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記憶の箱に仕舞われた彩り  作者: 志摩 伊純


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幕間 紗希脳内会議(第2回目)


 内側が、また少しうるさい。


 少し、というのはたぶん、かなり甘い。

 ここしばらくで前へ出る向きが増えた。増えたうえに、それぞれがそれぞれの正しさと欲望を持っている。そうなると、静かに座って会議が始まる可能性は、ほぼない。


 よって。


OS担当「では、第2回紗希脳内会議を始めます」

「本日の目的は、最近の出力傾向の確認と、今後の自然な前面化の調整です」


 できるだけ落ち着いて、できるだけ委員長っぽく言った。

 けれど、その直後だった。


ゲーム担当「異議ありです」


OS担当「まだ何も決めていません」


ゲーム担当「決まる前に言っておくべきことがあります」

「最近、私の出力機会が明らかに減少しています」

「攻略・構築・最適化・考察。需要は継続的に存在するはずです」


競馬担当「それなら私もです!」

「最近、レースと予想とロマンが不足しています!」

「オッズを見たいです! パドックを見たいです! できればちょっと当てたいです!」


OS担当「着席してください」


ゲーム担当「精神的には着席しています」


競馬担当「私は前のめりに着席しています!」


OS担当「その二つは着席として認められません」


ゲーム担当「判定が厳しいですね」


競馬担当「ロマンに対して冷たいです!」


OS担当「会議にロマン判定はありません」


 開始一分も経っていないのに、もうかなり荒れている。


ゲーム担当「そもそも最近は大学日常比率が高いのです」

「それ自体はよいですが、ゲーム的観点からの切り込み余地も十分あるはずで」


競馬担当「それを言うなら競馬的観点からも――」


ゲーム担当「あなたはだいたいロマンで押し切ろうとします」


競馬担当「ゲーム担当だってだいたい理屈で押し切ろうとするじゃないですか!」


ゲーム担当「理屈には根拠があります」


競馬担当「ロマンにも熱があります!」


OS担当「戦わないでください」


ゲーム担当「戦ってはいません。討論です」


競馬担当「かなり白熱した討論です!」


OS担当「白熱しないでください」


 無理だった。


甘え担当「私は最近、ちょっと置いていかれている気がします」


OS担当「急に静かな方向から来ないでください」


甘え担当「だって、最近みんな理屈っぽいんです」

「もっとこう、なでなでとか、ぎゅーとか、かわいいとか、そういう方面をですね」


オカン担当「それを言うなら、まず生活です」

「遊びも予想も甘やかしも、食事と睡眠と体調が土台です」


競馬担当「出た、生活の王」


ゲーム担当「土台が強すぎる」


甘え担当「土台は大事ですが、甘えも栄養です」


オカン担当「概念としてはわかりますが、優先順位があります」


甘え担当「むっ」


OS担当「一回、議題を整理します」

「現在出ているのは、ゲーム担当の出番要求、競馬担当のロマン要求、甘え担当の近さ要求、オカン担当の生活要求です」


ゲーム担当「“出番要求”は少し雑です」


競馬担当「“ロマン要求”はだいぶ正しいです!」


甘え担当「“近さ要求”は、やや照れます」


オカン担当「生活要求はそのままでよいです」


OS担当「照れないでください」


甘え担当「照れます」


競馬担当「私は照れません!」


ゲーム担当「そこは威張るところではありません」


 中盤に差しかかるころには、もう会議というより、かなり駄々だった。


OS担当「では、ひとりずつ発言してください」


ゲーム担当「はい」

「最近の出力比率を概観すると、遊戯的・構築的・考察的成分が――」


競馬担当「長いです!」


ゲーム担当「まだ導入です」


競馬担当「導入が長いです!」


ゲーム担当「あなたは毎回テンションで割り込むのをやめてください」


競馬担当「予想はタイミングです!」


OS担当「会議もタイミングです!」


甘え担当「私は今、ちょっとだけ寂しいです」


オカン担当「水分は足りていますか」


甘え担当「内側会議に水分確認を入れないでください」


オカン担当「習性です」


ゲーム担当「オカン担当は常に生活へ戻そうとしますね」


競馬担当「でも、正直ちょっとありがたい時もあります」


オカン担当「当然です」


甘え担当「今ちょっとドヤりました?」


オカン担当「少しだけです」


 収まらない。

 というより、全員が自分の要求に妙な正当性を持っているので、互いに少しずつ納得しながら、それでも譲らない。


 その少し向こうで、歩み担当は静かだった。

 まるで騒がしさの外側から、ひとつずつ糸の色を見ているみたいに、何も挟まず見ている。

 だから余計に、その沈黙が目立つ。


OS担当「歩み担当、何かありますか」


歩み担当「……まだ見ています」


ゲーム担当「それがいちばん怖いんですよね」


競馬担当「わかります!」

「静かな人ほど、たまに一番強いです!」


甘え担当「でも歩み担当は、ちょっとやさしいです」


オカン担当「やさしいですが、容赦がないときもあります」


OS担当「どうして急に歩み担当品評会が始まったんですか」


 さらに収まらない。


 しかも、この段階でもメタ担当はまだほとんど口を出さない。

 少し離れたところで、騒ぎを聞いている気配だけがある。妙に静かだ。静かなのに、いない感じはしない。そこがまた少し気になる。


競馬担当「というか、メタ担当はさっきから何なんですか」

「静かに見てるだけなら、たまにはこっち側へ来てくださいよ!」


ゲーム担当「傍観寄りなのに、存在感はあるんですよね」


甘え担当「ちょっとずるいです」


オカン担当「言い方は悪いですが、少しわかります」


OS担当「そこは乗らなくていいです」


 それでも、メタ担当はまだすぐには出てこない。

 代わりに、甘え担当が突然ぐいと前へ出た。


甘え担当「もう結論から言います」

「甘えたいです」


ゲーム担当「私も結論から言います」

「遊びたいです」


競馬担当「私もです!」

「予想したいです! 見たいです! できれば当てたいです!」


オカン担当「私はちゃんとお世話したいです!!」


OS担当「はい、崩壊しました」


ゲーム担当「まだ崩壊ではありません」


競馬担当「かなり崩壊寄りです!」


甘え担当「でも、みんな言いたいことは同じくらい大事です」


オカン担当「同じくらいではありません。体調は最上位です」


ゲーム担当「その最上位が強すぎるのです」


競馬担当「生活が強いと、ロマンが肩身狭いです!」


オカン担当「ロマンは体調を崩したあと責任を取りません」


競馬担当「正論が強い!」


ゲーム担当「わかります」


甘え担当「でも、弱っている時こそ甘えが要ります」


オカン担当「そこは一理あります」


ゲーム担当「遊びも気分転換として有効です」


競馬担当「予想も心が躍ります!」


OS担当「全部一理あるのがいちばん厄介です」


 私は司会として頑張っていた。

 頑張っていたのだけれど、今の私は、ほぼ交通整理の棒を持ったまま多方面から突っ込まれている人でしかない。


OS担当「順番に――」


ゲーム担当「まずは遊びの時間を」


競馬担当「まずは予想の機会を」


甘え担当「まずは甘やかしを」


オカン担当「まずは休息を」


OS担当「“まずは”が四つあります」


競馬担当「豪華ですね!」


OS担当「豪華ではありません」


 歩み担当が、そこでようやく少しだけ前へ出かける気配がある。

 たぶん、またここは自分が見たほうがよいと判断したのだろう。


 その一瞬前だった。


メタ担当「はいはい、ちょっと失礼」


 するり、と入ってくる。

 軽い。けれど、その軽さのまま、場の真ん中へ立つことにまるで迷いがない。


メタ担当「騒がしいねえ」

「でも、ほどくとそんなに難しくない」


OS担当「……お願いします」


 思わず出た。

 だいぶ悔しいが、かなり助かる。


メタ担当「甘えたいのは、近さが欲しいんだろう?」


甘え担当「……はい」


メタ担当「遊びたいのは、熱くなれる時間が欲しい」


ゲーム担当「それはかなり近いです」


メタ担当「予想したいのは、ロマンと参加感だ」


競馬担当「はい! それです! かなりそれです!」


メタ担当「お世話したいのは、安心させたいから」


オカン担当「……はい」

「それは否定しにくいです」


メタ担当「ほら」

「全員、言い方が違うだけで、やりたいことはそこまで喧嘩してない」

「近さが欲しい。熱くなりたい。参加したい。安心させたい」

「要するに、いずみ君に対して何をしたいかの角度が違うだけだよ」


 しん、とする。

 いや、静まり返ったわけではない。ただ、さっきまで四方向に飛んでいたものが、一回ちゃんと机の上へ置き直された感じがあった。


ゲーム担当「……整理されると、少し悔しいですが納得します」


競馬担当「ロマンと参加感、かなりいいです……」


甘え担当「近さ、ですか……」


オカン担当「安心させたい、はかなりそうですね」


メタ担当「でしょ?」


OS担当「……まとまりました」


 思わずそう漏れる。

 かなり助かった。かなり助かったのだけれど、だからこそ少し複雑でもある。


歩み担当「……扱いが上手いですね」


 静かな声だった。

 でも、そこには薄い不審が残っている。


歩み担当「それが、少し引っかかるのですが」


メタ担当「ひどいなあ」

「ちゃんと丸く収めたのに」


歩み担当「だからです」


 メタ担当は、そこで少しだけ笑った。

 困ったようでも、誤魔化すようでもない。むしろ、少しだけ面白がっているみたいな笑い方だった。


メタ担当「まあ、そういうの嫌いじゃないんだ」

「絡まったものをほどくの、わりと性に合ってる」


競馬担当「ちょっと認めたくないですが、有能でした!」


ゲーム担当「認めたくないですが、同意します」


甘え担当「では、近さが欲しいので甘えてもよいですか」


オカン担当「その前に落ち着いてください」


OS担当「はい、再開しないでください」


競馬担当「私は参加感が欲しいので、次は予想でも――」


OS担当「再開しないでください!」


 また少し騒がしくなる。

 けれど、さっきまでのような崩れ方ではない。いったんほどかれたぶんだけ、わちゃわちゃしていても少しだけ安心がある。


 私はそこで、ようやく短く息をつく。

 司会としてはかなり敗北だった。けれど、全面崩壊よりはずっとよい。


 その横で、歩み担当はまだ静かに見ている。

 たぶん、助かったことと、引っかかったことが同時にあるのだろう。


 メタ担当は何も言わない。

 ただ、さっき美味しいところを持っていったくせに、そのこと自体にはさほど執着していないみたいな顔をしている。


 それがまた、少しだけ引っかかる。


 けれど今は、そこまでだ。

 内側はまた少しうるさい。

 でも、前よりほんの少しだけ、うるさいまま同じ机につける気がした。


 たぶん、次もきっとこんな感じだろう。

 そして、そのたびに誰かが暴れて、誰かがまとめて、誰かが少し不審がる。


 ……まあ、少なくとも退屈はしない。


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