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妖魔が跋扈する魑魅魍魎の現代に転生した俺は、ハズレとされる<反転>で無双する  作者: おにぎりだいすけ


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再封印 

 この異常事態に、思考を加速させる。  

 恐怖に塗りつぶされそうになる理性を、冷徹な計算で無理やり叩き起こす。


 このままでは終わる。

 土御門家も、この世も。

 だが、まだ手はある。


 己の命が続く限り、打てる手は残っている。


「──急急如律令!」


 影明は懐から呪符の束を鷲掴みにし、宙へと放り投げた。

 舞い散る十二枚の札が、影明の膨大な妖力を受けて瞬時に実体化する。


「──来たれ、我がしもべ、影の眷属。契約はいにしえ、血の盟約は今もなお堅し。汝ら十二の獣貌、主の危機に馳せ参じよ!」


「上級妖術・十二支将じゅうにししょう!」


 空間が裂け、獣の咆哮が地下神殿を揺るがした。  

 子、丑、寅、卯……十二の干支を冠する上級式神たちが、一斉にその姿を現す。  巨大な白牛が突進し、炎を纏った大虎が牙を剥き、毒蛇が鎌首をもたげて襲いかかる。


 これらは晴明公の十二天将には及ばぬものの、現代の【契約】術においては最高峰の戦力だ。

 通常ならば一体で戦局を変えるほどの強力な式神を、影明は十二体同時に使役する。

 

 質で勝てぬなら、量で圧殺する。


『ほう、これほどの式神を一瞬で召喚させるとは。今の陰陽師にしては、少しはやるな』


「行けッ!」


 景明の号令一下、十二支神が一斉にぬらりひょんに襲いかかった。  

 先陣を切ったのは、最速を誇る式神・うさぎ

 その姿は瞬時に掻き消え、ぬらりひょんの死角である背後に回り込み、妖力で形成した鋭い刃で首を刎ねんとする。

 だが、ぬらりひょんは振り向きもせず、ただ、小さく息を吐いた。


「──人間に寝返った、痴れ者が」  


 その呟きには、同族への裏切りに対する、底冷えのするような憎悪が込められていた。

 本来、妖魔であったはずの存在が、契約によって人間の僕に成り下がったことへの、絶対的な侮蔑。


 呟きと同時に、不可視の衝撃波が放たれる。

 式神・卯は悲鳴を上げる間もなく、その刃が届く寸前で、まるで風船が弾けるかのように、妖力の粒子となって霧散した。


 続けて、式神・とらたつが左右から同時に飛びかかる。

 寅の爪は鋼を裂き、辰の顎は岩をも砕く。

 しかし、ぬらりひょんが億劫そうに指先を振るうと、二体の巨体はまるで意志を失った操り人形のように動きを止め、次の瞬間、内側から破裂するようにして消滅した。


『邪魔じゃ。散れ』


 一撃。そのどれもが、ただの一瞥、一息、指先の動き一つで、上級式神を塵芥に変えていく。


 それはもはや戦闘ですらない。

 絶対的な上位存在が、足元の蟻を気まぐれに踏み潰しているのと同義だった。


 だが、その一瞬の隙があれば十分だ。  

 式神たちが蹂躙される僅かな時間を利用し、吹き飛ばされて呆然としていた六部の筆頭術師の元へと駆け寄り、その耳に囁く。


「……聞け。策は一つしかない。今から奴の注意を完全に引きつける。その間に、お前たちに──」


 景明は早口で、しかし一語一句を噛み含めるように策の全貌を伝えた。  それはあまりに冒涜的で、陰陽師としての倫理観を根底から覆す禁断の手順だった。


「正気ですか!? しかし、それは人道に反する……」


 六部の術師が、信じられないものを見る目で景明を見返した。  恐怖で青ざめていた顔色が、今度は別の意味での絶望に染まる。


「黙れ! 他に方法があるか!」


 景明は声を殺し、鋭く言い放つ。

 狂気にも似た決意の光が瞳に宿っていた。


「今は最悪を、どれだけマシな地獄に抑えるかしかないのだ!」


 景明の鬼気迫る剣幕に、六部の男は息を呑み、反論を喉の奥へ押し込んだ。  今は議論している時間などない。  一秒でも躊躇えば、全員が死ぬ。


「……承知しました。我らが命に代えても、陣を敷きます」


「必ず隙を作る。その間に、やれるな」


「御意ッ!」


 六部たちが散開する。


(許せとは言わん……遥明)


 景明の視界の端に、あどけない少年の姿をした怪物が映る。

 これから行うのは、実の息子を永遠の地獄へ突き落とす所業。  

 だが、それ以外に道はない。


 血管が悲鳴を上げ、視界がチカチカと明滅する。

 景明は血を吐くように、長く、荘厳な詠唱を紡ぎ始めた。


 術師が他の仲間たちに指示を伝えに走るのを横目に、景明は再びぬらりひょんと対峙する。

 その短い間にも、十二支神はすでに八体が消滅させられ、残る四体も虫の息だった。  時間がない。

 景明は、己が持つ全ての妖力を、命そのものを燃焼させる覚悟を決めた。


(二十四体の式神、短時間で全て召喚するなど……いつぶりだ。いや、記憶にない。このような無謀、生涯で初めてのことよ)


 だが、やるしかない。

 息子を、そしてこの世界を守るために。

 景明は深く息を吸い込み、これまで紡いだことのない、長大にして荘厳な詠唱を開始した。


「──天穹てんきゅうに座し、星宿せいしゅくを統べ、万象を司る者たちよ。我が血の呼び声に応え、古の契約に従い、現世うつしよにその威を示せ」  


 景明の全身から、妖力が陽炎のように立ち上る。

 地下祭殿の空気が、その圧倒的な陽の気によって震え始めた。


「東方を守護する青き龍、甲寅の将・青龍せいりゅう! 南方を守護する赤き鳥、丁巳の将・朱雀すざく! 西方を守護する白き虎、庚申の将・白虎びゃっこ! 北方を守護する黒き甲、癸亥の将・玄武げんぶ!」  


 四方の守護獣の名を呼ぶごとに、空間が裂け、それぞれの属性を象徴する凄まじい妖気を纏った神獣の幻影が、景明の背後に浮かび上がる。


「天空を翔けし、乙卯の将・天空てんくう! 大地を鎮めし、戊午の将・勾陳こうちん! 疾風を従えし、辛酉の将・太陰たいいん! 暗闇を統べし、壬子の将・天后てんこう!」 「吉凶の天秤たる、丙辰の将・六合りくごう! 禍福の双刃たる、己未の将・太裳たいじょう! 闘争の化身たる、壬戌の将・天乙貴人てんおつきじん! そして、万象の理を識る、己丑の将・大陰だいおん!」


 詠唱が進むにつれ、景明の妖力は留まることを知らずに増大する。

 ぬらりひょんも、その尋常ならざる妖力の高まりに、初めて侮りの色を消し、興味深げな視線を景明へと向けていた。


「──集え、我が最強の僕!  最上級妖術・十二天将!!」


 詠唱が完了した瞬間、黄金の光が爆ぜ、十二体の神々しき式神たちが、実体を持ってこの世に顕現した。

 その一体一体が、先に召喚した十二支神とは比較にならぬほどの、まさしく最上級位階の力を宿している。


 安倍晴明が使役したとされる伝説の式神たち。

 その全てを、景明は己が契約下に置いていたのだ。


「面白い。晴明が手慰みに使っておった、あの小童どもか。懐かしいのぉ」


 ぬらりひょんは、伝説の顕現を前にしてもなお不敵な笑みを崩さない。

 顕現した十二天将の一体、獰猛な気を放つ白虎が、主である景明に問いかけた。


『おい、どういう状況だこれは、景明。我ら全てを同時に呼び出すとは』


「説明している暇はない! 全員でかかれ! あの子供の動きを、一瞬でいい、止めろッ!」


『チッ、人使いの荒い主だ!』


 景明の怒号を合図に、十二天将が一斉にぬらりひょんへと殺到した。


 青龍が巻き起こす暴風。

 朱雀が放つ浄化の炎。

 玄武が展開する絶対防御の結界。


 そして、白虎の雷を纏った爪撃。

 古典の戦いが、この地下祭殿で現実のものとなる。


 さすがのぬらりひょんも、一体一体が最上級妖魔に匹敵する十二天将の猛攻には、これまでのようにはいかなかった。


 遥明の小さな体を駆使し、紙一重で攻撃を躱し、あるいは妖力で相殺する。


 それでも、ぬらりひょんの力は圧倒的だった。

 天空の槍がその肩を掠めるも、傷一つ付かず。

 勾陳の大地の術がその足を捉えるも、たやすく引き千切られる。


 だが、景明が求めていたのは、勝利ではない。

 時間と、隙。  


 十二天将の猛攻が、ぬらりひょんの意識を完全に釘付けにし、その防御と回避に集中させている。

 その結果、ほんの僅かだが、決定的な隙が生まれた。


「──今だッ! 再封印だ!」


 景明の絶叫が轟く。

 その声に応じ、背後で息を潜めていた六部の術師たちが一斉に動き出した。

 彼らはすでに、祭壇を中心に新たな術式を構築し終えていた。

 景明が言った通り、ぬらりひょんが立つその場所を新たな座標とした、禁断の封印術。


 六人が同時に印を結び、最後の詠唱を紡ぐ。


「──ことわりは還り、くさびは穿たれん! 彼の者の肉を器とし、彼の者の血を錠と成し、彼の者の魂を牢獄と成す! 千年のとが、再び眠りにつけ!」


 詠唱の最後の一節。

 ここで初めて、六部の術師たちは景明の策の全貌、その真の「器」に目を向ける。


 本来、特級妖魔を封じるには、最高級の霊木で作られた『封霊箱』が必要だ。

 だが、箱は砕け散った。

 ならば、代わりは何処にある?


 ここにある。

 ぬらりひょんが今、依り代としているその肉体。

 『土御門遥明』という器そのものを、生きた封霊箱へと作り変えるのだ。


 その鬼畜の所業に一瞬戦慄が走るが、もはや術は止められない。

 六条の光の鎖が、一直線にぬらりひょん──遥明へと向かう。

 その時、ぬらりひょんは初めて、焦りの表情を浮かべた。


「ぬ、貴様らぁぁッ! また儂を、この狭苦しい場所に縛りつけるというのかッ!」


 十二天将を振り払い、鎖を避けようとするが、それは陽動。

 本命は、床に描かれた術式だった。

 術式が眩い光を放ち、遥明の足元を強力な重力場と化してその動きを完全に封じる。  


 六条の光の鎖が、遥明の四肢、胴、そして額に突き刺さった。


「がああああぁぁぁぁッッ!!」


 それは遥明の声か、ぬらりひょんの声か。

 凄まじい絶叫が祭殿に木霊する。  

 鎖が突き刺さった部分から、呪詛のような朱い梵字が、生きた蛇のように全身を這い巡っていく。


 それは、かつて封霊箱に刻まれていたものと同じ文様。

 遥明の体が、新たな封印の器へと変貌していく。

 ぬらりひょんの意識が、その強大な陰の気が、肉体という牢獄の奥深くへと、強制的に押し戻されていく。


「おのれ……おのれぇ、晴明の血族め……! このままでは終わらぬ……この器、この魂……いつか必ず、儂のものとして……喰らい、尽くして……」


 断末魔の叫びが徐々に小さくなっていき、やがて、朱い梵字が全身を覆い尽くしたところで、ぴたりと動きを止めた。

 遥明の体から、あれほど満ち溢れていた邪悪な気配が、嘘のように消え失せる。  


 荒れ狂う嵐が過ぎ去った後の、死のような静寂が、地下祭殿を支配した。

 十二天将は役目を終え、主の消耗を察して光の粒子となり消えていく。

 六部は、その場に崩れ落ちるように座り込み、荒い息を繰り返していた。


 景明は、ふらつく足で、祭壇の中央に立つ息子へと歩み寄った。


 遥明はピクリとも動かない。  

 だが、その胸はわずかに上下している。

 生きている。  

 そして、その体からは、先ほどまでの圧倒的な妖気は消え失せていた。


 成功したのだ。  

 ぬらりひょんを、遥明の体内に封じ込めることに。


「……はは」


 乾いた笑いが漏れた。

 全身から力が抜け、景明もまた、その場に膝をついた。  

 疲労が、泥のように押し寄せてくる。  

 二十四体の同時召喚。寿命が十年は縮んだ気がする。


 終わった、のか。

 いや、違う。

 ただ、目先の破滅を、未来へと先送りしたに過ぎない。


 どっと、全身から力が抜けていく。

 極度の緊張と、妖力の過剰な消耗が、鉛のような疲労となって景明の体を襲った。


(……さあ、本当に大変なのは、これからだ)


 特級妖魔を、その身に封印した息子。  

 いつ、その封印が再び破られるかもわからない、生きた爆弾。

 

 景明は、ただ、意識のない息子の顔を、複雑な感情の入り混じった瞳で見下ろすことしかできなかった。

 土御門家は、今日この瞬間から、決して解けぬ呪いを抱え込むことになったのだ。

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