第1話「困った也」
それは三珠八千代にとって非常事態ではあったが深刻な状況では無いと思った。
(設定と違うだろ・・・・何かミスったか?)
TDOにログインしてから約3分、遅いのか早いのか八千代自身は自分が設定した姿が違う事に気付いた。
自分が設定したキャラは獣人タイプで猫型。だがしかし、自分の両手を見る限り肉球どころか毛も生えていないツルツルの人間の手だった。
設定する際、コンフィグレーション機能を用いて細かな設定が可能で、グラデーションで示されたゲージをカーソルに合わせる事で髪の色や肌・瞳の色までを自在に変化させる事が可能だ。
獣人タイプの場合、カーソルを動かす事で獣の度合いを自在に設定出来る事が可能であり、八千代自身が設定した猫型タイプの獣人は、パーセンテージで表すと獣率70パーセントに設定してあり、見た目としては人間の体にまんま猫の頭を乗せ、両手両足は肉球付きの5本指、そして当然モフモフの尻尾付きの猫型獣人に設定した筈なのだが・・・・。
見る限り肉球どころか尻尾も無い完全なヒューマン型の真っ当な人間だった。それどころか手の甲のホクロまで再現されており、その寸分違わぬホクロの位置を見る限り、完全な等身大の三珠八千代(31歳)だった。
(ありゃー、こりゃ完全に失敗したわ)
そして、設定を完全に失敗した事を確認した八千代は設定し直す為、ログアウトを試みる。
「メニューオープン」
・・・・・だが開かない。やり方が違ったのかと言い方を変えて再度チャレンジするが・・・・。
「メニューウィンドウ・オープン」
・・・・・何の変化も無い。いよいよ八千代は焦りだす。
「え?え?何で?オープン!メニューシステム・オープン!メニュー開け!メニューコマンド・オープン!ログアウト!」
何度言い方を変えても一向に変化は無い、冷や汗をかき次第に冷静さを欠く。
(おいおいおい・・・・マジかよ・・・・やべえ、どうしたら・・・・そうだ街に行けばログアウトの仕方が判るかも・・・・って街は何処だ?)
自分自身が何処にいるのかも分からない事に気付いた八千代は、自身が置かれている状況に違和感を感じ始めた。
(って云うか、俺は何でこんな草原のど真ん中に居るんだ?普通街からじゃね?)
八千代がこれまでプレイしてきたMMORPGは大抵、街からのスタートで僅かな所持金と初期装備でスタートするか、一切の装備も無い状態からスタート時の所持金で最低限の装備を購入するかの二つだ。
いきなりフィールドのど真ん中からスタートするゲームは、最初から何等かのイベントが発生しない限りそんなスタートの仕方は聞いたことすら無い。だが現実に八千代はフィールドのど真ん中に居るのだが、現在の八千代の装備は最低限の装備だけだった。これがVRMMOだからと割り切れる話では無い。
そんな現在の八千代の装備は・・・・。
武器・・・・無し
頭・・・・無し
腕・・・・無し
上半身・・・・布の服
下半身・・・・布のズボン
足・・・・皮のブーツ
絶望的な迄の初期装備だった。
スタート時がフィールドのど真ん中と云う事もあって、死んで街から最スタートする可能性は低く、いよいよ自分のとれる手段が無い事に気付く。
(マジでどうすんだよ?他の奴らもこんな感じでスタートしてんのか?無理ゲー過ぎるだろ・・・・)
自分が置かれている状況に苛立ち、身の振り方を考え始める。
(兎に角、街に行かなきゃどうしようも無いな・・・・最悪自殺すれば街に行けるかも・・・でもペナルティーが怖いよなあ・・・・俺、今幾ら持ってるんだ?)
自分の行動方針に一定の目途を付けた八千代は街に向かう事に決め、最悪死んだ場合に科せられるペナルティーと云うリスクを計算し始める。
大抵の場合、所持金の減額や装備品やアイテムのの喪失、レベルや経験値の減衰が考えられるのだが、一切戦闘していない八千代のレベルは考えるまでも無くLV0かLV1の状態であり、装備にしても初期装備しか所持していない、ならばこの場合考えられるペナルティーはただ一つ、所持金の減収だ。
そうともなれば最悪の場合、街に着いた際に最低限の装備を買う事が出来なくなってしまう。つまりはより一層のゲームの進展が困難になってしまうと云う事になるのであった。
そうして、ふと現在の所持金の有無を確かめようとポケットをまさぐるのだが・・・・・。
(・・・・ポケットが無え)
思わずその場にへたり込んでしまう八千代、所持金すらも無い事に絶望するしか無かった。
「おいおい、どうするんだよ・・・・完全に摘んだぞこれ。マジでどうなってんだ?こっからどうしろってんだよ?アイテムボックスどころか鞄さえも持って無いぞ?ハア~金無しでどうしろって云うんだ?・・・・・ん?」
いよいよ自殺するしか無いかと考え、深い溜息を吐きつつ呆然としていると、ある異変に気が付いた。
その異変とは、八千代のすぐ目の前の空間が蜃気楼の様に歪んでいるのだ。
すわっ!これからモンスターがポップするのか!?と思わず立ちあがるのだが、またもやその行動に因って可笑しな現象が起きている事に気付く。
立ちあがった瞬間にその目の前の歪みが八千代自身に付随しているかの如く、八千代の動きに合わせて付いてくるのだ。
「は?何ぞコレ?ポップじゃ無いの?」
そう訝しんでみるが触る気はしない。コントの様に手を出した瞬間パクッとされては堪らないからだ。だがしかし、一向に待てど暮らせど変化は無い・・・どうやらこの歪みは自分の動きにでは無く、視線に合わせて動いている事に気が付いた。
(・・・・何だ?)
付いてくるだけで一向に変化の無い歪みに対して興味を持った八千代は、恐る恐る自分の近くにあった木の枝でつついてみると、たちまち枝は歪みに吸い込まれていった・・・・そしてそれと同時にメッセージとも何とも言えない記憶とも閃きにも似た何かが頭の中をよぎった。
アイテムボックス
・ 500ジータ
・ タムの木の枝
「うわっ!・・・・・お?何だ?・・・アイテムボックス?」
予想外の出来事に驚いたが、頭の中に浮かぶアイテムボックスの文字で我に返った。
(・・・・もしかして・・・・いや、もしかしなくてもアイテムボックスなのか?でもどうやって開けた?・・・・あ、俺、言葉にして口に出してたわ)
先程八千代が絶望し、思わず悪態を吐いた際の事を思い出した。
「・・・・クローズ」
何に対して恐怖しているのか八千代自身判断できないが、自分の考えが正しいかどうか恐る恐る試してみると目の前の歪みは消えた。
「ははっ!やっぱりそうだ!これアイテムボックスだ!」
自分の考えが正しかった事に思わず顔を綻ばせた八千代は、何度も確かめる様にアイテムボックスを出現させては消し、また出現させては消しを繰り返して満足したまでは良かったが、また一つ問題が生じる事になった。
(・・・どうやって取り出すんだ?歪みに直接手を入れるのか?)
再びアイテムボックスを出現させ、歪みに手を伸ばしてみるのだが・・・ふと、ある考えが頭をよぎった。それは自分自身が収納されるのではないか?という事だ。メニューウィンドウが開かなかったりログアウトが出来ない以上、何等かのバグの可能性が頭をよぎる。思わず手を引っ込め、迂闊な事は出来ないと考えを改める。
(手を突っ込むのが一番無難ではあるけど・・・・もし俺自身吸い込まれたら?脱出は出来るのか?いや、でも普通はこの手の機能って生き物は収納出来ないよな?・・・ん?じゃあ手を突っ込むのも無理なんじゃ無いのか?・・・もしかして名前を呼べば出てて来るのかも・・・・試して見るか)
考えが纏まり、頭の中に浮かぶアイテムの名前を呼ぶ事にした。
「タムの木の枝!」
そうすると、歪みの中から霧の様な光が飛び出したと思いきや、その光が先程入れたタムの木の枝の形状に収束していき、やがて形を成した後、木の枝はそのまま宙に浮かんでいた。完全な形で取り出す事に成功すると、頭の中に浮かんでいたタムの木の枝の情報は消えていた。それは察するに、アイテムボックスに入れた情報は記憶としてインプットされ、また取り出すと同時に情報もイジェクトされる事が解った。
「おお!やった!成功した」
これを機に地図やステータスを閲覧しようとしたり、チャット機能の有無を確認してはみたが結局、アイテムボックス以外成功する事は無かった。
(取り敢えずアイテムボックスだけ解っただけでも良しとするか・・・・だけど他にどうしようも無いな・・・とは言っても金がある事は分かったし、モンスターを避けながら街を探すか・・・取り敢えず道を探そう)
現在、八千代が立っている場所は草原のど真ん中であり、道も何も無かった。街の方角は一切分からないが、人が通った道を往けば村なり街なりと辿り着けるのでは?と考え、当面は道を探す事に専念する事にした。
(・・・・取り敢えず山側とは逆方向に進めば道に出れるだろ)
何ともアバウトな考えではあったが、一切の情報が無い場合には致し方が無い判断でもあった。
昼前からログインしたとは言え時間に余裕が有るわけでも無く、ましてや野宿等出来ようも無い。
良い歳した大人であった八千代だが、サバイバル経験等一切無い。このまま宿に泊まる事も無く野宿しなくてはいけなくなった場合には、モンスターとの遭遇率が跳ね上がり、より死と隣り合わせになってしまうのは想像に難く無い。
そうして道無き道を1時間は歩いた頃、ここまでの道のりの間にモンスターに出会わなかったのは僥倖ではあったが、幸運はそう続きはしない。
そんな己の運命を知る由も無い八千代は、やっとの事で人が使用しているであろう道を発見する事が出来た。
「お?道だ!よっしゃあ!まだ俺は運に見放されて無い!文明の勝利だ!」
思わずガッツポーズをとり、目の前の道まで駆け抜けようと勇んで足早に進んでいくのだが道に辿り付いた瞬間、どこからか「ヒュッ」と音が鳴り、八千代の目の前の足元に矢が刺さった。
一瞬何が起きたのか解らず、矢が飛んできた方向に目を見やると、そこには薄汚れた緑色の肌をした4匹のゴブリンが武装してこちらに迫ってきていた。
「え?マジですか?」
三珠八千代(31歳)VRMMO開始以来、初の戦闘に突入するのであった。




