表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖魔が跋扈する魑魅魍魎の現代に転生した俺は、ハズレとされる<反転>で無双する  作者: おにぎりだいすけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/32

封霊の術

 神崎が地面を蹴った瞬間、世界から音が消えた。


 いや、俺の知覚が、その速度に追いつけなかっただけだ。


 衝撃波が空間を叩き、屋敷の残骸を吹き飛ばすよりも速く、黄金色の妖気を纏った〝理不尽の化身〟が眼前に迫っていた。


 ぬらりひょんが操る俺の体は、思考よりも先に動く。


 かろうじて後方へ跳躍し、その場から離脱した。


 コンマ数秒後、先ほどまで俺が立っていた場所の空間が、神崎の拳によって叩き割られ、ガラス細工のように砕け散る。


「ほう、今のを避けるか。さすがは特級、伊達じゃない」


 神崎は心底楽しそうに笑うと、その指先が、指揮者のタクトのように虚空を弾いた。


 すると、その掌に太陽が顕現したかのような灼熱の光球が生まれる。


「極光──天照・灼滅」


 術の名を口にするのと、極小の太陽が放たれるのはほぼ同時。


 視界の全てが紅蓮に染まる。 


 火炎放射などという生易しいものではない。


 太陽フレアを地上に引きずり下ろしたかのような、絶対的な熱量の津波。


 石畳が一瞬で灰と変わり、空気中の水分が爆ぜる音だけが鼓膜を叩く。


 それは熱線となって空間を焼き切り、直線上に存在する全ての物質を蒸発させながら俺へと殺到する。


「児戯」


 ぬらりひょんは冷たく呟き、手を振るう。


 どす黒い妖力の奔流が渦を巻き、盾となって熱線を真正面から受け止めた。


 光と闇が衝突し、互いを喰らい合う。


 凄まじいエネルギーの拮抗が屋敷全体を揺るがし、爆風が荒れ狂った。


 だが、神崎の攻撃はそれで終わりではない。


「──『水神禍』」


 爆炎の中から、今度は大津波の如き質量の奔流が姿を現す。


 水分が凝縮され、数千トンの水塊となって頭上から圧し掛かる。


「──『建御雷神ノ裁キ』」


 さらに、天を埋め尽くすほどの紫電が生まれ、無数の槍となって降り注ぐ。


 一筋一筋が山を砕く威力を秘めた、まさしく神の怒り。


「──八岐大蛇ノ吐息』」


 八つの竜巻が同時に発生し、真空の刃を撒き散らしながら俺を八方から包囲する。


 火、水、雷、風。


 森羅万象を捻じ曲げ、災害そのものを術式として顕現させる。


 しかも、その全てが奥義に匹敵する特級の威力。


 神崎天一郎は、それを詠唱の隙すら見せず、呼吸をするように、思考する速度で連発しているのだ。


「無駄、無駄、無駄じゃ!」


 ぬらりひょんは、その神業の領域にある飽和攻撃に対し、ただ純粋な妖力の放出のみで対抗する。


 黒い妖力が津波を蒸発させ、紫電を飲み込み、真空の刃を砕き割る。


 しかし、その表情には、先ほどまでの余裕の色が消えていた。


 神崎の妖力は、まるで無限。


 その底が全く見えない。


 一方、ぬらりひょんの力は、この五歳の肉体を器としている以上、無限ではない。


 長期戦になれば、ジリ貧になるのは目に見えていた。


「ははっ、すげぇなババア! 俺のフルコースを真正面から受け止めるとか、マジでありえねぇ! 最高だ!」


 狂ったように笑いながら、神崎はさらに術を重ねる。


 もはや原型を留めない屋敷の残骸が、天変地異の如き術の応酬によって塵芥と化していく。


 ぬらりひょんは、神崎の猛攻を捌きながら勝機を探っていた。


 だが、見つからない。


 純粋なパワー、技術、スタミナ、その全てにおいて、目の前の男はぬらりひょんが知る誰よりも、あの安倍晴明すらも凌駕しているのかもしれない。


 その思考の隙を、神崎は見逃さなかった。


「──だが」


 ふ、と神崎の笑みが消えた。


 彼が軽く右足で地面を踏みしめる。


 それだけ。


 たったそれだけの動作だった。


「神通力──『重力加増・千倍』」


 瞬間、俺の全身に、天が落ちてきたかのような凄まじい圧力がかかった。 


 ドゴォッ! 


 という轟音と共に、俺の体は抵抗する間もなく地面に叩きつけられる。


 視界が赤く染まり、骨が軋む悲鳴を上げる。


 内臓が潰れ、肺から空気が強制的に搾り出された。


「ぐっ……あ……!」


 ぬらりひょんが操っているはずの肉体から、俺自身の苦悶の声が漏れた。


 指一本動かせない。


 まるで巨大な神の掌に押し潰されているようだ。 


「すげぇな、まだ形を保ってるか」


 ぬらりひょんの妖力で強化していなければ、瞬時にミンチになっていただろう。


 だが、それも時間の問題だ。


「久しぶりに本気になっちまった。結構楽しめたぜ」


 神崎が、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。


 その傍らには、先ほど彼が具現化した、あの禍々しくも神聖な『封霊箱』がふわりと浮遊していた。


 神通力による物体操作。


「中身が空っぽになったなら、もう一度詰め直せばいい。簡単な理屈だろ?」


 神崎の瞳から、遊びの色が消える。


 彼は本気で、ぬらりひょんを──いや、俺ごと、再びあの暗闇へ閉じ込めるつもりだ。


 万策尽きた。


 千年の時を生きた大妖魔が、生まれて三十年ほどの人間に、完膚なきまでにねじ伏せられている。


 ──その時、俺の意識が、肉体の底から強く呼びかけられた。


『我が器』


 ぬらりひょんの声が、精神の奥底に直接響く。


 その声には、いつもの傲慢な響きはなく、切羽詰まった焦りが滲んでいた。


『奴を凌ぐには、お主の力が必要じゃ』


(俺の力……?)


『そうじゃ。だが、いつもの「反転」ではない。奴の攻撃は強大すぎる。真正面から性質を変えようとすれば、お主の未熟な器が耐えきれずに崩壊する』


(じゃあ、どうすれば……!)


『「反射」を覚えろ』


(反射……?)


 俺の力は、あくまで事象を裏返す『反転』。


 相手の力を跳ね返すなんて芸当とは、また違う……。


『反転ができるのならば、出来ないはずがない。お主の術式は、理への介入じゃ。「熱」を「冷」に、「生」を「死」に変えることができるなら、「方向」を変えることも造作もないはずじゃ』


 方向を、変える。


 俺に向けられたベクトルを、180度反転させる。


『儂の妖力をすべて使い果たしても良い。この身にある残滓の一滴まで、お主にくれてやる』


 ぬらりひょんの声に、凄絶な覚悟が滲む。


 無茶苦茶だ。


 やったこともないことを、この土壇場でやれというのか。


『タイミングは儂が指示する。奴の術が放たれるその瞬間……全神経を研ぎ澄ませろ。相手の力を、そのまま奴に返すのじゃ。お主はただ、術が飛んでくる方向へ、鏡を置くイメージで力を展開しろ』


 失敗すれば、俺も、ぬらりひょんも、この場で封印される。 


 だが、やらなければ、何も変わらずに封印されるだけ。


 ぶっつけ本番で、この現代最強の男を出し抜く。


(……わかりました。やってやる)


『よろしい』


 その一言を最後に、ぬらりひょんは俺の意識の底で、莫大な妖力を練り上げ始めた。


 俺の小さな体の内側で、宇宙が生まれるかのようなエネルギーが渦巻き始める。


 地面に這いつくばる俺を見下ろし、神崎天一郎は勝利を確信した表情で、ゆっくりと両腕を広げた。


「じゃあな、ガキ。そして、ぬらりひょん」


 神崎が両手を広げる。


 彼を中心に、黄金の光が幾何学模様を描き出し、複雑怪奇な曼荼羅を形成していく。 


 空気が振動する。


 世界そのものが、これから行われる儀式に畏怖しているかのようだ。


 神崎の口から、厳かな詠唱が紡がれる。


「──謹請す」


 その言葉と共に、浮遊していた封霊箱の蓋が開いた。


 中から、あらゆる光を飲み込むような漆黒の闇が覗く。


「天の逆鉾、地に満ちる穢れを祓い、常世の檻へ誘わん」


 妖力が練り上げられていく。 


 その密度は、先ほどの陰陽術とは桁が違う。 


 かつて安倍晴明が特級妖魔を封じた、人類最高峰の封印術式。 


 逃げることも、防ぐことも許されない、確定した終焉。


「東に青龍、西に白虎、南に朱雀、北に玄武。四神の聖域を以て外敵を払い、内なる災禍を鎮めたまえ」


 俺の体を取り囲むように、光の鎖が出現する。


 鎖は俺の手足を縛り上げ、魂そのものを肉体から引き剥がそうと食い込んでくる。


(まだか……っ!)


『まだじゃ。待て。引きつけろ』


 ぬらりひょんの声が、氷のように冷静に響く。


「五芒の星に誓いて、汝、万劫の闇に眠れ」


 神崎の手元に、光の球体が収束する。


 あれこそが、封印の核だろう。 


 あれを打ち込まれれば、俺たちはあの箱の中に吸い込まれ、二度と出ることはできない。


「──逆賊、不浄、外道の悪鬼よ。汝の魂、汝の力、汝の存在そのものを、無窮の檻へと還す」


 封霊箱が、ゴウ、と音を立てて激しく振動し始めた。


 箱の表面に刻まれた無数の護符が黄金色に輝き、鎖が擦れ合う甲高い音を立てる。


 まるで獲物を捕らえるのを待ちきれない、飢えた獣のようだ。


 神崎の碧眼が、勝利を確信して細められた。 


 油断ではない。


 絶対的な実力差に裏打ちされた、純粋な事実としての勝利の確信。 


「此は人の定めに非ず、天の理。此は人の願いに非ず、地の理。万象の流転を止め、永遠の静謐を此処に顕現せしめん」


 だからこそ、隙がある。


 彼は夢にも思わないだろう。 


 5歳の子供が、瀕死の状態で、この絶望的な術式を跳ね返そうとしているなどとは。


 そして──。


「──特級妖術・封霊の術!!」


 神崎が腕を突き出した。 


 光の奔流が、俺に向かって放たれる。 


 世界が白く塗りつぶされるほどのエネルギー。 


 触れた瞬間に魂を凍結させ、因果の彼方へ追放する神の光。


『──今じゃッ!!! 反射しろ!!!』


 ぬらりひょんの叫びが弾けた。


 同時に、俺の体内から、どす黒く、それでいて底なしに澄んだ莫大な妖力が溢れ出す。


 イメージしろ。


 恐怖はいらない。


 痛みもいらない。


 ただ、目の前に迫る理不尽な光を、鏡のように跳ね返すイメージ。


 俺に向かうベクトル。


 それを掴み、捻じ曲げ、反転させる。


 ──あっちへ、いけぇええええええッ!!!!


 俺は叫びにならない咆哮と共に、ありったけの意思を込めて、見えない鏡を世界に構築した。


 カッッッ!!!!!!!


 音が、消えた。


 衝突音ではない。 


 物理法則が軋みを上げ、悲鳴を上げる音なき音。


 俺の鼻先数センチまで迫っていた光の奔流が、見えない壁に激突したかのように静止した。 


 そして次の瞬間。


 あり得ない角度で、光が折れ曲がった。


「なっ──!?」


 その時、初めて。


 常に余裕を浮かべていた神崎天一郎の表情が、信じられないものを見るかのように、驚愕に染まった。 


 封印術式の対象が、俺から神崎へと書き換わった。 


 俺に向かっていた封印術というベクトルが真逆に反転し、術者である神崎自身を対象として牙を剥いたのだ。


 自分の放った最強の封印術。 


 その引力が、ゼロ距離で神崎を襲う。


「ま、さか──!」


 神崎が回避しようと身を捩る。


 だが、遅い。


 逃れられるはずがない。それは彼自身が練り上げた、回避不能の絶対的な術なのだから。


 封霊箱から伸びた闇の鎖が、神崎の体を雁字搦めにしていく。


 彼が抵抗しようと放つ莫大な妖力さえもが、封印の力の一部として取り込まれ、さらに拘束を強めていく。


 自らが作り出した、完璧な檻。


 皮肉なことに、彼の力が強大であればあるほど、その封印はより強固なものとなるのだ。


「……あああぁあぁぁぁッ!?」


 最強の陰陽師が、無様に足をばたつかせる。 


 だが、安倍晴明の術式は無慈悲だ。


 一度捕らえた獲物を、決して逃しはしない。


 ズズズズズズ……ッ!


 抵抗する間もなく、神崎の体は光の粒子へと分解されながら、小さな箱の中へと吸い込まれていく。


 神崎天一郎の体が、抵抗の術なく箱の中へと引きずり込まれていく。


 彼の驚愕に染まった碧眼が、最後に俺を捉えた。 


「ふざ、けるなァァァァァァァァァァッ!!!!」


 断末魔のような絶叫。


 それも、最後の一瞬でプツリと途絶えた。


 ガコンッ。


 重厚な音が響き、封霊箱の蓋が閉じた。 


 中空に浮かんでいた箱は、支えを失い、重力に従って落下する。


 コト、ン……。


 乾いた音が、静寂に満ちた瓦礫の山に響き渡った。


「お、終わった……のか……?」


 重力の縛めは消えていた。


 焦熱も、水禍も、雷鳴も、全てが嘘のように消え去っていた。


 そこにあるのは、破壊され尽くした屋敷の残骸と、月明かりに照らされた一つの小さな箱だけ。


 最強の特級陰陽師、神崎天一郎。


 人類の守護者であり、天災そのものであった男は、皮肉にも自らが用意した牢獄へと封印されたのだ。


 全身から力が抜けた。


 指先一つ動かせないほどの疲労感が、どっと押し寄せてくる。


 意識を保っているのがやっとだ。


 ぬらりひょんの妖力も、底をついていた。 


 空っぽだ。


 約束通り、本当に全てを出し尽くしてくれたのだ。


(ぬらり様……ありがとう。助かりました)


 俺は心の中で、相棒に呼びかけた。


 返事は、すぐにはなかった。 


 深淵のような沈黙が、俺の内側を満たしている。


 やがて。


 消え入りそうな、それでいてどこか楽しげな声が、遠くから聞こえた。


『……本当に愚かじゃのう、お主は』


「……え?」


 それが、最後だった。 


 ぬらりひょんの気配は、霧が晴れるように俺の中から消えていった。


 まるで、深い眠りについたかのように。


 あるいは、もっと深い、何か別の場所へ潜り込んだかのように。


 その言葉の真意を問う力は、もう俺には残っていなかった。


 安堵と疲労が、泥のように俺の意識を飲み込んでいく。


 俺は、月を見上げながら、瓦礫の上で静かに意識を手放した。


 傍らには、最強の男を飲み込んだ箱が、ただ静かに鎮座していた。

(ぬらり様……ありがとう。助かりました)


 俺は心の中で、相棒に呼びかけた。

 返事は、すぐにはなかった。  

 深淵のような沈黙が、俺の内側を満たしている。


 やがて。

 消え入りそうな、それでいてどこか楽しげな声が、遠くから聞こえた。



『……本当に愚かじゃのう、お主は』


「……え?」


 それが、最後だった。  

 ぬらりひょんの気配は、霧が晴れるように俺の中から消えていった。

 まるで、深い眠りについたかのように。

 あるいは、もっと深い、何か別の場所へ潜り込んだかのように。


 その言葉の真意を問う力は、もう俺には残っていなかった。

 安堵と疲労が、泥のように俺の意識を飲み込んでいく。


 俺は、月を見上げながら、瓦礫の上で静かに意識を手放した。

 傍らには、最強の男を飲み込んだ箱が、ただ静かに鎮座していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ