ハッピーな1日はいちご飴から
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「ハッピーな1日はいちご飴からだ」
クリステルは今にも叫び出したい気持ちを抑えて、目の前の男を見つめた。隣にいるエリックは何も言ってこない。使えないシスコンだ。
「いや、そういうことじゃなくて! 私は──」
「わかってる、わかってるって」
おじさんは落ち着かせるように手でクリステルの口を塞ぐと、いちご飴を差し出してくる。
「お求めのものはこれだろう?」
「いや、違うから!」
ゴーン、ゴーン、と遠くから鐘の音が聞こえてくる。2時だ。
エリックの話だと、夕食後8〜10時の間に公爵はヴァランティーヌの今日の1日を聞くそうだ。時間がない。
「もういいや! ありがとうおじさん!!」
歩こうとすると、手を引っ張られて止められる。
「この通りをずっと行ったところに、リカラスっていう店がある」
振り返ると、おじさんがニヤリと笑っていた。
「情報を買い取るときはいくら出せばいいと思う?」
「……2倍?」
「最初はね。でも、あっちは必ず渋る。そんなときは──」
リカラスは特別新しいわけでもなく古いわけでもない、普通の骨董店だった。中は数人の客が手持ちの紙に書かれた番号のようなものと商品を見比べていた。
「何なんですか、ここ」
エリックが囁いてくる。
「情報商の支店です。証拠品とかが受け取れるんです」
カウンターには、頬杖をついた中年の女性が暇そうに座っている。
「取り寄せたいの」
女はじろりとクリステルとエリックを見ると、嫌そうに立って店の奥に案内してくれた。いくつもの扉の中から、青い札のかかっている部屋に招き入れると自分は店頭に戻っていく。
中には白いちょび髭を生やした男が座っていた。男はクリステルたちが座るなり、にんまりと愛想笑いを浮かべると、小さく音を出さずに口を動かし自分の前に小さなスクリーンのようなものを写した。
「いらっしゃいませ。ナンバーをお聞きしてもよろしいですかな?」
「6125……よ」
さすがにクリステルもわかってきた。安物のズボンとポロシャツで来ていいところではないと。少しでもお上品にしておかなければ。
男はスクリーンに触って何やら入力していく。
「6125……ああ、ついさっき依頼を拝受いたしましたが、その件ですかな?」
「ううん──」
喋り出したクリステルの口を塞いだエリックは、見たこともない愛想笑いを浮かべてつらつらと説明していく。
所々に散りばめられた嘘。頭がこんがらがってくる。
話進むにつれ、男はあからさまに不機嫌そうな顔になっていった。低い声でゆっくり「なるほど」。なんだか怖い。ひんやりと背中に汗が伝う。
「つまり、妹様がお姉様に危害を与えられたと思われるかもしれないため、公爵への情報を横取りなさりたいと言うことですな?」
「ええ」
すまし顔で頷く。
「2倍出す……わ」
「お引き取りください。マティス情報商ではお客様の情報は提示しないこととなっております」
これはまずい。あのおじさんに言われたことを、実行しなければいけないんだろうか。
嫌だ。非常に嫌だ。でも、それしか方法がない。
「ぃ……ぁ……ぃ……?」
ボソボソと言った声が聞き取れなかったようで、男は「失礼」と言って耳を近づけてくる。クリステルは覚悟を決めるとまっすぐ男の顔を見ると、大きく口を開けた。
「──いちご飴いる⁉︎」
男はあんぐりと口を開けたが、すぐに険しい顔になった。ぶつぶつと何かを呟いている。
「……いいでしょう。お売りしましょう、公爵様がお求めになった情報を」
「いやー、結構な出費でしたね」
夕焼けが照らす大通りを歩きながら、クリステルはエリックの顔をうかがった。あいにく持ち合わせがなかったので、ほとんどエリックに払ってもらったのだ。
「……返してくださいね」
冷たい。あんな大金、いつになったら返せるのだろう。
情報内容を確認することはできないので、あの時間の公爵宛のものは、関係のない情報も全て買い取った。金貨の数はもう覚えていない。
「……それにしても、なんであんなに『いちご飴』が効いたんでしょうね」
「考えられることとしては、あのフルーツ飴屋が裏でかなりの権力を持っていることとか──」
そこで、エリックは言葉を切った。見ると、路地の奥を見て固まっている。
「……姉さん」
そこでは、堂々と男女がキスしていた。具体的にはヴァランティーヌとクレマンが。
(マジかよ……)
エリックはわなわなと震えている。
「……クリステル、ちょっと引き剥がしてきてください」
エリックに背中を押されたはずみで、顔から土の地面に倒れ込む。ギャーギャーと騒いだものの、エリックの目はヴァランティーヌを見たまま石のように固まっている。
ヴァランティーヌはベシリとクリステルの頭を叩いた。
「や……やだクリステル、いつからいたのよ!」
「盗み見はよくないぞ、クリス!」
泥だらけの手で叩かれた頭を押さえてしまい頭まで泥だらけになってしまったクリステルは、何も言えずにそっぽを向いた。
(なんで私ばっかりこんな目に遭うんだろ……)
散々な1日だ。
ヴァランティーヌが何をしてたのかを聞いてくるので、エリックが洗いざらい話す。適当に誤魔化しておけばいいのに。
「えっ、私の腕を掴んだ男の命とクリステルの家族が危なかった? お父様のせいで? 私に言ってくれればお父様に言ってやめてもらったのに」
ヴァランティーヌは信じられない、と言うようにクリステルをじっと見つめる。
「そんなに信用ない?」
「はは……」
クリステルは肩をすくめた。
「でも、ティナ様に言ってもどうにもならないんですよ」
軽い気持ちで言ったのに、クレマンがつかみかかってくる。
「クリス、ティナがそんなに役に立たないとでも思っているのか⁉︎」
エリックを見たが、冷ややかな軽蔑の目を向けられただけだった。
争うつもりはない。クリステルは両手を挙げた。
「別にティナ様がどうとか言う話じゃないんですよ。公爵に伝われば、あの男は殺され決まってるんです」
ヴァランティーヌは訝しげに眉を顰める。
「どういう意味? お父様への侮辱よ。取り消して」
どうと言われても、そうなのだ。それがこの小説のストーリー。
「私がなんと言おうと、未来は変わりませんよ」
一瞬、空気が凍りついた気がした。
「占い師、クリス……なんちゃって」
和ませようと軽く笑ってみたが、誰も笑わなかった。ただヴァランティーヌだけが考え込むように呟く。
「決まってる、未来……」




