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妖魔が跋扈する魑魅魍魎の現代に転生した俺は、ハズレとされる<反転>で無双する  作者: おにぎりだいすけ


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特級の力

 暗く沈む夜の底、土御門家本邸の正門前は、物々しい緊張感に包まれていた。  


 普段であれば、由緒ある土御門の家紋が入った提灯が風に揺れるだけの、静寂と威厳に満ちた場所だ。


 だが今は違う。


 陰陽府直属の術師部隊、そして武闘派として知られる芦屋家の精鋭たちが、幾重ものバリケードを築き上げ、蟻一匹通さぬ警戒網を敷いている。


 さらに、屋敷全体を覆うように展開された半透明の巨大なドーム状結界。


 『六方封殺結界』


 国宝級の妖具を四つも惜しげもなく使用し、東西南北天地の六方を物理的にも霊的にも完全に遮断する、現代陰陽術における最高強度の防壁である。  


 中にいるのは、特級妖魔を宿した少年。


 その危険性を世界から隔絶するための、絶対的な檻だった。


 その鉄壁の警備網が敷かれた闇の中から、場違いに軽やかな靴音が響いた。


 コツ、コツ、と。まるで散歩でもしているかのような足取りで、一人の男が姿を現す。


「と、止まれ! ここより先は特級指定隔離区域である! 関係者以外の立ち入りは固く禁じられて──」


 警備の任に就いていた若い術師が、叩き込まれたマニュアル通りに声を張り上げる。


 だが、その言葉は街灯の光が男の姿を照らし出した瞬間、喉の奥で凍りついた。


 闇夜に映える派手な金髪。


 顔の半分を覆う、いかにも高級そうなブランド物のサングラス。


 そして、夜の闇よりもなお深く、濃密なオーラ。


 それは妖力という単純な言葉では表せない、生物としての絶対的な格の違いを否応なく知らしめる、王者の気配だった。


「か、神崎……様……?」


 絞り出すような声は、ほとんど呻きに近かった。


 男――神崎天一郎は、その声に応えるように「よう」と軽い調子で片手を挙げる。


 近所のコンビニにでも来たかのような気軽さだ。


「散歩してたらついここまで来ちまったわ」


「さ、散歩……で、ございますか……? し、しかし、ここは現在、審議会の決定により厳重に封鎖されておりまして……」


 隣の警備隊長らしき壮年の男が、脂汗を額に浮かべながら前に進み出る。


 警備隊長の心臓が嫌な音を立てて脈打っていた。


 相手は現代最強の陰陽師。


 安倍晴明の再来とまで謳われる、生ける伝説。


 無礼を働けば自分のキャリアが終わるどころか、物理的に首が宙を舞いかねない。


 だが、任務は任務だ。


 ここで退くわけにはいかなかった。


「知ってるよ。中に化け物がいるんだろ? ちょっとツラ見に来ただけだ」


「そ、それは断じて許可できません! 豪原会長のサインが入った正式な許可証はお持ちでしょうか!?」


 隊長の必死の言葉に、神崎は心底面倒くさそうに息を吐いた。


 そして、サングラスを人差し指で僅かにずらし、その隙間から蒼氷の如き碧眼を覗かせる。


「……ぁっ……」


 その瞳に見据えられた瞬間、隊長の膝が意思に反してガクガクと笑い出した。


 殺気など、微塵も感じられない。


 ただ、あまりにも純粋で、あまりにも強大な力がそこにあった。


 蛇に睨まれた蛙、という陳腐な比喩では生ぬるい。


 神の視線に焼かれる虫けら。


 それが、隊長が抱いた偽らざる感想だった。


「許可証? いらねえよ、そんな紙切れ」


 神崎はそれだけ言うと、凍りついた隊長の横を何事もなかったかのように素通りし、屋敷の巨大な門扉へと歩を進める。


 その目前には、六方封殺結界の一部である紫電を帯びた強力な防壁が、空間を歪ませて揺らめいていた。


 触れれば高圧電流のごとき衝撃で炭化し、魂すら焼き尽くす致死性の防壁だ。


「神崎特級! 危険です! その結界は正規の手順を踏まねば生身で解除できませ──」


 隊長の悲鳴に似た制止の声など、神崎の耳には届いていなかった。


「大丈夫大丈夫」


 のんきな声音で呟くと、彼は結界の表面に、ためらいなくその手を伸ばした。


 バリィィィィィィィィィンッ!!


 鼓膜を突き破るような轟音と共に、信じがたい光景が広がった。


 国宝級の妖具四つを基点とし、何十人もの一流結界師が維持する最高強度の結界が、まるで薄いガラス細工のように粉々に砕け散ったのだ。


 ただ、圧倒的な妖力を込めたその手で、空間に固定された「理」そのものを〝引き裂いた〟のである。


「あー、硬ってえ。なんだこれ。まあまあ良い結界使ってんじゃねえか」


 神崎は、まるで硬い瓶の蓋を開けた後のように、ぶらぶらと手を振る。


 その独り言は、周囲の術師たちの耳には届いていなかった。


 彼らは皆、目の前で起きた天変地異に等しい現象に絶句し、腰を抜かしていた。


 ジリリリリリリリッ!


 けたたましい警報が、ようやく機能を取り戻して鳴り響く。


 結界の破壊を感知したのか、複数の強力な気配が凄まじい速度でこちらへ向かってくるのが分かった。


 だが、神崎は全く意に介さない。


 それどころか、退屈な日常に差し込んだ僅かな変化を楽しむように、口の端を吊り上げた。


 門を悠々と通り抜けた神崎の前に、複数の術師が立ちはだかる。


「侵入者発見! ……神崎天一郎!?」


「神崎特級といえど、この暴挙は看過できません! ただちに拘束する!」


 屋敷内部の警備を任されていた、陰陽府お抱えの陰陽師たちだ。


 中でも中央に立つ四十代ほどの男は、歴戦の強者だけが持つ、研ぎ澄まされた鋼のような妖気を放っていた。


「神崎天一郎……! 自分が何をしているか分かっているのか! ここは陰陽府の管理下だぞ!」


 男が錫杖を構え、神崎の前に立ちはだかる。


 神崎はサングラスを直し、面倒くさそうに吐息を漏らした。


「お前、何級? 見たところ上級ってところか?」


 言葉は、途切れた。


 男が術を発動するよりも早く、神崎がただ、彼に視線を向けたからだ。


 向けた視線に、ほんの少しだけ自身の妖力を乗せて。


「──ごふっ!?」


 男の口から、信じられない量の血が噴き出した。


 彼の鍛え上げられた肉体が、内側からミシミシと軋む音を立てる。


 まるで巨大な万力に挟まれたかのように、骨が砕け、筋肉が断裂していく。


「馬鹿がよ。しっかり妖力纏えよ。そんな貧弱な守りだから、俺の圧に耐え切れなくて肉塊になっちまうんだ」


 神崎の呟きは、死にゆく男の耳に届いただろうか。


 男の体は風船が破裂するように膨れ上がり、次の瞬間、鮮血と肉片を周囲に撒き散らして弾け飛んだ。


 後に残ったのは、おびただしい血溜まりと、原型を留めない臓物の塊だけだった。


「ひ……っ!」


「あ……あ……」


 左右にいた二人の同僚は、目の前で起きた惨劇に声も出せず、その場にへたり込んだ。


 あまりに一方的で、あまりに理不尽な死。


「お、陰陽師同士の殺生は、固く……固く禁じられているはず……!」


 一人が、震える声でかろうじて抗議の言葉を口にする。


 それは、陰陽師であれば誰もが心に刻む絶対の禁忌。


 その言葉を聞いた神崎は、心底つまらなそうに首を傾げた。


「ああ、そんなルールあったな。でもよ、お前らみたいな凡夫と俺を一緒くたにすんじゃねえよ。上級陰陽師が千人、いや一万人束になってかかってきたところで、俺っていう〝特級〟一人分の価値にも敵わねぇんだからよ」


 その言葉に嘘も誇張もないことを、生き残った術師たちは本能で理解していた。


 目の前の男は、自分たちと同じ陰陽師というカテゴリーには収まらない、全く別の生命体だ。


「どうする? 俺が殺人を犯したって陰陽府に報告するか? 面白いからやってみろよ。だが、奴らは俺を罰さない。いいや、〝罰せない〟。この人類最強の俺がいなけりゃ、特級妖魔が一体現れただけで、この国は、いや、人類は文字通り終わるからな」


 神崎は、まるで世界の真理を語るかのように淡々と告げる。


 それは絶対的な強者だけが許された、傲慢で、しかし揺るぎない事実だった。


 この国を守っているのは法律でも、陰陽府という組織でもない。  


 神崎天一郎という個人の武力だ。


 彼が機嫌を損ねて職務放棄すれば、たちまちに日本は妖魔の楽園と化すだろう。


 政府も、陰陽府も、彼のご機嫌取りをするしかないのだ。  


 それが最強という呪いであり、特権だった。


 彼はへたり込んだ術師の一人を見下ろし、ゴミでも見るような目で言い放った。


「分かったら死ね」


 彼の指先から、針のように鋭い妖力が放たれる。


 術師は抵抗する間もなく眉間を貫かれ、音もなく崩れ落ちた。


「来世は、才能に恵まれるといいな」


 生き残った術師たちは、完全に戦意を喪失し、ただその場で震えていた。


 神崎は興味を失ったのか、一瞥もくれることなく庭園へと足を踏み入れた。


 警報はいまだ鳴り響いている。


 だが、もう誰も神崎を止めようとはしなかった。


 鉄壁だったはずの警備網は、たった一人の男によって、恐怖という名の楔を打ち込まれ完全に沈黙した。


 手入れの行き届いた日本庭園の中央で、神崎は立ち止まる。


「邪魔が入んのもウザいしな。鍵かけとくか」


 先ほどの殺戮の時とは比較にならない、濃密で神聖な力が練り上げられていく。


 そして、まるで賛美歌でも歌うかのように、静かに、だが恐ろしく高速な詠唱を開始した。


「──天元の理、地軸の法。九天九地、八卦六十四象を礎とす。遍くは一、一は全、全は虚空。第一天羅、これより開闢す──」


 彼の声に応じ、足元から透明な光の膜が広がり、瞬く間にドームを形成した。


 だが、詠唱は止まらない。


「──第二金剛、不動を重ね。第三宝生、万象を映す。第四蓮華、寂滅を織り。第五羯磨、因果を断つ……」


 詠唱を重ねるごとに、光の膜が次々と内側に生成されていく。


 二重、三重……。


 外で監視していた結界術師の一人が、信じられないものを見たかのように叫んだ。


「に、二重結界……いや、違う! 五重……七重……まさか、十重結界かっ!?」


 通常、結界の中に結界を張る二重結界ですら高度な技術とされる。


 複数人で維持する『六方封殺結界』とは、また質の違う業だ。


 それを十重に重ねることは、最上級の結界術師が個人で行える限界点と言われている。


 だが、神崎の辞書に限界という文字はない。


 神崎の詠唱は十を超えても尚、加速していく。


「──第十天、天円の理を覆し、第二十天、無間の闇を灯す。第三十天、色即是空を識り……第五十天、空即是色を定める……」


 結界はもはや透明ではなく、幾重にも重なった光の層がプリズムのように乱反射し、虹色の光沢を放ち始めていた。


 そして、その輝きは次第に密度を増し、完全な鏡面へと変貌していく。


 外の術師たちの絶叫が、完全に遮断される直前に聞こえた。


「──第九十九天、縁起の輪廻を閉ざし、第一百天、これにて神域と成す」


 最後の言葉と共に、百番目の結界が完成する。


「特級妖術・百重天楼結界」


「ひゃ、百……!? 百重結界だと……!? そんなもの、どんな文献にも記されていな……!」


 言葉を終える前に、シン、と。


 世界から一切の音が消えた。


 先ほどまで鳴り響いていた警報も、風の音も、人々の息遣いさえも。


 これでもう、外からは核ミサイルを撃ち込まれようが、陰陽府の全戦力を投入しようが、指一本触れることはできない。


 土御門家の敷地は、外界から完全に切り離された、絶対不可侵の神域へと変貌を遂げた。


 この空間は今、神崎天一郎という王の支配下にある。


 彼の位階『特級』の結界術は、世界の理そのものを書き換える。


「さてと」


 これで、外から鬱陶しい邪魔が入ることはない。


 神崎は満足げに呟くと、手入れの行き届いた庭園の奥へと視線を向けた。


 静寂に包まれた屋敷の中心。


 そこから、禍々しくも、どこか澄み切った、奇妙で歪な妖気が漂ってくる。


 彼の足音が、静寂に包まれた廊下に響く。  


 目指すは、屋敷の中心。


 そこには、世界を滅ぼしかねない爆弾と、それを抱えた少年がいるはずだ。


 退屈な世界に空いた風穴。  


 神崎天一郎は、久しぶりの高揚感を胸に、獲物の待つ部屋へと歩を進めた。

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