【第4章】現実を生きるための小さな一歩
荒い息を整えながら、私は自分の部屋の天井を見上げた。
夢の中で味わったあの生々しい孤独感と、華やかな世界の裏側に隠されたドロドロとした現実が、まだ胸の奥で重く澱んでいる。
(……そうか。あのチケットが教えてくれたのは、都合の良い夢の裏側には、それ相応の代償や泥臭い現実があるってことなんだ)
枕元に目をやると、スマートフォンにはあの怪しいサイトの通知が残っていた。
有効期限である1ヶ月が、まさに今、終わろうとしていた。
画面には選択を迫る文字が表示されている。
けれど、いまの私の心は不思議なほど晴れやかだった。どの男性の影に縋るわけでもない。完璧な幻影に逃げ込んで、自分の不甲斐なさから目を背けるのはもうおわりにしよう。
私はスマホの画面をスワイプし、そのページを閉じた。
そして重い体を起こして洗面所の鏡に向かう。そこに映っているのは、モデルなんかじゃない。いつもの、少しぽっちゃりとしていて自信なげな「28歳、実家暮らしの私」だ。
でも、もう卑屈になるのはやめよう。自分の足で、ここから一歩を踏み出すんだ。
その日から、私の生活を少しずつ変えてみることにした。
まずは食生活だ。会社の昼休み、いつもならコンビニでスナック菓子や菓子パンを買い込んでいたのをやめ、タンパク質と野菜を中心とした手作りのサラダチキン弁当に切り替えた。
最初は「どうせ私なんか何をやっても……」という諦めが頭をもたげたが、あの夢の中で浴びたトゲトゲしい言葉を思い出しては、「誰かを見返すためじゃなく、自分のためにやるんだ」と心の中で呟いた。
仕事面でも変化を起こした。
いつもなら上司や先輩から押し付けられるがままに引き受けていた面倒なデータ整理の雑務を、勇気を出してこう言ってみたのだ。
「すみません、今日の分の自分のタスクがここまでなので、明日午前中までの提出でもよろしいでしょうか?」
上司は少し驚いた顔をしただけで、
「あ、うん、急ぎじゃないから明日でいいよ」
とあっさり受け入れてくれた。
なんだ、自分の意思をきちんと伝えれば、世界は簡単に壊れたりしないんだ――。
小さな成功体験が、私の胸に温かい灯をともした。
さらに、帰宅後のダラダラとしたスマホ時間を削り、寝る前の15分間だけヨガマットを敷いてストレッチをする習慣を始めた。最初は硬かった体が少しずつほぐれ、毎朝の目覚めが軽くなっていくのが実感できた。




