願いは叶わず、紅茶はこぼれた
「美味しそうですね、フローラ様!」
クリステルは、隣りに座っているフローラに声をかけた。なぜか、ベルナットはフローラの向かい側に座っている。
3人の目の前には、マカロン、プリン、ケーキ、タルト……たくさんのお菓子が並んでいた。全部、フローラが奢ってくれるそうだ。
ベルナットは全力で否定したが、クリステルが推し進めた。流石にこんなおしゃれなカフェでは値切れない。
「どうぞフローラと呼び捨てでお願いします」
「そうですか? じゃあ、敬語もやめていいですか?」
「ええ、もちろん」
ベルナットが小声で「図々しいわよ」と囁いてくることなんて気にしない。敬語を使い続けるのは疲れるのだ。
「じゃあ、食べよう!」
「うん!」
元気いっぱいのクリステルとフローラをよそに、ベルナットは弱々しく「そうね……」と言った。
女子高生を見くびるなかれ。一瞬でお菓子たちは半分になった。
お腹も落ち着いてきて、紅茶に口をつける。
「美味しかったね、ベル──」
「クリステルじゃないですか」
顔を上げると、エリックがクレマンとともに立っていた。
「ご一緒しても?」
(おい、そんな爽やかな笑顔、初めて見るぞ)
「……どうぞ」
エリックは、ベルナットの隣に座った。すかさず、クリステルは荷物をエリックとクリステルの間の席に置いた。
これなら、消去法でクレマンはフローラとベルナットの隣りに座ることになる。
(いける!)
「クリス、悪いが、その荷物、どかしてくれないか?」
「私のおすすめはフローラの隣の席です」
「俺はクリステルとエリックの隣に座りたいんだ」
(いやいやいやいや、そこは空気読んでフローラの隣に座ろうよ)
ちらりとエリックの顔を見ると、フイっと視線を逸らされた。
渋々荷物をどかすと、クレマンは当然だと言わんばかりに席についた。
「クレマン様もご一緒なんですね!」
「エリックに誘われたんだ。お茶でもしないかって。そしたら、偶然クリステルの姿を見つけてね」
(絶対嘘だろ)
エリックもエリックだ。相談くらいしてくれればいいのに。どうやってフローラとクレマンをくっつければいいのか、検討もつかない。
とりあえず、無理矢理にでも話させたい。
クリステルは紅茶を飲みながら、じっとクレマンを見る。
「……どうしたんだ、クリス」
(クリスって呼ぶなよ、馴れ馴れしい)
「いえ、ティナ様がいない場でお会いするのは初めてだな、と」
「ああ、そうだな。ティナとは──」
「ところで、フローラとの面識は?」
「……ティナと合うときに、数回──」
「ちょっと話されてみては?」
期待の目で見つめてみたが、「クリスと話すほうが面白い」とのことだった。
クリステルとしては、全く持って面白くない。早くフローラとクレマンが仲良くなってほしい。
「ところでクリス。今日は──いつも変わった服を着ているな」
「……人生、いつ敵から逃げなければいけなくなるか、わからないので。そういえばフローラが──」
「この前は男女差別をなくす、とか言ってなかったか?」
(めんどい。さっさとフローラと話せよ)
「そうでしたっけ。じゃあ、差別をなくすために、殿下はスカートでも履いてみます?」
「俺には似合わないよ。エリックなら似合うんじゃないか? 細いし。守ってもらうのに丁度いい」
エリックをみると、俯いてぷるぷると震えていた。笑っているのか、怒っているのか──笑っているといいな。
エリックは、肩を震わせたまま、顔を上げた。貼り付けた笑みを浮かべている。
「……遠慮しておきます」
クリステルの切実な願いは叶わなかったようだ。そっと目線をそらしておく。
「それで、クリスはどうしてそんな恰好なんだ?」
「だから、いつでも逃げれるようにって言ってるじゃないですか」
「誰から逃げるんだ?」
「えっ……エリック様とか──痛!」
足に、痺れるほどの痛みが走った。エリックはニコニコと微笑みながら、こちらに圧のある視線を送った。
(八つ当たり、やめてほしい)
「えーと……い、いろいろです」
ふわっと誤魔化すと、すかさず話題をねじ込む。
「それより、フローラ、お菓子作り得意なんだっけ?」
急に振られて、フローラは目を丸くしながらも頷いた。
「少しだけ」
(よし来た。いけるか?)
「殿下、食べてみたいと思いませんか?」
見ると、クレマンは意味ありげにニヤリと笑った。
「クリスの手料理には興味があるな」
(なんでだよ)
「フ、フローラ様、お菓子お好きなんですね」
緊張して固まっていたはずのベルナットが、久しぶりに口を開いた。
「はい。大好きです。作るのも、食べるのも」
フローラもニコニコと答える。エリックとは違い、純粋そうな笑顔だ。
(癒やされる……)
「……その、選び方も慣れてらしたし……よ、く食べに行かれるんですか……」
「はい!」
「よかったら、また2人で食べに行きませんか。他にもおすすめのところがあるんです」
だいぶしっかりした口調に戻ったベルナットが、恐る恐る言った。
その言葉に、フローラはぱっと顔を輝かせる。
「はい、ぜひ!」
クリステルもほっこりとして、ニコニコと二人を眺めた。
(いや、待って。2人?)
「まって、ベル、おいてかないで! 私も連れてって! 私たち、友達でしょう!?」
「そうね、どうしよっかな〜」
ベルナットの顔には緊張は跡形もなく、余裕そうな笑みが浮かべられていた。
「ン、ンー」
わざとらしい咳払いの主は、クレマンだった。気まずそうに苦笑いをしている。
「クリス! ねえ、クリスったら!」
慌てたような口調にうんざりしながらも、クリステルは「何」と言った。
ベルナットは、席が斜めで離れているのもお構い無しに引っ張ってくる。
べちゃり、とクリステルの服の裾にクリームが付いた。
「あっ」
エリックが露骨に嫌な顔をした。
クリステルは、瞬間的に足を引っ込めた。
(今の、私悪くなくないですか!?)
「なんでクレマン様とエリック様がいるのよ!?」
どうやら、気づいていなかったらしい。
「落ち着きなよ、ベル」
「おおお……王子が! 同じテーブルにいるのよ!」
肩をガシッと掴んでくるので、痛くてしょうがない。
クリステルは、無言で眉をひそめた。
「できるわけ無いでしょう!! 落ち着くなんて!!」
あまりにも大きな声で言うので、クリステルは耳を手で塞いだ。
「学校でもたまに会うじゃん」
「距離が違うのよ距離が!!」
ベルナットを引き離すと、椅子から立ち上がった。
「このクリーム、落としてくるね」
お手洗いに行こうとすると、ぶつぶつと呟く声が聞こえた。丁度、クリステルたちの席の後ろの席からだ。
「……あの子あんなに楽しそうに笑って。お姉ちゃん、もう胸がいっぱいで張り裂けそう。吸い込まれそうなほど深くて高貴なアメジストを宿したような紫の瞳が、今は私じゃなくてお友達を映して輝いてるる。その輝きを独り占めしたいけど……」
(……怖っ)
思わず立ち止まってしまった。
(ストーカーはやめてくださいって頼むか?)
ガシャンッ
突然の甲高い音。次の瞬間、
バシャッ
熱っ──と声が出るより先に、視界が白く弾けた。髪の先から首筋、肩へとじんじん熱が流れ落ちていく。
頬がヒリヒリする。
目の前には、割れたティーカップが転がっていた。
(……いや、なんで?)
声がする反対側を振り向くと、ウェイターがしきりに謝っている。
腕の裾からは、茶色っぽい液体が滴っていた。
どうやら、紅茶を頭からかぶってしまったようだ。
「ティナ!?」
「姉さん!?」
「お姉様!?」
「ヴァランティーヌ様!?」
全員の視線がヴァランティーヌに集まる。
見ると、お腹辺りに紅茶が広がっている、ヴァランティーヌの姿があった。ウィッグは半分ズレていて、見慣れた赤毛がのぞいていた。
エリックが倒れるようにヴァランティーヌに駆け寄る。
「大丈夫!? やけどしてない!?」
「……大丈夫よ、ありがとう」
少し遅れて、クレマンも勢いよく駆け寄った。その勢いのまま、ヴァランティーヌに抱きつく。
「濡れますよ、クレマン様」
「……もう、無茶はするな」
その後、フローラとベルナットも駆け寄って、抱きついたり、服を拭いたり、世話を焼き始めた。
誰も、こちらを見ない。
──クリステルを気に掛ける者はいない。
(まあ、名前すら出てこないモブだしな)
ぼんやりと、ただ熱さだけを感じる。
(けど、やっぱさみしいな……)
一人っ子で、ずっと愛情目一杯を注がれていた、前世の世界に戻りたい。そう思った。
大きく息を吸うと、みんなに駆け寄りながら叫んだ。
「ちょっと、私も被害者なんですけど! ちょっとは世話を焼いてほしいんですけど!」
ふてくされたように頬をふくらませると、ベルナットに抱きつく。
ベルナットは、「濡れる」と言ってクリステルを引き剥がしながらも、頭を拭いてくれた。
「……無事で何よりだ」
クレマンが、クリステルの頭をぽんと軽く叩いてから言った。
「……無事ですよ、無事ですけど! 無視しないでくださいよ!」
エリックはどうでもいいという顔をしながらも、新しい服を買ってくれるという約束をしてくれた。
「今度、クリステルの服を選びに、また出かけませんか?」
「賛成!」
「私も連れてってね!」
盛り上がっている女子たちをよそに、クリステルはため息をついた。
(疲れるから、エリック様に金だけもらって一人で行きたい)
──絶対、そっちのほうが平和だ。




