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妖魔が跋扈する魑魅魍魎の現代に転生した俺は、ハズレとされる<反転>で無双する  作者: おにぎりだいすけ


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黄金の輝き

 さらに時は流れた。  

 ぬらりひょんがその理想を捨て、冷酷非情な妖魔の王として君臨してから、幾星霜。

 世界は再び、混沌の様相を呈し始めていた。


 ぬらりひょんが力による支配を確立した百鬼夜行は、弱き妖魔にとっての揺り籠となったが、それは新たな強者の誕生を促す土壌ともなった。  


 自然発生的に、あるいは人々の畏怖を喰らって、ぬらりひょんと同等、あるいはそれ以上の力を持つとされる個体が複数現れた。


 天を覆う九つの尾で国を傾ける絶世の妖狐、『九尾の狐』。

 大江山を根城とし、鬼の軍勢を率いて京を脅かす『酒呑童子』。

 古の神話より蘇り、八つの頭で山河を砕く『八岐大蛇』。


 人はその規格外の災厄を、畏怖と絶望を込めて『特級』と呼んだ。


 奇しくも、時を同じくして。


 闇が深まれば光が生まれるが如く、人間側にも奇跡が顕現する。

 名を、安倍晴明。  

 たった一人で特級妖魔に匹敵するとされる、破格の陰陽師。


 その名は瞬く間に人の世を駆け巡り、やがては妖魔の世界にまで轟くようになった。  

 晴明の力は苛烈であった。

 百、千の妖魔が成す群れをただの一瞥で浄化し、山を住処とする大妖を指先一つで祓う。


 その勢いは、まるで荒れ狂う嵐が塵芥を吹き払うかのようだった。彼の行くところ、妖魔の気配はことごとく消滅し、清浄な気が満ちる。


 その存在は、もはや妖魔たちにとって無視できるものではなくなっていた。

 同胞たちは凄まじい勢いで数を減らし、その死は恐怖となって伝播していく。

 ぬらりひょんが築き上げた妖魔の王国は、安倍晴明というたった一人の人間によって、その土台から揺るがされ始めていたのだ。


 特級と呼ばれ、驕り高ぶっていた妖魔たちすら、その肌で死の予感を感じ取るようになっていた。


「手を組もうではないか」


 月の明るい夜、妖魔たちが集う魔性の宴にて、ぬらりひょんは静かに告げた。

 その声は、かつて仲間を失った夜のように震えることはなく、絶対王者の冷徹な響きだけを宿していた。


「あの男、安倍晴明を討つ。我ら特級が、総力をもって」  


 プライドが高く、決して他者と群れることのなかった妖魔の王たち。

 彼らは一瞬、その提案を侮辱と受け取ったかのように牙を剥いた。

 だが、ぬらりひょんの漆黒の瞳に宿る、底知れぬ憎悪と揺るぎない覚悟を前に、誰もが沈黙する。


 誰もが理解していた。

 単独で晴明に挑むことが、いかに愚かな自殺行為であるかを。  

 やがて、最も傲慢であったはずの酒呑童子が、獰猛な笑みを浮かべて頷いた。


 それを皮切りに、九尾が、大蛇が、他の特級妖魔たちも次々とその意思を一つにする。  


 ここに、史上最悪の妖魔連合が結成された。

 彼らの目的はただ一つ、安倍晴明の抹殺。

 そして、人間の世の完全なる蹂躙であった。



  *


              


 決戦の地は、人間の本拠地、京都。  

 特級妖魔たちは、示し合わせたかのように同時に都へ侵攻した。

 八岐大蛇が大地を割り、酒呑童子が朱雀大路を闊歩し、九尾の狐が王城に呪詛を放つ。


 百鬼夜行を率いるぬらりひょんの妖気は、天蓋となって都の空を覆い尽くした。  

 阿鼻叫喚の地獄。

 陰陽師たちの結界は容易く破られ、兵士たちの刃は届く前に錆びて朽ちる。


 人の世の終焉が、目前に迫っていた。

 その、絶望の只中に。

 その男は、たった一人で現れた。


 狩衣の白さが、煤けた世界で異様なほどに際立っている。

 手には扇子一本。

 安倍晴明。


 彼がそこに立つだけで、渦巻いていた妖気と怨嗟の嵐が凪いでいく。

 その存在そのものが、この世の理を肯定する巨大な陽の塊であった。


 晴明は、神話の怪物たちを前にして、悲しそうに瞳を伏せた。


「……話し合いで、解決はできぬものかな」


 ぽつりと、場違いなほど穏やかな声が響く。

 その戯言に、最初に反応したのは酒呑童子だった。

 腹の底から湧き上がるような哄笑を上げ、大地を揺るがす。


「戯け、陰陽師! 我らと貴様らが相容れぬことなど、三歳の童でも知っておるわ!」


 然りと、ぬらりひょんが冷たく応じる。


「どちらかが滅びるまで、この戦いは終わらぬ。それが、世界の理よ」


 晴明は、もはや言葉は不要と悟ったのか、静かに構えた。

 彼の全身から、黄金の光が溢れ出す。

 それは太陽のように暖かく、しかし星々をも焼き尽くすほどの、純粋な力の奔流だった。  


 戦いの火蓋が、切って落とされた。

 それは、後に神話として語り継がれることになる戦いの始まりだった。


 八岐大蛇の八つの頭が一斉に晴明に襲い掛かる。

 一つは炎を吐き、一つは毒の霧を撒き、一つは山をも砕く顎で喰らいつこうとする。だが、晴明はただ右手をかざすだけ。


 彼を中心に不可視の障壁が展開され、全ての攻撃が触れることすらできずに霧散した。


 晴明は印を結ぶ。

 すると、虚空から無数の光の矢が生まれ、特級妖魔たちに降り注いだ。

 それはただの妖力ではない。


 因果を断ち切り、存在そのものを消し去る破魔の光。

 酒呑童子は自慢の剛腕で弾き返そうとするが、光に触れた腕は端から塵となって消えていく。  


 多勢に無勢。

 しかし、戦況は誰の目にも明らかだった。

 まるで、成熟した大人が、癇癪を起した子供たちをいなしているかのような、絶対的な格の違いがそこにはあった。  


 ありとあらゆる妖術、呪詛、物理的な暴力が、彼の前では意味をなさない。

 彼は森羅万象を味方につけ、世界の理そのものを武器としていた。

 特級妖魔たちは、生まれて初めて、自分たちが「弱者」であるという事実を突きつけられていた。  


 やがて、晴明は攻勢を止め、虚空に手を差し入れた。

 その手の中から、禍々しいほどの神気を放つ、漆黒の木箱がゆっくりと姿を現す。  


『封霊箱』。

 魂を永遠に閉じ込める、神代の牢獄。

 彼は、妖魔たちを殺す気がないのだ。


 その事実に、ぬらりひょんは戦慄した。

 殺されるよりもなお深い屈辱。

 永遠に続く幽閉という名の、終わりなき死。


 晴明の視線が、ぬらりひょんを捉えた。

 その瞳には、敵意はなく、ただ深い、深い憐憫の色が浮かんでいた。

 彼は、ぬらりひょんの力の根源が、愛する者たちを失った千年の孤独と絶望にあることを見抜いていた。


 その魂が、今もなお血の涙を流し続けていることに、気づいていたのだ。

 だが、この時代は、あまりにも未熟だった。


 妖は悪。

 人は正義。

 その二元論でしか世界を語れない。


 彼女の痛みを理解し、その魂を救済する術を、この時代の誰も持たなかった。

 晴明自身でさえも。


 だから、彼は選ぶしかなかった。

 殺すのではなく、かといって許すのでもなく。

 ただ、"未来"に託すことを。


 黄金の光がぬらりひょんを包み込む。

 抵抗も虚しく、彼女の魂は肉体からゆっくりと引き剥がされていく。

 意識が遠のく中、彼女の耳に、安倍晴明の静かな声が響いた。


「この世が、君たちを理解できる時代ではない」


 その声には、嘲りも侮蔑もない。

 ただ、同じ世界に生きながら、救うことのできない魂に対する、真摯な悲しみだけがあった。


 ぬらりひょんの魂が、光の粒子となって封霊箱へと吸い込まれていく。


「未来に現れるであろう、君の孤独に寄り添える“理解者”に……その可能性を、託そう────」


 それが、ぬらりひょんが聞いた最後の言葉だった。

 続いて、酒呑童子が、八岐大蛇が、九尾の狐が、次々とその魂を封じられていく。神話の戦いは、たった一人の陰陽師による、完全なる勝利で幕を閉じた。


 すべての特級妖魔を封じ終えた時、安倍晴明の身体を支えていた黄金の光は、まるで陽炎のように揺らめき、そして、消えた。


 全ての妖力を使い果たした彼の身体は、糸の切れた人形のように、ゆっくりと大地に崩れ落ちる。  


 こうして、大陰陽師・安倍晴明は、その命と引き換えに世界の平和を守り、伝説となったのだ。


                

 *



 ──そんな、途方もない記憶の奔流が、俺の砕け散った意識の中に流れ込んできた。  


 すごいものを見た、という子供じみた感想だけが、虚無の海に浮かぶ。


 不意に、暗闇の底で、温かな光が灯った。

 ふと気づくと、俺は果てしなく広がる水鏡の上に立っていた。


 足元には、天の川のような星々が流れる大河。

 頭上には、無限に広がる夜空と、不自然なほど巨大な満月。


 天と地の境界が溶け合ったような世界。

 光は、その中心から放たれていた。

 光の中から、ゆっくりと人影が現れる。


「──やあ」


 鈴を転がすような、心地よい声が響く。


 長髪を緩やかに結い、優美な狩衣を纏った青年。

 その顔立ちは中性的で、柔和な笑みを浮かべている。

 何よりも印象的なのは、彼の全身から溢れ出す、慈愛に満ちた黄金のオーラだった。


 それは、かつて俺が父から注ぎ込まれた妖力とは似ても似つかぬ、万物を育み、世界そのものを肯定する『陽』の気の結晶。  


「随分と辛気臭い顔をしているね、私の子孫は」


 俺は、息を呑んだ。  

 その姿は、先程まで己の魂に流れ込んできた記憶の中で、神話の怪物たちをたった一人でねじ伏せた、あの伝説の大陰陽師の姿、そのものであったから──。

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