第2話「自己完結也」
人里へと続くであろう道を発見した八千代は、この世の春がやってきたとばかりに喜び勇んでいたのだが・・・・。
「ギャッヒャー!」
まるで世紀末覇王軍に在籍する木っ端兵隊の如く、4匹のゴブリン達がこん棒や斧を片手に持ち、更には弓矢を持ったゴブリンまでもが涎をまき散らし乍らこちらに迫ってくるのであった。
「テラヤバスッ!!」
自身がなんら武器も防具も持たず、MOB同然のステータスに勝ち目は無いと早々に悟った八千代は、迷う事無く逃走を計る。自身がMOB同然のステータスとは云え子供位の身長ならば逃げるに容易い、そこになんら誇れる様な高尚な手段でも無いのだが、八千代は得意気に勝ち誇り、後ろに振り返りながら中指を立ててゴブリンを罵った。
「オラオラ!クソゴブリン程度が人間様を襲おう等と10年早いんだよ!ゴブリン如き下等な生物は、村に帰って不細工なメスゴブの乳でも舐めとれや!」
・・・・酷い言い様である。
八千代の言っている意味が通じたのかどうか知る由も無かったが、ゴブリンは一層スピードをあげて八千代を追いかけるのだが、差が縮まる事は無かった。
その様子を見て心に余裕を持った八千代は、調子に乗って尚挑発する。
「アレアレ?ゴブリンの皆さん?どうしちゃったんですか?僕を襲ってくれるんじゃ無いんですか?やっぱり低能ゴブリン程度じゃ高尚で尊い人間様を狩るのはどだい無理な話じゃ無かったんで・・ぶべらっ!」
調子に乗った八千代は前方を注意せず走り、予め二手に分かれ先回りして待ち伏せていたゴブリンに気が付かずにモロに一撃を受けてしまった。
「痛ってえ~!?マジ痛てえ!!どうなってんだこれ?やり過ぎだろ!?マジで死んじまう!・・・ハッ!?」
ゲームの世界の筈なのに過剰な痛覚がする・・・・余りにもの痛さに我を忘れた八千代は、行き過ぎた痛感覚の効果に思わず制作元のサキュバスに対し悪態を吐くが、ゴブリンの影と不穏な空気で自分が囲まれている事に漸く気付く。
散々馬鹿にしていた低能ゴブリンに知能戦で負け、一杯喰わされた高尚で尊い人間がそこに存在した。
「ゲギャギャ?ゲゲギャギャギャ?」
これはあくまで想像でしか無いのだが、恐らくゴブリンはこう言ったのだろう。「アレアレ?人間様?低能ゴブリンが何だって?」と・・・・ゴブリンの問いに対して八千代が理解出来たのかどうかは分からないが八千代は口を開く。
「スンマセンっした!イヤーおみそれしやした。皆さんを見た時からもしかしてそうかなー?って思ってたんっすけど・・・やっぱりアレっすよね?ゴブリンキングの方々っすよね?イヤーもうね?顔の作りからして他のゴブリンと違いますもん!威光って言うかね?他のメスも放っておかないでしょ?え?居ない?何だったらアッシが紹介しましょうか?これがまたエロいケツしたスケがいるんすよ~・・・・・」
それは、人間の尊厳をかなぐり捨てた高尚で尊い人間が誕生した瞬間だった・・・・ちなみに八千代にそんなエロいケツしたメスゴブリンの知り合いは居ない。
そんな誇り高い人間の言葉を聞いたゴブリンの内、リーダーらしき一匹が八千代を指差して口を開く。
「ギャギャ(殺れ)」
「ちょっ!?」
当然の帰結であった。
斧を持ったゴブリンが振りかぶり、八千代の頭に振り下ろそうとした瞬間━━
「グギャ?」
振りかぶった斧は八千代を襲う事無く、ゴブリンの手元から滑り落ちた。
いつまでも斧が落ちてこない事を不思議に思った八千代が顔を上げると、斧を振り上げていたゴブリンの顔には、まるでそこから生えてきたかの如く矢が突き刺さっていた。
命令したリーダー格のゴブリンを含めた周りのゴブリン達も、仲間のその様相にを見て尚、何が起こったのか分からない。ただ呆然と見ているだけだった。
ハッと我に返ったゴブリン達が奇襲だと云う事に気付いた時には既に、ゴブリンの眼前に剣が迫っていた。
「ハアッ!」「セアーッ!」「フッ!」
白銀の鎧を纏った男達が次々とゴブリン達に襲いかかり、反撃する隙を与える間も無く、剣の錆へと変えていく。
八千代はゴブリン達と同調する様に次々と倒されていく様を呆然と見送る事だけしかできず、気付いた時には合計で7匹居たゴブリン達は全滅していた。
「おお~!?」
周りを見まわせば、ゴブリンの遺体と血の海で溢れかえり、自分が九死に一生を得た感動も多分にはあったが八千代自身、(死んだら死んだで街に転移出来るかも・・・・)等と危機感は薄い。それよりもゴブリンの遺体に見られる断面や血のエフェクトの精密さに心奪われていた。
(お~超リアル・・・・グロ耐性のある俺でも引く位のレベルだぞ?倫理委員会対策は大丈夫なのか?サキュバス・・・。)
そんな八千代の斜め上の感動や心配は彼等には到底窺い知れず、文字どおり生を拾った事に対して感動しているのだと思った。
「おいお前、大丈夫か?危なかったな・・・。」
白銀の鎧で統一された集団の中から一人、金髪のオールバックの男が手を差し伸べてきた。八千代は何も言わず呆けながらも手を出すと、男はそのまま八千代の手を引き立たせてくれた。
男は値踏みする様に八千代の全身を観察すると、八千代が武器どころか防具すら装備していない事に気付き、訝しんだ。
(・・・・こいつ、こんな所で一体何をしていたんだ?他に仲間が居るのか?)
男は、八千代がゴブリンに襲撃された際に、仲間と逸れたのではないかと推測し、まだ近くに八千代の仲間がいるのでは?と考えて共に来た仲間に指示を出す。
「この近くに彼の仲間が居るかも知れない!二手に分かれて探すんだ。怪我をしているかも知れないから急げ!・・・仲間と何処で逸れた?動けるか?」
男の指示に仲間は気を引き締め直して捜索を開始しようとするのだが、八千代が男達の勘違いに気付き慌てて誤解を解く。
「あ~イヤイヤ大丈夫、俺一人です。すいません。有難うございました。」
「お前・・・一人なのか?こんな所を一人で何してたんだ?」
男は八千代が襲撃のショックを受けているものだと思っていたが、存外に平気な顔をしている目の前の八千代に戸惑う。そして街からも村からも離れているこの場所に何の護身装備も身に着けず、ふらふらしていた事を問い質した。
「え?いや~ログインして気付いたら・・・ちょっと離れてるんすけど、あっちの方の草むらに立っていたんですよ~、バグっすかね~?何やってもログアウト出来ないし、取り敢えず村か街に行けば何とかなるかな?って・・・・あっ、ログアウトってどうやるんすか?分かります?」
「ろぐあうと?何だそれは?何を言っているんだ?」
「へ?あれ?・・・・あ~、MOBか~、すげ~リアル。かなり高度に受け答え出来るんだな~」
そう言って八千代は男の肩をバシバシと叩く。
「そう言われてみれば開始早々、こんな良い鎧着てる訳ないよな~。あっ!あれか!?イベントか!?んだよ~、マジ焦って損したわ。そしてこれから街に行く訳ですね?解ります。」
「?」
八千代はピーンときた。自分が何故ログアウト出来なかったのか、何故何等装備も無くフィールドからのスタートなのか、全てはイベントの一言で型が着いたのだった。
八千代が意味不明な事を言いだして勝手に自己完結した直後、途端に馴れ馴れしくなった様子に男は八千代に対して狂気を感じた。
「・・・・そ、そうか分かった。取り敢えず街に行こう。ここからだと村の方が近いんだが知り合いに良い医者が居る。取り敢えず治療してもらった方が良い・・・・おい」
(どうやら、余りにもの恐怖に精神がやられてしまったかも知れん・・・・無理も無い。戦場では度々見られる極度の緊張からくる精神疾患だろう)
男は仲間の一人と無言で頷きあうと二手に分かれた。あくまで男は八千代が仲間と逸れた可能性を捨てれなかったのだ。それどころか返って八千代の態度に確信さえ抱いている。
八千代はそうとも知れず二手に分かれた事を訝しみながらも、ここから俺のサクセスストーリーは始まるとばかりに思考を放棄し、金髪オールバックの男に付いていくのだった。
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途中休憩を挟みながら約2時間の道のりを歩いてきた八千代一行は、ソドゴ伯爵領であるヴィエナの街にやってきていた。
ヴィエナの街は、国の中心部である王都から直線距離にして約80キロ離れた場所に位置する街である。
この街の特徴は、モンスターが生息するエリアに位置している為、他の都市よりも多く冒の険者や軍が常駐している言わば要塞都市である。
討伐されたモンスターから採取される素材や魔石は、此の世界の魔法文明を基礎とした日常生活から軍需産業等、多様に需要があり、莫大な富を生み出し取引されている。
その為、モンスター生息エリア付近に拠点を構える危険性は十分承知の上ではあるが、城壁等を構築しつつ防備を整え、ある程度は対処可能な要塞都市であり、商業都市でもあった。
そうしてヴィエナの街に辿り着いた八千代一行は、出入り口に駐在している門番に入場の許可を貰う為、審査を受けているのであったのだが・・・・。
「・・・・成程、アイザックさんが駆けつけた時には既に彼はゴブリンに襲われていたと・・・。」
「ああ、念の為に別働班として二手に分かれて捜索してきて貰ったのだが、それらしき後も見当たらなかったらしくてな・・・いずれにせよ彼は保護する必要があったし治療も必要だから連れてきた」
「だが身分証も無いとなると困りましたね・・・・そうなってくると他国からの不法入国の可能性も考えられますし・・・・それにしても記憶障害とは参りましたね」
「うむ」
そう言って二人は別室で待機する八千代の方を見た。
「このお茶、美味ぇ~!」
その視線の先には狂気を孕んだ瞳の男が茶を啜って和んでいた。




