エステルとやまい
まだまだ前座です。
「・・・おっと。」
しゃぶしゃぶという特殊な形態の鍋に和気あいあいとしながらもしゃぶしゃぶパーティが終わる。
フルアーマースネークの肉は尋常じゃなくうまかった、とだけ言っておく。
お腹いっぱいになったやまいはうとうとしているようで、船を漕ぎ出していた。
「やまい、ちゃんとベッドで寝ないと風邪引くよ。」
「ん・・・。くちっ。」
「言わんこっちゃない。」
くしゃみをして身震いするやまい。
上着を脱いでいるので、少し肌寒いだろう。
「それじゃ私は帰る。ごちそうさまでした。」
「お粗末さまでした。帰りは気をつけてね。一応可愛んだから変な男に襲われるかもしれないし。」
「一応って何?余計な一言じゃないかな?
・・・それにしても・・・なんだろ?」
そういってティキはやまいを見て複雑そうな顔をしている。
「なんか知らないけど・・・ずっとイライラする。」
「なんだって?」
「いや、なんでもない・・・疲れ、溜まってるのかな?
・・・嫉妬・・・とは違うか。」
ぼそぼそ言い出すティキ。
僕はその言葉をあえて聞こえないように振舞った。
やまいをベッドに運んで、僕は食器を片付けていく。
キッチン完備とは豪華な寮だ。
「イライラする・・・ね。」
皿を洗いながらついぼやいてしまう。
やまいの邪竜の加護は一度不快感を与えた相手にずっと効果を与える。
それは副作用を抑えるための加護を得た今も変わらない。
いや、日がたてば多少の緩和はされるようだが、それだけだ。
「・・・副作用のことも調べてみるか。」
幸いここは学べる場所。
建物に日本のような密閉性の無いこの世界では、本というものはすべて高価でも耐久性の高い羊皮紙で作成される。すべて手書きによる手間ひまも含め、非常に高価であるため本屋を経営してる店は極端に少なく、また手に入る機会も限られている。
そんな世界で、ここアルタイルには図書館があるのだ。
なので、図書館で調べ物、と思って図書館に来てから、文字が読めないことを再認識した。
そうだった。僕は文字が読めないのだった。
これはもう文字学も取るしかないか?と真剣に検討し始めたところで、見慣れた顔を見る。
「マルマインさんや。」
「はい?・・・あ、貴方っ!?」
バッと何かの本を隠すエステリーゼ。もといエステル。
えっちな本だろうか?
なんてね。
あれだろう。タイトルがアレで表紙があういうのであるがゆえに電車の中などで素の表紙を見られたくないという心理に違いない。
往々にしてそういう類の本はあるものだ。特にライトノベルでは何を思ってこんなタイトルをつけたのだろうか?とか思うものや、あまりに直球すぎるタイトルなんて腐る程ある。
なんちゃら荘のペットななんちゃらとか、俺の妹がかわなんちゃらとか、上の下とか、歯がないとか、とある魔法が科学と逮捕しちゃうぞ!とか。
ま、彼女の読む本はちょっと気になったけど本題はそれではない。そもそも表紙を見たとしてもイラストが書かれているわけでもなく、文字しか書かれてない本の内容を推し量るのは僕には無理である。読めないので。
「・・・私を呼ぶときはエステルと呼べと―」
「エステル、君の話を聞きたい。」
「・・・なんの話ですか?」
今回はおふざけは無しである。
「やまいと何があったの?」
「直球なのですね。」
「着飾らないのが好きなんでしょう?」
「・・・そうですが・・・無粋なのは嫌いです。」
「どう違うのさ。」
「気遣いがあるかないかの違いです。」
となると今のは彼女にとっての無粋の範疇に入るように思えるな。
不躾すぎたかもしれない。
「黙って教えて。」
「・・・どこに気遣いの要素が?」
「命令形にすることによって、『ああ、私、気分じゃないけど、あまり思い出したくないけど、命令されたから仕方ないよね!』という強迫観念が発生して、スムーズに言いやすくなるようにと。」
「気遣いの方向を回りまわって360°間違ってますわ。もとい無粋なままです。」
「・・・エステル。悪いけど僕はやまい第一なんだ。」
「・・・私に対する気遣いは二の次・・・と。」
うむ、その通りである。
ここで会ったが100年目、というほどではないが、いい加減僕に絡む理由を教えて欲しい。
そしてこれまでの彼女の態度は明らかに僕とやまいでは違う。
やまいに会うたびにまるで喧嘩別れした相手のような気まずさを感じているようなのだ。
エステルは少し微笑んだあと。
「その愚直さは好きかもしれません。
そうですね、お姉さんであるタコさんからすれば気になるでしょう。」
そう言って彼女は訥々と語り始めた。
☆ ☆ ☆
エステリーゼ・フォン・マルマインは小国の一つである学園都市(旧名・学園国家アルタイル)におけるかなり大きな貴族の娘である。
娘といっても家の継承権は無く、庶子、すなわち、妾の子であった。
とは言えど庶子であるがゆえにマルマイン家当主の父親に認知されており、その辺の子供よりは遥かに裕福な生活をしてきた。
最低限の貴族らしい生活はしてきたと言える。
学園都市を含む小国が合併して出来たライフィリア帝国になったあとに出来た法律として『平民だろうと貴族だろうと孕ませた子供は認知しようぜ!』的なものの影響でもあり、これは所属不明の浮浪児を生み出さないための策でもあった。
閑話休題。
そんな彼女の身に一大事が起こる。
彼女の母親が病気で倒れたのだ。
不治の病というほどでもないが、かなり厄介な病で、珍しい病気というのも相まって彼女の母を治せる医者は魔法士、薬剤師を含めていなかった。
大陸中を探せば見つかるかもしれないが、そんなことはネットがあるわけでもないこの世界では実質不可能。
ともすれば彼女自身が病を治すしかないということでこの学園に来たのだった。
まず、彼女は魔法の適性を調べた。
回復魔法の適性を持つものはたくさんいる。
が、高いものはそうはいず、低いのがほとんど。それも外傷ならともかく、内科にかかるような内側の病気は高い人間がつかった魔法でないとほぼ効果が無いと言われていた。
当然、そう都合よく行くはずもなく、エステルに高い適性はなかった。
高い適性があれば魔法使いに魔法陣を頼んですぐにでも治せたのに。
「私はすごく歯がゆい思いをしたわ。」
「・・・。」
そこからが焦りの日々の始まりだった。
せっせと薬剤科の勉強を始める。
しかし、薬剤科の授業は非常に難解だった。
教師に何度聞いても分からないところが増え続けるばかり。
それこそ教科書がボロボロになるほどまでに読み込んだ。
それでも分からない事は授業が進むにつれ増えていく。
それだけではない。母親の病気が珍しいがために、どんな薬が効果的なのかすら分かっていなかったのだ。
母親には病気の進行を遅らせる延命措置が続けられるものの、刻一刻とタイムリミットは近づいていく。
直接治せる薬は存在せず、症状を抑えて体の抵抗力にまかせて治るのを待つ、という対処療法しかとれなかった。
そんな時だった。
周りの生徒がまだ見ぬ将来のため、というぼんやりとした理由で勉強している中、一人だけ異色を放っていた人間がいた。
やまいである。
お互いに大切な人間のために早く治してあげたい。そういう共通の思いをもった二人はすぐに意気投合。
そう、やまいには友達がいたのだった。
「あの頃は本当に楽しかったですね。」
「・・・そう。」
二人は得意分野が違った。
それぞれの得意分野を教え合い、一気に勉強ははかどったのだ。
だが、楽しんでばかりもいられない。
エステルは事情を話して、修練用の素材を集めることにした。
いつの間にか授業に追いつくどころか、追い越してしまっていたのだ。
やまいも憮然としながらどこか嬉しそうにその協力を買って出た。
そんな日々がしばらく続き、そろそろ治癒薬の研究に入ることにした。
先生にも事情を話し、手伝ってもらい、しかし治癒薬の研究は困難だった。
そして焦った。
焦りに焦った彼女は研究を急ぐ。
当然それに見合った素材の量が必要であり、エステルは近くの迷宮に入り浸るようになった。
それに付き合うやまい。
「それで焦って・・・焦った結果、私は彼女に当たり散らしてしまいました。」
なかなか思うように行かない愚痴を、まるでやまいが悪いかのように八つ当たりするようになったそうだ。
「それにひどいことも・・・」
自分がこんなに苦しいのに、どうして彼女の薬の方は順調なのか。
やまいにとっては気遣いのつもりの言葉。
「私の方は上手くいってるよ。エステルもきっと・・・」
「・・・どうしてあなただけ・・・あなただけうまくいってるんですか?」
「えすてる?」
「あなたは焦る必要がなくていいですよね・・・もういないんですから。」
「・・・っ!?」
当然、やまいだってそこまで言われたら怒って、つい手が出る。
冷静でないエステルも手が出て、あとは野となれ山となれ。
喧嘩別れしたのだった。
☆ ☆ ☆
「・・・それで?」
「もっと・・・責めてもいいのですよ?
貴方には・・・彼女の本当の友人である貴方には私を叱っても、殴りつけても、私には何もできません。できることなど・・・」
「そういう話をしてるんじゃない。結局、お母さんはどうしたのさ?」
「・・・残念ながら。もともとお母様は体の弱い方でしたので。」
「・・・そう。」
すごく痛ましそうに、体を震わせて俯くエステル。
・・・存外ヘビーだった。
「ですが、その病の薬は完成させましたし、これから先、お母様のようにあの病気にかかった人を救えるのなら、それは素敵なことでしょう。・・・材料がかなり特殊でなかなか市場に出ない上に、自力での入手は困難なので・・・結局無駄かも分からないですが。」
そんなことないよ!と言ってやりたかったが、第三者がそんな慰めを言ったところでむしろ虚しさを増すだけだろう。僕には何も言えなかった。
無理矢理に作った笑顔でこちらを見るエステル。
ほんと、痛ましいです。
「僕に近づいたのは・・・」
「私にだってあの笑顔を向けてくれたことはなかったので、最初は嫉妬しました。
そこからの興味だったのですが尾行しているうちにお姉さんらしいことが分かりまして・・・それなら、と。私と彼女の間を取り持ってくれないかお願いしたかったのです。」
「・・・で、どうするの?」
「いえ・・・私を見るあの様子を見るに許してくれてないのでしょう。最近では回復魔法を勉強している姿をお見かけしまして・・・まぁこういう事情を持っていましたから、貴方が誰かを癒す手伝いをできればと思った次第です。一応魔法科もとってありますし。攻撃呪文は普通ですが、回復魔法についてはそれなりの腕であると自負できますのよ?
どちらにせよ・・・彼女への罪滅しの様な・・・つまらない自己満足でしかありませんが、よろしければこの身を存分にご利用なさってください。」
「そう、今度・・・教えてもらおうかな。」
「はい、喜んで。」
いやいや、そんなね。寂しそうな今にも泣きそうな顔で言われたら誰しも頷くしかないってばよ。
当然、頼れるお兄さんというべきか、お姉さんというべきか。
とにかく年長者としては軽くお節介をするくらいはいいかもしれない。




