姉は、もっとすごかった
今日は特別回。アドリアン視点です!
何をやっても、姉はずっと前にいた。
「姉弟なのにお前はできないんだな」
「クリスを目指して頑張りましょうね」
アドリアンがどんなに努力しても、クリステルは涼しい顔をして、それの10倍すごいことをやってのける。
それでも、めげずに声をかけ続けた。
「どうしてそんなにできるの?」
「ここを教えてくれないですか?」
「一緒にお茶でもいかがですか?」
何を言っても、彼女は無言でアドリアンの頭を1回、ぽんっと叩くと行ってしまった。
そのたびに、震えるほどに思うのだ。
この人のことが嫌いだ、と。
昔は、大好きだったのに。
何でも知っていて、優しくて、かっこいい姉が。
「クリス!」
アドリアンの周りには、クリステルを姉と呼ぶ人がいなかったから、アドリアンも両親と同じようにクリスと呼んでいた。
「なあに?」
「お花!」
「まあ、きれいね」
領地の森によく遊びに行った。
アドリアンは走り回って、クリステルはよく本を読んでいた。
何を聞いてもクリステルは正確に答えてきた。一度でいいから「わからない」と言わせてみたくて、あらゆるところから植物や虫などを取って見せたが、結局その言葉を聞くことはできなかった。
「クリス、これなあに?」
「これは、緑鉱石って言って、昔は──」
(クリスは何でも知ってるんだ)
あのときのクリステルは、キラキラと輝いて見えた。
「クリス様、嵐で本が届くのは来月になりそうです」
「来月では遅いの!」
ある日、たまたまクリステルの部屋の前を通ったときに聞いた会話だ。
「最近アドが石を取ってくるようになったのよ。この前は適当なこと言って誤魔化したけど、ずっと信じてくれるとは限らないでしょ!?」
それを聞いてからその嘘を暴いてみようと何度も試みたのだが、毎回もっともらしいことを言ってくるので、最後には信じてしまうのだ。
緑鉱石も、ただ苔がついて緑っぽく見えていただけなのだが、アドリアンはそれが緑鉱石なのだと信じて疑わなかった。
そんな仲良し姉弟も、長くは続かなかった。
叔父が亡くなった。
仕送りが途絶え、代わりに叔母の医療費と従兄弟たちの生活費の負担、叔父の領地の管理、それに加えて続く悪天候。
気づけば、屋敷も静かになり、食卓は質素になった。
アドリアンたちが貴族社会でないものにされるまで、さほど時間はかからなかった。
それでも、アドリアンはあまり気にしていなかった。
でも、クリステルは違った。
婚約破棄をされたのだ。
「貧乏は嫌だ」
それだけの理由で。
相手は、そこそこに金持ちの侯爵家の長男だった。
(……あんなに仲良かったのに)
クリステルは引きこもった。
アドリアンが6歳、クリステルが12歳のときだった。
半月ほど経って、ようやく姿を見せた姉に、アドリアンは駆け寄った。
「クリス!」
抱きついたその瞬間──
「姉上と呼びなさい」
にこりともせずに、そう、一言だけ。
それから、すべてが変わってしまった。
それまでナタリーに勉強を教えてもらったアドリアンは、学校に編入した。それまで少し周りより勉強ができる、という感じだったクリステルは、首席レベルまでいって、奨学金を取り続けた。
姉は、笑わなくなった。
そんな姉が、最近、記憶をなくした。
都合がいいと思った。
丁度、姉が行き詰まっているところだったから。
──なのに。
会ってみれば、別人のようだった。
できないのでも、忘れているようでもない。
まるで、最初から知らないような顔をするのだ。
嘘をついているようには見えない。演技にしては雑すぎる。
別人を替え玉として雇って、自分はどこかでのんびりとしている。そう考えたほうが、まだ納得できた。
でも、たまに思うのだ。この人が自分の姉だって。
「クリス」
「なあに?」
話しかけて、微笑みながら振り向く。その顔だけは、やっぱりこの人が自分の姉、クリステル・シャトランなのだと思わせる。
「だからなに? 話しかけて黙らないでよ。怖いんだけど」
信じたはない。
だって、クリスはそんなこと言わない。
ふてくされない。驚かない。迷わない。
なんでも知ってる顔して、当たり前みたいに答える。
──完璧そのものなのだ。
こんな人じゃない。……クリスは。




