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妖魔が跋扈する魑魅魍魎の現代に転生した俺は、ハズレとされる<反転>で無双する  作者: おにぎりだいすけ


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18/32

現代最強の陰陽師

廃墟と化した神社の境内。


 本来ならば神聖であるはずの空気は完全に澱み、腐った木材と湿った苔、そして鼻を突く鉄錆のような血の臭いが立ち込める中、巨大な異形が咆哮を上げた。


「GYAAAAAAAOOOOOO!!」


 西日本の山間部を根城とし、近隣の村々を恐怖のどん底に突き落としていた最上級妖魔、『牛鬼』。


 蜘蛛を思わせる八本の肢体の上に、捻じくれた巨大な角を持つ牛の首が鎮座する異形の存在。


 その口から吐き出される瘴気は大地を腐らせ、鋼のように硬い外殻は陰陽府の精鋭部隊が放った術式を簡単に弾き返した。


 最初の部隊を壊滅させ、続いて編成された救援部隊ですら、半数が戦闘不能、残りも満身創痍という惨状だった。


 千切れた四肢、砕かれた式神の残骸。


 現場に立ち込めるのは、血と絶望、そして死の匂い。


 生き残った術師たちは、もはやこれまでかと死を覚悟した。


 そんな地獄の釜の底のような戦場に、その男は現れた。  


 まるでピクニックにでも来たかのような、場違いに軽やかな足取りで。


「うわ、ひっでぇ有様。この死体、片付けんの俺じゃないよね?」


 男の名は、神崎天一郎。


 陽光を反射して輝く派手な金髪に、ブランド物と一目でわかる黒のサングラス。


 高価そうな黒のレザージャケットをラフに着こなし、その出で立ちは陰陽師というより、夜の繁華街を闊歩する人気ホストか、売れっ子の芸能人のようだった。


 実年齢は三十代前半のはずだが、瑞々しい肌と鍛え抜かれた肉体は、彼を二十代半ばの青年に見せている。


 彼が纏うのは、血と泥の臭いではなく、場違いなほど甘美な高級香水の香りだった。


 通常、このクラスの妖魔が現れれば、陰陽府は最上級警戒令を発令する。


 上級以上を含む一個中隊二十名が結界を展開し、数時間の死闘の末に、多大な犠牲を払ってようやく討伐できるかどうか──それが、陰陽師たちの常識だった。


 だが。


「あー、くさ。体臭どうなってんの、お前。風呂入ってねえだろ」


 その男は、鼻をつまんで心底嫌そうに顔をしかめた。  


「……神崎特級! 早く援護を! 第二班がもう限界です!」


 隊長格の男が、血反吐を吐きながら叫ぶ。


 その声には、安堵と、焦燥と、そしてわずかな苛立ちが混じっていた。


 現代最強と謳われる男が来たのだから、もう大丈夫だという安堵。


 一刻も早くこの地獄を終わらせてほしいという焦燥。


 そして、あまりに緊張感のないその態度への、プロフェッショナルとしての苛立ち。  


 神崎はそんな隊長の悲痛な叫びにも、「はいはい、わかってますよっと」と気のない返事を返すだけだった。


「UGYAOOOOOOO!」


 牛鬼が、自分を無視する新たな闖入者に怒りを爆発させた。


 八本の脚で地を蹴り、小山のような巨体が凄まじい速度で神崎へと突進する。


 地響きが起こり、風が唸る。


 その進路上にいた負傷者が、あまりの恐怖に目を見開いて固まった。


 誰もが、次の瞬間には肉塊と化す惨劇を想像した。  


 だが、神崎は動かない。


 ポケットに手を突っ込んだまま、迫りくる死の化身をただ眺めている。


「あー、デカいだけのやつ、一番つまんないんだよな」


 呟きと同時、神崎はポケットから片手だけを出す。


 印を結ぶわけでも、札を取り出すわけでもない。  


 ただ中指と親指を重ね、構えを取っただけ。


 そこには術式を構成する予備動作も、複雑な印も、長ったらしい詠唱もない。  


 ただ、莫大な量の妖力が、純粋な『力』の塊として、その中指の先に収束していく。


 金色の火花がバチバチと指先で弾け、周囲の大気が重力に耐えきれずに悲鳴を上げる。


 自然災害にも等しい、理不尽なまでのエネルギーの奔流だった。


「……きめぇんだよ」


 男が呟く。  


 その言葉が落ちるよりも速く、指が弾かれた。


 パチンッ、と。  


 乾いた音が闇夜に響く。


 デコピン。


 放たれたのは、ただそれだけ。


 直後、暴風が吹き荒れた。  


 否、それは風ではない。


 指先一点から放たれた、圧縮され、凝縮され、臨界点を超えた純粋な妖力の砲弾だ。


 不可視の妖力弾が、音速を超えて牛鬼の眉間に着弾した。


 術式などという小賢しいプロセスはない。


 ただ莫大な力を、物理的な衝撃としてぶつけただけ。


「……GYa!?」


 牛鬼の巨体が、まるで巨大な鉄球で殴りつけられたかのように、くの字に折れ曲がる。


 頑強さを誇った外殻は飴細工のように容易く破れ、その内側の肉は衝撃でぐちゃぐちゃにひしゃげた。


 断末魔の声を絞り出す暇さえ与えられず、牛鬼の体は内側から崩壊を始め、次の瞬間にはチリヂリの灰となって風に霧散した。


 後方にあった神社の本殿ごと、一直線に山肌が抉り取られ、夜空に巨大な風穴が開く。


 後に残ったのは、抉り取られた大地と、呆然と立ち尽くす術師たち、そして何事もなかったかのように指先をぷらぷらと振る神崎天一郎の姿だけだった。


「あーあ、期待外れ。最近、最上級っつっても歯応えのあるやつ、全然いないじゃん」


 久しぶりに手応えのある妖魔が出たと聞いて、わざわざ都心から足を運んでやったというのに、このザマだ。


 祓っても祓っても、キリがない雑魚ばかり。


 たまに大物が出たと聞けば、この程度の張り子の虎。


 もはや彼にとって妖魔討伐は、作業ですらなく、退屈しのぎの遊びにさえなっていなかった。  


 *


 神崎天一郎は、退屈していた。


 生まれてこの方、ずっと。


 彼のことを一言で言えば、天才だった。  


 それも、百年に一人、千年に一人といった陳腐な枕詞では到底表現しきれない、次元の違う存在。  


 出自は平民。


 陰陽師の名家の血など一滴も混じっていない、ごくありふれた一般家庭に、彼は生まれた。


 しかも、この世界では希少な男子として。  


 物心ついた頃から、世界は自分を中心に回っていると、ごく自然に理解していた。


 分厚い教科書は一度目を通せば写真のように記憶でき、どんな難解な数式も一目で解法が閃いた。


 運動もそうだ。


 初めて触れるスポーツでも、ルールを聞いただけでその競技の本質を理解し、数分後には誰よりも巧みに体を動かしていた。


 神に愛された、と人は言う。


 だが、神崎に言わせれば逆だった。


 神ですら、己の創造した最高傑作の出来栄えに嫉妬したのだ、と。


 その万能性は、陰陽師としての才において、より顕著に現れた。


 通常、陰陽師の才能は、幼少期に行われる『妖儀』によって判別される。


 元素を操る『陰陽五行術』、結界や封印を司る『陰陽四法術』、そして超常的な力を扱う『神通力』。


 これら三系統、数十項目にわたる適性を測定し、その者の進むべき道を決めるのだ。  


 ほとんどの者は、いずれか一つの系統に中級程度の適性が見出されれば御の字。


 名家の血筋でも上級が出れば一族の誉れとなり、生涯をかけて研鑽を積み、ようやくその道の最上級に届きうるかどうか、というのがこの世界の常識だった。


 だが、神崎天一郎は違った。


 妖儀に臨んだ彼が叩き出した結果は、判定した術師の目を疑わせ、妖儀を七度も繰り返させるほどの異常なものだった。  


 全項目、『特級』。  


 前代未聞、という言葉すら生ぬるい。


 それは、世界の法則を根底から覆すレベルのバグだった。


 当然のように、彼はあらゆる記録を塗り替えていく。


 陰陽師を養成する最難関学府、陰陽京都大学に史上最年少で入学し、並の秀才が十年かけて学ぶカリキュラムを、わずか数年で修了。


 十歳で卒業証書を受け取った。


 そして、十五歳になる頃には、妖儀で示された全ての項目において、『最上級』の位階に到達していた。


 人々は畏怖と熱狂を込めて、彼をこう呼んだ。


 『安倍晴明の再来』、と。  


 人類史上、唯一彼と同じ領域に立ったとされる伝説の大陰陽師。


 その再臨だと、誰もが祭り上げた。


 だが、当の本人は、そんな世間の評価を鼻で笑っていた。


(冗談じゃねえ。俺は俺だ。千年も前の亡霊と一緒にするな)


 賞賛の声は、神崎にとって耳障りな雑音でしかなかった。


 誰も彼と対等に話せない。


 誰も彼の見ている景色を共有できない。  


 彼が全力で殴れば、敵も、味方も、世界さえも壊れてしまう。


 だから彼は、常に手加減をして生きている。


 このデコピンもそうだ。  


 本気で拳を握れば、街の一つや二つ、地図から消滅させてしまうからだ。


 本物の天才に与えられたのは、賞賛や名誉だけではなかった。


 それは、あまりにも永く、深く、出口のない退屈という名の牢獄だった。


「……あーあ。どっかに俺を殺してくれるくらいの化け物はいないもんかね」


 更地になった境内で、神崎はスマートフォンを取り出した。


 画面には陰陽府・事務局からの不在着信が数十件。


 履歴を無視して、ニュースアプリを開く。


 だが、そこにあるのは平和な日常の報道ばかり。


 芸能人のスキャンダル、新しいスイーツの話題。


 彼にとっては色褪せた灰色の情報だ。


 ふと、数日前にかかってきた一本の電話の内容を思い出した。


「……そういや」


 牛鬼の残滓が完全に消え去った空を見上げながら、神崎はふと思い出す。


 数日前、任務の途中でかかってきた陰陽府からの忌々しい電話。


 ひどく焦った声で、何やら捲し立てていた。


『──神崎特級! 緊急事態です! 土御門の本邸にて、封霊箱が破壊され、特級妖魔が……!』


 特級妖魔。


 その単語だけが、モノクロだった神崎の世界に、ほんの少しだけ色を付けた。


 だが、その後の言葉で、彼はすぐに興味を失った。


『……土御門家の御子息に憑依した模様で、現在、陰陽府本庁にて緊急審議会を……つきましては、神崎特級にもご出席を……』


『あー、はいはい。なんか知らんけどガキに乗り移ったってこと? めんどくせえからパス。そっちで適当にやっといて』


 その時は、興味がなくて電話を切った。


 審議会だの、処遇だの、そんな下らないお偉方の会議ごっこに付き合わされるのは御免だった。


 どうせ、殺すこともできずに幽閉、監視、研究、とかなんとか、問題を先送りするだけの結論に行き着くに決まっている。


 実際、風の噂で聞いたところによると、その子供は土御門の本邸に隔離され、厳重な監視下に置かれているらしい。


 なんとも生ぬるい処置だ。


「特級妖魔、ね……」


 退屈な思考の海に、再びその単語が浮かび上がる。  


 千年前、かの安倍晴明が、命を賭してようやく封印したという伝説の災厄。


 その一体が、現代に蘇った。


 しかも、不完全な形とはいえ、子供の肉体を器として。


 神崎の口元に、久しぶりに笑みが浮かんだ。


 それは、獰猛な肉食獣が、ようやく骨のある獲物を見つけたときのような、不敵で、愉悦に満ちた笑みだった。


「ちょっとは骨のある奴なんだろうな」


 そうだ、なぜ気づかなかったのだろう。


 いつまでも現れない強敵を待ち続けるより、自分で探しに行けばいい。


 陰陽府の決めた処遇など、彼にとっては鼻をかんだティッシュほどの価値もない。


 序列一位の特級陰陽師には、現場における絶大な裁量権が与えられている。


 拡大解釈すれば、決定を覆すことさえ不可能ではない。


「遊んでやるか」


 それは、誰に言うでもない独り言。


 だが、その瞳の奥には、退屈を殺せるかもしれないという期待の光が、爛々と輝いていた。  


 千年の時を経て蘇った伝説の妖魔。  


 世界が持て余している生きた爆弾。


 いいだろう。


 下らない会議でこねくり回された生温い結末など、すべて塗り替えてやる。


「陰陽府の連中は、また俺にデカい借りができるわけだ。まあ、今更か」


 神崎はサングラスの奥で目を細め、土御門家の本邸がある京の都の方角を見据えた。


 そこに張られているであろう最高位の結界など、彼にとっては薄い和紙のようなものだ。


「俺が直々に、もう一度『封霊箱』に封じてやるよ」


 神崎天一郎は、満足げに頷くと、牛鬼討伐の報告書も、後処理に追われる部下たちも、すべて置き去りにして、ゆっくりと歩き出した。


 一歩、また一歩と、その歩みは一切の迷いなく、ただ一つの目的地へ。  


 現代最強という名の、制御不能の災厄が、もう一つの災厄が眠る場所へと、静かに、しかし確実に、その牙を向け始めていた。

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