだけどさ?・・でも一々言葉に出さなくても良くね?・・なんつーか怖いわ、あのハニかんだ笑顔が・・・」
「そう云う世界があるって聞いた事はあるんですけど・・・・初めて見ましたニャ」
「・・・・この国ってそう云うのアリなの?」
「一応、国法で罰せられますニャ・・だからああやって宿に泊まって隠れてするそうですニャ・・・」
「・・・・何と言うか、そっとしておいてあげよう・・・・・・・」
二人はそう言って、共に俯いて下を見るのであった。
「?」
そんな2人の様子を見ていたカミユであったが、2人の会話の内容が理解できずに首を傾けるのであった。




