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妖魔が跋扈する魑魅魍魎の現代に転生した俺は、ハズレとされる<反転>で無双する  作者: おにぎりだいすけ


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天円ノ間

 陰陽府本庁、地下最深部。  


 日本という国家を霊的な側面から支配し、守護する中枢機関。


 そのさらに奥底にある天円ノ間へと続く長い回廊を、土御門景明は一人、歩いていた。


 靴音が、冷たい石畳に反響する。


 一歩進むごとに、身体の芯まで凍てつくような重圧が増していく。


 それは物理的な圧力ではなく、この先に待ち受ける者たちが放つ、桁外れの妖力によるものだ。


 景明の肉体は、悲鳴を上げていた。  


 先刻の儀式において、式神『十二支将』のみならず『十二天将』までも召喚した代償だ。


 体内の妖力はいまだ枯渇に近い。


 全身を鉛のような倦怠感が支配し、頭の芯がずきずきと痛む


 有り余る妖力を放出し、魂を擦り減らして召喚した式神すら、特級妖魔ぬらりひょんの前では、ほんの数秒の時間稼ぎにしかならなかった。


 ──無力だ。


 日本有数の陰陽師の一角とされる自分が、これほどまでに無力だとは。


 握りしめた拳が震える。


 だが、景明は表情筋の一つたりとも動かさず、鉄仮面のような無表情を張り付けたまま、漆塗り扉の前に立った。


 この扉の向こう側で行われるのは、息子・遥明の処遇を決める裁判ではない。  あれは、ただの兵器の管理方法を決めるための会議だ。


 親としての情など、持ち込むことは許されない。


「……ふぅ」


 短く息を吐き、景明は重厚な扉を押し開けた。


 ズズズ、と地響きのような音を立てて扉が開く。


 途端、肌を刺すような濃密な妖力と、張り詰めた緊張感が奔流となって景明を打ち据えた。


 円卓を囲むように配置された席。  


 その場にいるだけで空間が歪むような、異形の怪物たち。


 この国の影の支配者たちが、一斉に景明へと視線を向けた。


 御三家の一角、賀茂家当主──賀茂 雪鶴。 


 七十代とは思えぬほど背筋が伸びた、穏やかな物腰の老婆だ。


 柔和な顔立ちとは裏腹に、その身に宿す妖力は深海のように底知れない。


 彼女は景明の姿を認めると、痛ましげに細い眉を寄せた。  


 孫娘である粉雪と遥明の婚約を誰よりも喜んでいた彼女にとって、今回の凶事はあまりに残酷なものだろう。


 その対面には、実働部隊『暗部』の統括者。


 顔半分を覆う白い狐面をつけた男。


 名は明かされていない。


 ただ『キツネ』とのみ呼ばれる彼は、泥仕事を一手に引き受ける冷徹な処刑人だ。  


 その隣には、妖具や呪物を管理する『保管局』の局長である女。  


 黒い喪服のようなドレスに身を包み、退屈そうに長い煙管を吹かしている。


 そして、陰陽師を取り締まる『粛正課』の課長を務める女。


 神経質そうな眼鏡の奥から、値踏みするような視線を景明に送っている。


 錚々たる顔ぶれだ。


 だが、景明が席に着くよりも早く、刺々しい声が鼓膜を打った。


「遅いな、土御門……フン、なんだそのザマは。亡霊でも入ってきたかと思ったぞ」


 ねっとりとした、嘲りと敵意に満ちた声。


 声の主を見るまでもない。


 御三家の一角、芦屋家当主──芦屋道進。


 引き結ばれた薄い唇と、獲物を品定めするような細い目が特徴的な、四十代後半の男だ。


 彼は景明と同じく『最上級陰陽師』の位にあたる存在だ。


 実力主義を掲げる芦屋家らしく、その身にまとう妖気は剃刀のように鋭く研ぎ澄まされている。


「皆を待たせるとは、随分と偉くなったものだ。それとも何か? 愛しい息子が化け物に乗っ取られたショックで足腰が立たなくなったか?」


 道進は鼻で笑い、扇子で自身の肩を軽く叩く。


「待望の跡取りが生まれたと思えば、観測史上最低の無能。挙句、その無能が千年の封印を破り、特級妖魔を宿す生きた災厄と成り果てた。……まったく、土御門の歴史にこれほどの汚点を刻むとは。傑作だな。草葉の陰で晴明公も泣いておられるぞ」


 景明は足を止めず、無言のまま自身の席へと歩を進める。


 道進の言葉は、事実だ。


 反論の余地などない。  


 だが、その沈黙が道進の神経を逆撫でしたらしい。


 道進は、隠す気もない嘲りを込めて言葉を続ける。


「おい、無視をするな。自分がどれだけ世間に、ここにいる我々に迷惑をかけているか自覚しているのか、景明! 貴様の手際は最悪だった! あの時、貴様が即座に殺していれば、ぬらりひょんごときに後れを取ることもなかったのだ!」


 バン、と道進が机を叩く音が響く。  


 景明は椅子の背に手をかけ、ようやく道進の方へと顔を向けた。


「……芦屋。ここは貴殿の個人的な感想を拝聴する場ではない。そして、我が家の内情をあげつらうことで、貴殿の評価が上がるわけでもない。弁えよ」


 景明の声は低く、そして冷たかった。


 一切の感情を排除したその瞳に、道進が一瞬だけたじろぐ。


「あの状況で遥明を殺せば、器を失ったぬらりひょんは即座に輪廻の理へと逃亡し、数年後には全盛期の力で復活していた。封印の手段を失った我々に、それを止める術はない。……あの判断は、最善だった」


「阿呆め。そんなことは分かっている。だからこそ、体を乗っ取られる前に器を殺せ、という話だ。貴様にはそれができたはずだ。親としての情が、その判断を鈍らせたのではないか?」


 道進がさらに喚こうとした、その時だ。


「ガハハハハハハ! 相変わらず仲が良いな、お前たちは!」


 雷鳴のような笑い声が、天円ノ間を震わせた。  


 ビリビリと空気が振動するほどの音圧。  


 それだけで、場の空気が一変する。


 上座、議長席に座る男。


 陰陽府会長、特級陰陽師序列二位――豪原源十郎。


 五十代半ばとは思えぬほどに鍛え上げられた巨躯。


 獅子のたてがみのように逆立った白髪と、ぎらつく金色の瞳。


 豪快、豪傑という言葉を人間の形に押し込めたような男だ。


 彼は丸太のような太い腕を組み、面白そうに景明と道進を見下ろしている。


「まあ待て、道進。景明の顔を見てみろ。死人のような面をしておるわ。十二支将と十二天将を喚んで、まだ立っていられるだけで称賛に値するぞ。普通の術師なら、魂が焼き切れて灰になっておる。少しはねぎらってやれ」


「……フン。会長がそう仰るなら」


 道進は忌々しげに舌打ちをし、扇子を閉じて椅子に深く座り直した。


 源十郎の言葉には絶対的な強制力がある。  


 それは役職上の権限だけでなく、単純な暴力としての格の違いによるものだ。


「しかし、まずは緊急であるのによくこれだけ集まったものだ」


 源十郎は環視するように一同を見渡し、満足げに頷いた。


「土御門、芦屋、賀茂の御三家当主。それに暗部、保管局、粛正課の長。これだけの面子が顔を揃えるのは、いつ以来かのう」


「しかし会長」と、道進が粘りつくような声で口を挟む。


「これだけの国家の一大事に、肝心要の“現代最強”様がご不在のようですが? 」


「ああ、天一郎のことか。あやつはいつものことよ。多忙でのお」


 その名の出た瞬間、場の温度が数度下がったような気がした。  


 特級陰陽師序列一位、神崎天一郎。


 序列二位である陰陽府会長、豪原源十郎ですら「比較にすらならん」と公言してはばからない、現代の陰陽師界において最強の称号を欲しいままにする男。


 そして、最も安倍晴明に近いとされる規格外の天才。


「……暇だろうとこねぇよ、あのクソガキは」


 道進が吐き捨てるように言った。  


 明らかな嫌悪と、隠しきれない劣等感が混じった言葉だった。 


「会議ごときで俺の時間を奪うな、老害どもが勝手に決めてろ……そう言って電話を切られましたわ」


 保管局の女が、紫煙を吐き出しながら気怠げに報告する。


 源十郎は「カカカッ! 相変わらずじゃのう!」と愉快そうに笑ったが、他の面々の表情は優れない。


 景明は、内心で深く安堵していた。  


 もし、あの男──神崎天一郎がこの場にいたら、事態はより混沌としていただろう。  彼は善悪や規則ではなく、自身の「興味」と「快不快」だけで動く。


 遥明の中に宿ったぬらりひょんに対し、「面白そうだから戦ってみよう」などと言い出して封印を解きかねない危うさがあるのだ。


 その規格外の才能は、良くも悪くもこの国の秩序から逸脱している。


 景明もまた、あの傲岸不遜で、人の神経を逆撫でする天才のことがいけ好かなかった。


「ゴホン」


 司会進行役の陰陽府高官が、わざとらしく咳払いをした。  


 彼は冷や汗を拭いながら、おずおずと口を開く。


「皆様方が着席成されたので、審議会を始めさせていただきたいと思います。……議題は、一点のみ」


 書記官の言葉と共に、スクリーンに映像が投影される。


 そこには、拘束具に繋がれ、眠り続けている遥明の写真が映し出されていた。


「議題は、昨夜、土御門家本邸地下祭殿にて発生した、特級妖魔『ぬらりひょん』の封印解除事件。および、土御門家ご子息、土御門遥明様の身に同妖魔が憑依した件について、でございます」

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