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妖魔が跋扈する魑魅魍魎の現代に転生した俺は、ハズレとされる<反転>で無双する  作者: おにぎりだいすけ


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八月八日

 陽が落ち、世界が藍色に塗り潰されていく。


 屋敷の周囲に張り巡らされた結界が、薄っすらと燐光を放っているのが窓越しに見えた。


 俺はゲーム機の画面に視線を落とす。


 最近は配管工の髭親父がカートで爆走するゲームをやり込んでいた。


 昼間はうだるような暑さだったが夜の帳が世界を覆うと、ひんやりとした空気が肌を撫でた。


 扇風機がなくても過ごせるくらいに涼しい。


 俺は縁側に寝転がり、夜風に当たりながらゲームに興じていた。


 平和だ。


 あまりにも平和な夜。


 最終コーナーをドリフトで抜け、一位でゴールラインを駆け抜ける。


 画面に『WINNER』の文字が輝いた、その時だった。


 ドクン、と。


 不意に、心臓が跳ねた。


 緊張による動悸ではない。


 内側から、肋骨を蹴り破らんばかりの衝撃。


「……っ、ぐ?」


 なんだ?


 息が詰まる。


 指先から急速に血の気が引いていく。


 貧血か? 


 いや、違う。


 血液が逆流するような、内臓が裏返るような、この感覚。


 俺は、これを知っている。


『よい夜じゃの』


 背筋をぞわりと悪寒が駆け上った。


 直接鼓膜を震わせるのではない、脳内に直接響き渡るように、あの声がした。


「……ぬらり、様?」


 凛として、絶対的な王の響きを持つ声。


 傲岸不遜で、尊大で、それでいてどこか愉しげな、この世でただ一つの声。


「……っ、ぬらり様!」


 思わず叫んでいた。


 ゲーム機が手から滑り落ち、乾いた音を立てて畳に転がる。


 そんなことには構っていられなかった。


 俺は弾かれたように立ち上がり、虚空を見つめる。


 そこに姿はない。


 だが、感じる。


 神崎天一郎との戦いの後、眠りについていたはずの、魂の同居人の気配を。


 明確に、すぐそこに。


「……お久しぶりです。今まで何をされていたんですか? ずっと声がしなかったから、心配しましたよ」


 安堵と混乱が入り混じった声で問いかける。


 ずっと、この声が聞こえなくなるのが寂しかった。


 空虚だった。


 だから、目覚めてくれたことが、心の底から嬉しかった。


 だが、ぬらりひょんの答えは、俺のそんな感傷を木っ端微塵に打ち砕くものだった。


『……ほう、なんて健気なことよ。少し構ってやれば、すぐに尻尾を振りおる。まるで主人の帰りを待つ浅ましい駄犬そのものじゃな』


「え……?」


『少しばかり、機が熟すのを待っておっただけじゃ』


 声の質が、全く違う。


 いつものような戯れやからかいの色合いが、そこには一切含まれていなかった。


 冷たく、硬質で、絶対的な拒絶だけが込められている。


 その声が響いた瞬間、俺は自分の体に起きた異変に気づき、凍りついた。


「な……に?」


 動かない。


 手も、足も、指一本すら、俺の意思を全く受け付けない。


 金縛りにあったかのように、体だけがそこに取り残されている。


 いや、違う。


 これは金縛りなどではない。


 俺の右手が、ゆっくりと持ち上がる。


 俺の意思とは関係なく。


 俺の口が、勝手に弧を描いて吊り上がる。


 笑いたいわけでもないのに。


「な、んで……体を、明け渡した覚えは、ないのに……っ」


 そうだ。


 神崎天一郎と戦った時、俺は自らの意思で体の主導権をぬらりひょんに明け渡した。


 まさか、あの時の交代のせいで……。


 今のこれは合意の上での交代ではない。


 強制的な乗っ取り。


 俺の意識は鳥籠に閉じ込められた鳥のように、ただ自分の肉体が勝手に動く様を見ていることしかできない。


 ぬらりひょんは、俺の体を使って満足げに夜空を見上げた。


 狂気と歓喜が混じり合った昏い光が瞳には宿っている。


「この日を、千年の間、ずっと待ち望んでおった」


 その声は、もはや俺の脳内だけに響くものではなかった。


 俺の喉を震わせ、俺の声帯を使って、紛れもない現実の音として紡がれる。


 その瞬間、俺の全身から爆発的な妖気が噴き上がった。


 神崎天一郎と対峙した時の比ではない。


 澱んだ漆黒のオーラが、部屋の調度品を次々と薙ぎ倒し、粉砕していく。


 異常を察知して陰陽府の術師たちが集まってきた。


「な、なんだこの妖力は!?」


「結界内部からだ! まさか、対象が暴走を!?」


「応援を呼べ! 芦屋家の部隊も叩き起こせ!」


 怒号が飛び交う。


 だが、ぬらりひょんはそれを、愛おしい我が子を見るような目で見つめていた。


『にぎやかでよい。祭りには囃子がつきものじゃ』


(ぬらり様、何を……何をするつもりなんですか!)


 俺は精神の檻の中で叫んだ。


 嫌な予感がする。


 とてつもなく、取り返しのつかないことが起きようとしている。


「お主はただそこで、見とればよい」


 彼女は俺の口を使って、歌うように宣言した。


「さあ、始めようぞ。我が同胞たちよ。宴の時じゃ」


 俺の体が、独りでに印を結び始める。


 それは陰陽術の印に似ているが、もっと複雑で、禍々しく、冒涜的な形をしていた。


 そして、俺の口から、おぞましい言霊が紡がれていく。


「──来たれ、来たれ、来たれ。闇より生まれし全ての裔よ。今こそ、千年の軛を解き放ち、この地に百鬼の王国を築かん」


 やめろ。


 やめてくれ。


 心の内でどれだけ叫んでも、声にはならない。


「──特級妖術・百鬼夜行」


 瞬間、世界が悲鳴を上げた。


 土御門家の地下を流れる清浄な霊脈が濁流のように荒れ狂い、屋敷全体が地震のように激しく揺れる。


 俺の足元から、黒紫色の妖力が間欠泉のように噴き出した。


 それは俺自身の微弱な妖力などではない。


 この『鬼門開き』の日に、現世に満ち満ちた膨大な『陰』の気そのものを呼び水とし、強制的に束ね上げた力の奔流だ。


 空気が歪む。


 空間が軋む。


 世界そのものの理が、たった一体の妖魔の号令によってねじ曲げられていく。


 恐怖と同時に、そのあまりに規格外な力の奔流に、俺は純粋な畏怖を覚えていた。 だが、ぬらりひょんはそんな俺を鼻で笑うかのように、愉悦に満ちた声で囁く。


「野望を果たそうとしようか」


(や、野望……?)


 魂の奥底から、かろうじて疑問を絞り出す。


 一体、何のためにこんなことを。


 この力で、何をしようとしているんだ。


「決まっておろう」


 ぬらりひょんは、夜風に髪をなびかせながら、恍惚とした表情で告げた。


「人類の虐殺じゃよ」


 ──は?


 思考が、完全に停止した。


 ジンルイノ、ギャクサツ?


 理解が、できない。


 言葉の意味が、脳を素通りしていく。


 聞き間違いだ。


 いつものように、俺をからかっているだけだ。


 そうに決まっている。


(り、理解が……できません。どうして……)


「どうして、とは愚問じゃな、我が器よ」


 彼女は冷ややかに、しかし慈悲深く諭すように言った。


「狼が羊を食らうに、理由が必要か? 人が蟻を踏み潰すに、大義がいるか? 儂らは妖魔。人を喰らい、人を殺し、恐怖を糧とするモノ。それが儂らの"理"じゃ」


 違う、俺が知っているぬらりひょんは、もっと理知的で、話の通じる相手だったはずだ。


 だが、今の彼女からは、種の違いしか感じられない。


 俺の体はゆっくりと、屋敷の外──陰陽府が張った結界の方角へと向き直る。


 そして、こともなげに右手を掲げた。


「まずは、この鬱陶しい鳥籠から壊さねばな」


 ぬらりひょんは、ただ純粋な、圧倒的な妖力の塊をその右手に収束させる。


 黒い太陽のような高密度のエネルギーが、空間を歪ませながら渦を巻く。


「消し飛べ」


 短い宣告と共に、その黒い太陽が解き放たれた。


 轟音。


 今まで経験したことのない、腹の底まで震わせる爆音が鳴り響き、屋敷を覆っていた最高強度の『六方封殺結界』が、ガラス細工のように、いとも容易く砕け散った。


 光の粒子が夜空に舞い、一瞬だけ星のようにきらめいて、そして消える。


 絶対の守りだったはずの結界が、内側からのたった一撃で、完全に消滅した。


 結界とは、外部からの侵入を防ぐための壁だ。


 内部からの、それも特級妖魔による一点突破になど耐えられるはずがない。


 結界の崩壊は、即座に外の世界へ伝播した。


 遠くで、監視していた術師たちの声が聞こえる。


 警報のけたたましい音が鳴り響く。


 だが、それらはすぐに、おびただしい数の異形の咆哮によってかき消された。


『ふふ、みな準備万端のようじゃな』


 ぬらりひょんの視線の先。


 結界が消えたことによって露わになった外の世界。


 そこには、異常な光景が広がっていた。


 無数の赤い光。


 暗闇の中で爛々と輝く、数千、数万の瞳。


 現世に溢れ出した、おびただしい数の妖魔たち。


 一つ目の鬼、骸の武者、巨大な蜘蛛、得体の知れない軟体生物。


 あらゆる種類の、数え切れないほどの妖魔が、まるで黒い津波のようにうごめいていた。


 そして今、その全ての妖魔が、憎悪と飢餓に満ちた瞳を、一斉にこちらへ──結界が消え、無防備になった土御門本邸へと向けた。


『百鬼夜行』。


 それは、自分より弱い妖魔を無条件で支配し、従える、ぬらりひょんだけの特級妖術。


 号令は、既に下された。


 妖魔の軍勢が、一斉に屋敷へ向かって殺到を始める。


「ヒッ……!」


「妖魔が来るぞ! 総員、構えろ!!」


 庭にいた術師たちの絶望的な叫びがかき消される。


 闇の奥から、雪崩のように妖魔の群れが押し寄せてきた。


 大地が揺れ、空気が震え、術師たちの短い悲鳴が闇に吸い込まれていく。


「我は百鬼夜行の主。強き者が弱きを統べる。これぞ世の理」


 俺は、自分の体が引き起こしたこの地獄絵図を、ただなすすべもなく見ていることしかできなかった。


「行け、我が愛しき子らよ。今宵は宴じゃ」


 体の主導権は奪われ、声も出せない。


「──食らえ、犯せ、殺し尽くせ」


 警備の術師が、巨大なカマキリのような妖魔に胴体を両断され、鮮血の花を咲かせる。


 美しい庭園は瞬く間に阿鼻叫喚の屠殺場へと変貌した。


「見よ、我が器。美しい赤じゃ」


 すぐ隣で、魂の奥底で、ぬらりひょんが心底愉しそうに笑っている。


 ──ああ、そうか。


 やっと気付くことが出来た。


 あまりに気付くのが遅かった。


 俺は、とんでもないものを解き放ってしまったんだ。


 結局、俺たちは分かり合えてなどいなかった。


 猛獣の檻の中で、たまたま獣が満腹で寝ていただけだった。


 俺を救ってくれると信じたその手は、最初から世界の喉元を掴んでいた。


 そしてその手を導いてしまったのは、他の誰でもない俺自身だったのだ。

 そしてその手を導いてしまったのは、他の誰でもない俺自身だったのだ。

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