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妖魔が跋扈する魑魅魍魎の現代に転生した俺は、ハズレとされる<反転>で無双する  作者: おにぎりだいすけ


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決定

 最初に口を開いたのは、『粛正課』の代表である女だった。

 彼女は一切の感情を排した声で、手元の資料に目を落としながら言う。


「報告書は確認しました。土御門遥明、五歳。特級妖魔ぬらりひょんの受肉体。現在は本庁地下四十四階、『封魔の檻』に収容。土御門当主により『自害禁呪』が施されているため、宿主の意思での自決による妖魔の逃亡は不可能。……以上を踏まえ、粛正課としての見解を述べさせていただきます」


 彼女は顔を上げ、その冷たい視線をまっすぐに景明へと向けた。


「対象『土御門遥明』の身柄は、陰陽府の完全な管理下に置き、未来永劫、地下牢獄からの解放を禁ずる『永久幽閉』に処するのが妥当と判断します」


 予想通りの、そして最も現実的な結論だった。

 殺せば、ぬらりひょんの魂は輪廻の輪に乗り、いずれ完全な復活を遂げてしまう。

 生かしておけば、いつ暴発するとも知れぬ生きた爆弾となる。


 ならば、死ぬまで光の届かぬ場所で厳重に管理する。

 それ以外に、人類が生き残るための安全策など存在しないかのように。


「お待ちください」  


 その冷徹な宣告に、静かな声で待ったをかけたのは賀茂雪鶴だった。


「遥明様は、まだ五つの子供です。……確かに、彼は未曾有の事態を引き起こしました。ですが、それは彼の意思ではありますまい。幼き子供から、生涯の光を奪うという決定は、あまりにも……あまりにも酷ではございませんか」


 その声には、許嫁の祖母としての情が確かに滲んでいた。  

 だが、道進はそれを鼻で笑う。


「賀茂の御当主。貴女の個人的な情は理解するが、我々が今議論しているのは国家の安全保障だ。一個人の幸福など、比較対象にすらならん。そもそもこんな事態を招いたのは、そこの男の監督不行き届きが原因だ」


 道進の非難の矛先が、再び景明へと突き刺さる。


「代々、特級妖魔の封印を管理してきたのは土御門家の責務。それを、たかだか五つの息子一人に破られるとは、管理体制の杜撰さもここに極まれり、だ。晴明公の血を引く宗主などと嘯いておきながら、その実、てんで無能だったというわけか。なあ、景明?」


 執拗なまでの個人攻撃。それはもはや、ただの嫌味ではない。

 この失態を機に、土御門家を宗主の座から引きずり下ろそうという、明確な政治的意図を含んだ挑発だった。  


 景明は固く拳を握りしめた。

 疲弊した体に、怒りの熱がじわりと広がる。

 だが、ここで感情的になれば、相手の思う壺だ。


「……私の監督責任については、甘んじて受け入れよう。だが、今は遥明の処遇についての議論だ」


「無能な親の下に生まれた無能な子が、世界を滅ぼしかけた。だから責任を取って、親子共々一生暗い土の中で償えと言っているだけだ」


 道進がさらに言葉を重ねようとした時、それまで沈黙を守っていた狐面の男──『暗部』の代表が、抑揚のない声で口を挟んだ。


「粛正課の『永久幽閉』案には、実務的な観点から懸念がある」  


 全員の視線が、不気味な狐面に集まる。


「特級妖魔の妖気を完全に封殺し続けることは、現代の技術をもってしても不可能。漏れ出す妖気は周囲の霊脈を汚染し、下級妖魔を呼び寄せる。地下牢獄の維持管理には、膨大な人的、物的コストが際限なく発生し続けることになる。それは、本当に『安全』と言えるのか?」


 狐面は淡々と、しかし絶望的な事実を告げる。


「その浄化と結界維持には、特級術師クラスの常駐が必要不可欠。加えて、遥明の肉体維持、精神ケア、万が一の暴走に備えた対抗策……これらにかかる人的、物的コストは天文学的数字になる。それを数十年、あるいは百年近く負担し続けることは、組織運営上、極めて非効率的だ」


「……金と手間の話か、狐。貴様らしいな」


 道進が不快そうに顔をしかめるが、狐面は意に介さない。


「我々は慈善事業ではない。コストに見合わない策は採用できない。……別の視点が必要だ」


 保管局の女代表が続く。


「加えて、今回の事例には不可解な点が多いわね。報告によれば、土御門遥明君の妖力は『最下級』。しかし、彼が引き起こした現象は、安倍晴明公の絶対封印を『反転』させるという、神の御業に等しいもの。これは、既存の五行・四法・神通力のどれにも属さない。彼の特異な才能……『反転術式』とやらは、未知のリスクであると同時に、未知の可能性を秘めているとも考えられるんじゃないかしら。研究対象としては、最高に興味深いわ」


「未知の可能性だと?」


 道進が吐き捨てるように言った。


「災厄を振りまくことしかできん力が、何の可能性だというのだ。保管局はまた得体の知れないガラクタを増やしたいだけか。ただ幽閉し、忘れ去るのが最も賢明な判断だろう」


「本当にそうでしょうか」


 静かに、しかし凛とした声で反論したのは、雪鶴だった。


「遥明様は、賀茂の血を引く私の孫、粉雪の許嫁。彼のことは、幼い頃より見てまいりました。確かに妖力は乏しいのかもしれません。ですが、あの子は誰よりも心優しく、強い芯を持った子です。そのような子が、ただの災厄であるはずがございません。その力も、あるいは何か善きことに使える道があるやもしれませぬ」


「甘いなッ!」


 道進が声を荒らげる。


「貴女の孫可愛さで国の未来を危険に晒す気か! その『善きこと』とやらを証明できるのか!?」


「静まれ、道進」


 道進の怒号が響き渡ろうとしたその瞬間、腹の底に響くような重低音が天円ノ間を制圧した。


 豪原源十郎。

 それまで頬杖をついて退屈そうに議論を眺めていた獅子が、初めて口を開いた。  ただ一言。


 それだけで、道進の激昂は嘘のように霧散し、場の空気が鉛のように重くなる。

 序列二位の実力者が放つ「格」は、それほどまでに絶対的だった。


「……さて。みな随分と好き勝手に吠えてくれたな。粛正課は『閉じ込めろ』、暗部は『金がかかる』、保管局は『面白そうだ』、賀茂は『可哀想』。そして芦屋は……まあ、ただ景明が憎いだけか」


「か、会長……!」


 源十郎は愉快そうに喉を鳴らすと、その爛々と輝く金色の瞳で円卓の全員を見渡した。


「だが、誰も本質に触れておらん」


 彼は巨体を揺らして笑い、太い指を一本立てた。


「問題は単純だ。我々の手元には今、一個の『爆弾』がある。殺せば大爆発して世界が滅ぶかもしれん。生かして閉じ込めておいても、いつ爆発するか分からんし、維持費も馬鹿にならん。厄介極まりない代物だ。……違うか?」


 誰もが、息を飲んで彼の言葉の続きを待つ。  


「ならば、答えは一つだろう」


 源十郎は、まるで新しい玩具を見つけた子供のように、獰猛な笑みを浮かべた。


「その爆弾の、有効な使い方を考えればいい」


 しん、と広間が凍り付いた。

 使い方? 

 特級妖魔を宿した子供の?  

 その常軌を逸した発想に、誰もが思考を停止させた。


「……会長、正気でおっしゃっておいでか」


 最初に我に返った道進が、絞り出すような声で言った。

 額には脂汗が滲んでいる。


「それは、核爆弾の安全装置をわざわざ解除し、枕元に置いて寝ると言っているに等しい! 狂気の沙汰だ!」


「そうか? 俺には、最も合理的な判断に思えるがな」


 源十郎はまったく動じない。


「考えてもみろ。安倍晴明がなぜ伝説になった? 強大な力を持ち、それを正しく『使った』からだ。力そのものに善悪はない。使い方次第で毒にも薬にもなる。ならば、我々が今すべきは、その未知の爆弾──土御門遥明と、その『反転術式』なる力を徹底的に研究し、制御し、我々の『武器』として活用する道を探ることではないのか?」


 武器。

 その言葉は、重い響きを持って全員の胸に突き刺さった。

 暗部の狐面が計算するように沈黙し、保管局の女が興味深そうに目を輝かせる。


「馬鹿な……」


 道進が呻く。


「そんなことが、可能だとでも?  相手はあのぬらりひょん! 我ら陰陽師を嘲笑い続けてきた災厄の化身だ! 人間の子供一人に、御せるわけがない!」


「可能かどうかではない。やるんだよ」


 源十郎は断言した。


「『永久幽閉』などという、問題を未来に先送りするだけの消極的な策では、いずれ限界が来る。ならば、リスクを承知で踏み込むしかない。幸い、器となっているのは、ただの子供だ。まだ染まっていない。教育次第で、我々の望む方向に導ける可能性は十分にある」


 彼はゆっくりと立ち上がり、その視線を当事者である景明へと向けた。  

 景明は、ただ呆然と源十郎の顔を見上げていた。  

 息子の処遇を巡る、絶望的な審議会。


 永久幽閉という判決を、ただ受け入れるしかないと覚悟していた。  

 だが、目の前の怪物は、その絶望の盤上を、豪腕ひとつでひっくり返そうとしている。


「どうだ、土御門景明」


 源十郎の声が、天円ノ間に響き渡る。


「お前の息子は、ただの罪人か? それとも、この国を百年先に進める可能性の原石か? お前は父親として、そして土御門家当主として、どちらに賭ける?」


 ここで息子を見捨て、罪人として差し出すのか。

 それとも、危険極まりない茨の道と知りながら、その未知の可能性に全てを賭けるのか。


 景明の脳裏に、生まれたばかりの息子の、か細い産声が蘇る。

 一度は死んだはずの命。自分の妖力を注ぎ込み、蘇った奇跡の子。

 無能と断じ、目を背け、その存在価値を種馬としか見なしてこなかった。


 だが、その無能とされた力こそが、今、この国の最高権力者たちを揺るがしている。


 ならば──。


 景明は、ゆっくりと立ち上がった。  

 枯渇したはずの妖力が、魂の底から再び湧き上がるような感覚があった。


「……我が息子、遥明は」


 声は、もはや疲弊の色を微塵も感じさせなかった。


「罪人では、ありません」


 確固たる意志を宿した声で、景明は言い放った。

 その双眸に、かつての冷徹な当主の光が戻る。


「奴は、この陰陽の理すら覆し得る、新たな時代の『楔』となる可能性を秘めています。その力を恐れ、ただ封じ込めるのは、未来に対する怠慢であり、臆病者の選択。……私は、土御門家当主として、そして一人の父として、その可能性に賭けることを選びます」


 景明は、豪原源十郎を、そして顔を歪ませる芦屋道進を、まっすぐに見据えた。


「遥明の教育、および監視の全責任は、私が負う。彼の力を制御し、この国のために役立てる道を、必ずや見つけ出してみせる。……これが、土御門家としての、最終見解です」


 静まり返った天円ノ間で、会長の源十郎が満足げに、そして獰猛に、ニィと笑った。


「よろしい。ならば証明してみせろ、景明。その『爆弾』が、我々にとっての希望の光になり得ることをな」

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