200%失恋する男
「いきなりなんだけど、金が欲しい」
朝、寮から出てきたアドリアンに、クリステルは言った。
アドリアンは面食らった顔をしながらも、「いきなりだな」と言った。
「どうにかできないかな?」
昨日、聞いてしまったのだ。
「奥様、来月のクリス様たちの学費が足りません!」
部屋に帰ろうと、書斎を通ったとき、メイドのリサがとナタリーの会話が聞こえてきた。
「……家庭教師の仕事の日数を、増やしてちょうだい」
「でも奥様……やっと屋敷に帰ってこられた、ばかりじゃないですか」
確かに最近、ナタリーを見かけないな、とは思っていた。
だけど、これが理由だったとは。
「私めの給料は遅れていいですから、どうかもう少し、お休みになってください」
(……やばい)
というわけだ。
「……それより、昨日教えたとこ、覚えてきたか?」
「それよりじゃない。どうすればいいの、金を手に入れるには」
「うーん、働くとか色々あるけど、手っ取り早いのは──」
昼休みになると、クリステルはとりあえず、昼食を取りに食堂に向かった。ベルナットも一緒だ。
「ねえ、ベル。ヴァランティーヌ様ってどう言う方なの?」
「ベル……?」
「うん私も、クリスって呼んでいいよ」
「……そうね、ヴァランティーヌ様は、なんて言うか……わがままな方だったわ」
「だった?」
「すごい熱を出されたそうで、昨日から、人が変わったようになられたの。今はとてもお優しい方よ」
一ヶ月前にヴァランティーヌに転生したのだろう。
彼女はこれまでの自分の記憶もあるのだろうか。だとしたら羨ましい。
「……ただね。お優しいのはいいんだけど……」
ベルナットは、ウェイターに料理を注文すると、椅子をクリステルの分も引いてくれた。
その後、小さな声で続ける。
「……ほら、私達、ここでは身分があまり高くないしょ?」
届いた料理をクリステルの分も受け取ってくれる。
そういえば、クリステルは料理を頼んでいない。ベルナットが頼んでくれたのだろう。
「家もほっちょおかながないじゃなひ?」
料理をリスみたいにほうばりながら言うので、よく聞こえない。
口の中のものを飲み込むと、スンと真面目な顔をする。
「ヴァランティーヌ様と仲良くしてる、と周り、特にタレーラン公爵に知って欲しいの」
(なるほどね。取り巻きやめたら詰むやつね、これ)
取り巻きの肩書きがあれば、周りにも舐められないし、公爵に贔屓にしてもらえるってわけだ。
クリステルは「へー」と言いながら肩をすくめたが、内心では煌びやかな貴族社会の裏側を知った気がして、ちょっと得意げな顔をしていた。
「あ、そうだ。図書室行かないと。エリック様を呼び出したんだった」
慌てて料理を口に放り込むと立ち上がる。
そんなクリステルを見て、ベルナットはくすりと笑った。
「リスみたい……」
図書室に着くと、まだ誰も来ていないようだった。
ぼんやりと図書室を歩き回る。
小学校の図書室の10倍以上、中央図書館くらいありそうだ。いや、もっとかもしれない。
クリステルは、適当に本を一冊、手に取った。
「『哲学とはなにか』。興味ないな」
不思議なことに、朝起きたら字が読めるようになっていた。
思わずクラスメイト全員の前で、「あっれれー、おっかしいぞー」とコ○ンのモノマネをしてしまったのだが、誰一人笑ってくれなかった。
すると、廊下から楽しげな男女の声が聞こえた。
「……だったわね」
「姉さんが綺麗だから、天が味方したんだよ」
「もう、エリックったら。そういうことは、好きな子に言いなさい」
「……姉さんのこと、好きですよ」
「そういうことじゃないの」
(ヴァランティーヌ様とエリック様か)
「ヴァランティーヌ!」
「クレマン様⁉︎」
(誰だ?クレマン様って)
「一緒に散歩にでも行かないか?」
「えっ? は……はい」
「失礼ですが、殿下」
(殿下ということは、王族か。もしかしてヴァランティーヌの婚約者?)
そんなことを考えているうちに、3人の話は進んでいたようだ。
「じゃあね、エリック」
「……うん。気をつけてね」
「俺がいるんだ。大丈夫じゃないわけないだろ?」
「……殿下と一緒だからこそですよ」
エリックは図書室のドアを静かに開けると、名残惜しそうに、ヴァランティーヌが消えた廊下を見つめた。
「好きなんですか、ヴァランティーヌ様のこと」
『──手っ取り早いのは、誰かの弱みを握ることだ』
アドリアンにそう言われた。
それでクリステルが思いついたのは、エリックがヴァランティーヌの当て馬だということだった。
急に話しかけられて、いつも冷静なエリックが、たじろいだように見えた。
でも一瞬で元の表情に戻り、にこりともせずに言う。
「ええ、もちろん」
この言葉は、クリステルがもとめていたものではない。焦って、「そうですよ!だったらなんなんですか!?」と言って欲しいのだ。
「だったら何なんですか」
少し怖気付いたのか、エリックの声ははいつもより、すこしだけ早口だった。
(おっ、効果あり?)
クリステルはまるで冷静なように、ゆっくりと瞬きをした。
「一つ、忠告をさせていただきます」
預言者のように言いたかったのだが、まるで宥めているようになってしまった。
それでもエリックには、少し、効果があったようだ。ピックっと眉を引き上げた。
でも、すぐに元に戻して、吐き捨てるように言う。
「あなたに姉さんの何がわかると言うんですか」
「確かに、ヴァランティーヌ様のことはわかりません。私がわかるのは未来です」
ここまで言っても口を開かないエリックに、クリステルはヒヤヒヤしながら、なるべく冷静を装って言った。
「このままだと、あなたは必ず失恋します」
エリックは無言でクリステルの胸ぐらを掴んだ。もう一度、自分に問いただすように「あなたに姉さんの何がわかる」と繰り返す。
その様子に、クリステルは息を吐きながら両手を降参するように上げた。
「お手伝いしましょうか?」
掴むエリックの手がの力が、少しだけ弱くなった。
「もちろん、ただとはいきませんけどね」
(いけるか?これでいけなかったら、普通に詰むよ?)
「……いいでしょう。お願いします」
胸を撫で下ろしたクリステルは、いつも通りの笑みを浮かべた。
「休み時間終わっちゃいますよ。行きましょう」
元気よく図書室を飛び出すクリステルを、エリックは頭を抱えながら後に続いた。
「シャトラン嬢」
「ん?何ですか?頭痛いんですか?」
エリックはエリックらしからぬ、不安げな表情で「いいえ」とうつむいた。
一方クリステルは、また前を向いて、足を止めることなくなスキップで先に進む。
「……本当に、このままだと、僕は失恋するんですか」
「はい!」
振り返ると両手でピースをして、満面の笑みで言い放った。
「200%、失恋します‼︎」
(これで金が入りますよーに)
エリックは、消えていくクリステルの背中を見つめながら、ぼんやりと思った。
(走れば……追いつく)
ほんの少し、足を早めればいい。
──それだけなのに。
どうしても、追いつけないんじゃないかと思っていまう。
まるで、自分ではなく、もっと遠くを見ているようだったから。
──200%、失恋する。
「そんなわけ……ないよな」
呟いた声は、低く、かすれていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
とうとう、冒頭まで戻ってきました。
次回は、ヒロインと悪役令嬢がメインに出てきますよ。
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