シスコンストーカーは春を告げる
「エリック様!みて!」
「何ですか」
「つくし!春ですね‼︎」
「……そうですね」
学校の中庭で、クリステルは通りすがりのエリックを捕まえていた。
前世では、春休みによくおじいちゃんと取りに行ったものだ。あの味、よく覚えている。
「まあ、クレマン様、綺麗なお花が咲いていますよ」
「本当だな。ティナのように美しい」
春の柔らかな風が、ティナ──ヴァランティーヌの髪を舞い上がらせる。それを抑えようと、ヴァランティーヌは慌てて髪に手をやった。
クレマンはその仕草を一つ一つ、愛おしそうに眺めていた。
右側から妙にロマンチックな雰囲気を、左側から悍ましい嫉妬心を感じ取り、クリステルは冷や汗を垂らした。
「ティナ……」
「ティナ様!つくし、お好きですか⁉︎」
雰囲気をぶち壊さんばかりに、クリステルは大声を上げた。
クレマンは頭を押さえ、ヴァランティーヌはきょとんとしながらも頷いた。
クリステルは自分から聞いたのにも関わらず、全く興味を持つ様子もない。
ただ素っ気なく「そうなんですね」と答えた。
そういいながら、クリステルは、しゃがんだまま、チラリと横を見る。
エリックの顔は相変わらず無表情だったが、とりあえず、怒ってはいなさそうだった。
昨日、エリックと取引をした。
こっちは、エリックとヴァランティーヌの恋の手助けをする。エリックの気持ちをヴァランティーヌに暴露しない。
エリックは、クリステルにお金が入るように手助けをする。具体的には、金持ちとの婚姻、貴族とのコネ作り等々の手伝いだ。
「クリステルはどうなの?」
「私ですか⁉︎」
ヴァランティーヌに不意に声をかけられたクリステルは、ぐるりとフクロウのように首を回した。
「嫌いです!!苦いし!」
「そ、そう……」
教室に入ると、ベルナットとフローラが同じ机に座っていた。
「クリス、クリス」
ベルナットに手招きをされて、耳を近づける。今度は、前よりも複雑な内容だった。
「この前、フローラのノートにガラスの破片を入れたでしょ?」
そう、フローラへのいじめは、いまだに続いている。取り巻きは全員同じ階級だと思っていたが、黒髪の少女──ジュリアだけは1つ上の侯爵令嬢だそうで、下手に逆らえない。
「それで、私いたたまれなくて、ついハンカチ貸しちゃったの」
(お優しいことで)
クリステルとしては、だから何だ、という話なのだが、ベルナットは至って深刻そうな顔をしている。
「それで、フローラがお礼をしたいから、週末、どこかに出かけないかって」
「ふーん」
「絶対私ボロ出しちゃう。本当はいじめなんかしたくない、とか言っちゃったら、ジュリアになんて言われるか!」
「断れば?」
「でも仲良くなりたいの!!」
「めんどいね」
クリステルの興味は、すでに窓の外に生い茂っているカラスノエンドウに向けられていた。
(もうつぼみがつき始めてるから、固くて美味しくないかもな)
「──で、クリステル、ついてきて!」
「へ?」
ベルナットに肩を揺さぶられながら、クリステルは必死に頭を回した。
(この世界を原作の乙女ゲーム通りに進めると、ヒロインのフローラは、クレマンと結ばれる)
「クリス〜、お願い〜」
(……そうなれば、ティナ様は空く)
そう思うと、フローラと仲良くなっておくのもいい気がした。
「行く」
「本当!?」
抱きついてくるベルナットを引き離しながらも、教室に入ってきたエリックに声をかけた。
「エリック様! フローラと殿下をくっつければ、エリック様はティナ様と結ばれるんじゃないでしょうか!?」
(どうだ?名案でしょ?)
クリステルはキラキラと目を輝かせてエリックを見つめたが、返ってきたのは極めて冷たく、現実的な言葉だった。
「……一国の王子ですよ。そんなに簡単に行くわけがないでしょう」
(終わった)
一瞬でテンションがどん底まで落ちる。
よろよろとエリックの顔に向き直ると、エリックは少しだけ目を細めていた。
「……でもまあ、可能性があるなら、試してみる価値はあります」
次の土曜日。
クリステルは、街の市場で値切っていた。
「銅貨3枚」
「流石に安すぎるよ、嬢ちゃん」
店のおじさんは笑いながら言ったが、目は笑っていなかった。
「5枚は貰わないと……」
「何言ってんだい」
奥の方から、奥さんらしき女性が出てきた。軽くおじさんを叩くと、クリステルに向き直る。
「すまないね、嬢ちゃん。このおっさん、暇なんだよ」
結局、銅貨3枚でリンゴ飴を3つ。さらに、ぶどう飴も1本、おまけで貰ってしまった。
家を出るときナタリーに、「ものを買うときは、正式な場ではない限り、必ず原価の半分から値切りなさい」と言われたのだ。硬貨の価値はよくわからないが、なんとかなりそうだ。
「クリス!」
後ろを見ると、ベルナットとフローラが手を振っていった。
駆け寄ってきた2人に、リンゴ飴を差し出す。
「ありがとう、クリス。待った?」
「うん、めっちゃ待った。おじさんとずっと値切ってた」
「ごめんなさい。お忍びで着られる、質素の服がなかなか見つからなくて」
申し訳なさそうなフローラの言葉に、クリステルは面食らった。
(えっ、私が持ってるの、全部こんな感じなんだけど?)
「じゃじゃじゃあ、行きましゅうか」
「はい。どこに向かうんですか?」
「わたしゅのおしゅしゅめのかちやさんでしゅ」
カチコチに緊張したベルナットが、フローラに言った。そのまま、機械仕掛けのようにカクカクと動き、クリステルの横を歩く。
「クリス、クリス!」
「何」
「心配すぎる! フローラめっちゃかわいいし、いい匂いだし!」
「私はベルの舌が心配だよ」
後ろを振り返ると、フローラはニコニコと2人についてきている。
確かに、ふわふわとした金髪を編み込んで垂らし、花を散りばめているフローラは可愛かった。いつもの豪華な服もお嬢様感が出ていいけど、こういうシンプルなワンピースも柔らかい雰囲気が出ていい。
「ああ、なんて可愛らしいの……まるで柔らかなひだまりを編み込んだようなその金髪。そのかみに散りばめられているお花が羨ましい……そうだ、今から死ねばあのお花になれるかしら!?」
(怖!)
横を見ると、サングラスを掛けているのにフローラをよく見ようとずらしている、正体不明の女性が歩いていた。
(誰だ? ストーカー? 怖!)
もう一度女性の方を振り返る。現在進行系で念仏のようにブツブツと唱えている。
(いやこっわっ!)
「……極めつけはあのシンプルなワンピース……! 控えめな装いが、あの子の凛とした気品と圧倒的な透明感を際立たせるわ……」
あまり大きい声ではない。小さい声で、隣を歩いて歩いているクリステルぐらいにしか聞こえない声。
だからこそ怖い。何なんだ。
「ああ、もう! どうしてこんなに可愛いの?? 神様に感謝、お父様とお母様に感謝、ゲームの創作者に感謝!! 何より、私の妹に生まれてきてくれたこと、私が姉に転生したことに最大の感謝を!!!」
姉と言うことはヴァランティーヌだろうか。
ウィッグを被っているのか、赤毛ではなく黒髪だ。
「クリステル〜さん、どれもとても美味しそうですよ〜」
クリステルがヴァランティーヌに気を取られているうちに、フローラとベルナットはだいぶ離れて店の前に立っていた。
「純粋無垢の天使……!」
そろそろ嫌になってきたクリステルは2人に向かって走り出した。
ヴァランティーヌも走ろうとしているが、ロングスカートは走りづらそうだ。
(ズボンで来てよかった)
ヴァランティーヌはすぐに見えなくなった。




