【第3章】甘い夢の裏側に潜む「現実」
チケットを手にしてからの1ヶ月間、私は毎晩、4人の男性たちとの「現実の生活」を順番に体験していくことになった。
最初に選んだのは、人気歌手のれんだ。
相変わらず艶やかなルックスで見惚れてしまうが、すぐにその生活の窮屈さに息が詰まった。
デートはいつも人目を避けるように彼の自宅マンションの部屋の中だけで、外を歩くことすらない。
ある日、甘い雰囲気に乗じてスマホでツーショットを撮ろうとしたところ、れんは急に表情を曇らせ、冷たい声で言い放った。
「何かのタイミングで外に流出したら面倒だから、写真は絶対に撮らないでって言ってるだろ」
甘い雰囲気は一気に冷めてしまった。
おまけに彼は超売れっ子。数日ぶりに会う約束をしていても、直前になって「急なレコーディングが入った」とドタキャンされるのは日常茶飯事だった。翌朝、モヤモヤとした虚しさを抱えたまま私は目を覚ますことになった。
気を取り直して次の週は、エリートサラリーマンのみなとの部屋へと向かった。
いつもは隙のないパリッとしたスーツ姿の彼だが、今日は私服で私を出迎えてくれた。
その私服のセンスが、目を疑うほどにダサかった。
「手料理を振る舞うよ」と意気込んでくれていたキッチンを覗くと、昨晩のものと思われる洗い物がシンクに山積みになり、リビングの床には飲みかけのペットボトルや脱ぎ散らかされたシャツが散乱している。
それでも彼が作ってくれたパスタを一緒に食べ始めたのだが、彼は咀嚼するたびに
「クチャクチャクチャ」と大きな音を立て、おまけに口元にはミートソースがべったりと付いていた。
胸の内で何かが音を立てて冷めていく、強烈な蛙化現象が私を襲った。
次の週は3人目、美容室経営者のひろきだ。
街を並んで歩くのは華やかだったが、デートの最中も彼の視線は常に周囲を巡っていた。
すれ違うスタイルの良い女性や、おっぱいの大きな可愛い女の子を見つけると、頭をそっくりその方向へ向けてニヤニヤし
ながらガン見しているのだ。さすがに腹が立って注意すると、「え? 見てないよ、気のせいじゃない?」と
ヘラヘラと笑い飛ばす。
極めつけは、彼のスマホに同業の男友達から連絡が入ったときだった。電話を切ったひろきは、悪びれもせずこう言った。
「今夜、仲間内で急に飲みに行くことになったから、今日のデートはここまでね!」
私との約束よりも男友達の付き合いを優先する彼の軽さに、私は言葉を失った。
最後は4人目のITエンジニアのそらだ。
どうか彼だけは理想のままでいてほしいと祈りながら彼の部屋を訪れた。
最初は甘えん坊で可愛かったが、事件は一緒にソファでくつろいでいるときに起きた。
私のSNSに、仕事関係で相互フォローしている男性モデルの投稿が流れてきた瞬間、そらは私の手からスマホを激しくひったくり、その男性のアカウントを
勝手にブロックしてしまったのだ。
「なにするの!?」と詰め寄ると、
「この男、みーちゃんを狙ってるから嫌だ。許さない」
と子どもように不機嫌になり、自分の部屋へ閉じこもってしまった。
慌てて機嫌を取ろうとノックしてドアを開けると、部屋の中は推しである地下アイドルのグッズやポスターで埋め尽くされている。
「自分だって他の女の子を推してるじゃん!」
と抗議すると、
「それとこれとは話が別でしょ!」
と身勝手な論理を押し付けてきた。
さらに、妄想の中の仕事現場でも変化が起きていた。
雑誌の撮影スタジオに入ると、いつもは優しく褒めてくれるマネージャーが、冷ややかな視線を私に向けた。そして、頭から足の先まで品定めするように見回したあと、きつい口調でこう言い放ったのだ。
「あなた、最近少し太ったんじゃない? 雑誌のイメージがあるんだから、プロ意識を持ってちゃんと体重管理しなさいよ!」
ショックを受けて控室の隅で小さくなっていると、先ほどまで優しく声をかけてくれていたモデル仲間たちが、ドアの向こうでヒソヒソと笑い合っている声が聞こえてきた。
『ねぇ、みずきちゃんってぶっちゃけ可愛くないよね?』
『あんなにフォロワーいるの謎だよねー。
早くぶくぶく太って、モデル引退してくれないかな(笑)』
控室にいるのが嫌になり、外に出た。
そして、現実のSNSを開くと以前は気づかなかった悪意あるアンチコメントが、まるで棘のように私の心を突き刺した。
夢の中で絶望に打ち震え、泣きそうになったその瞬間――私は現実の自室のベッドの上で、冷や汗をかきながらガバッと跳ね起きた。




