ヒーローごっこの責任
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きらきらと輝く金髪をなびかせた少女は、アクセサリーの前で立ち止まった。服は質素なものの、溢れ出す気品は隠しきれない。ふわりと花のように笑うと、連れの少女に話しかける。
「ああ、なんてかわいいの、フローラ……。クリステルとは大違いね」
「ははは……は」
溢れ出す適当さを隠せないクリステルは、なんとも言えない表情で身バレ防止のためにサングラスを掛けたヴァランティーヌを見つめた。フローラが家を出るときから見張っているこのシスコンは、フローラが何もしなくても「息してる! かわいい!」とうるさい。
見てくれ、彼女の手に握られたオペラグラスと穴の空いた新聞紙を。もはや怪しい。
「なに他人事みたいにしてるの! あなたもベルナットと仲直りできていないでしょ?」
「それはそうですけど……」
「だからこうして何が好きなのかとか調査してるんじゃない」
いや、それは違う。クリステルは尾行の報酬として貰える参考書が欲しいだけで、そんなことは考えてない。
「……ありがとうございます」
すると、ヴァランティーヌは得意げに鼻を鳴らした。
中身は大学生のはずだが、小学4年くらいに思える。
(小4って嫌いなんだよな〜。自分はすべてを理解してるみたいな顔して大人ぶって。教えてあげる、やったげるって)
ぶっちゃけ、任せないほうが早く終わる。気持ちに能力が追いついてなくて、たいていこっちの二度手間になる。母性を持ち合わせていない小6にとっては天敵。
「あら? あれ……」
前方のベルナットと目が合ってしまった。こっちを指差すと、フローラと何かを話している。すぐに、フローラが満面の笑みで近寄ってきた。
「やっぱり! クリステルとお姉様!」
「フ、フローラ」
動揺したようにヴァランティーヌが目を泳がせる。ベルナットをみると、居心地悪そうに髪を指に巻き付けていた。
「せっかくですし、一緒に買い物してくださいませんか」
「え……ええ。もちのろんよ、フローラ」
さっそうと歩き出すフローラたちに焦りながら、クリステルはフルーツ飴屋の店主に声を掛ける。
「おじさん、おじさん!」
おじさんがすっといちご飴を差し出してくる。
「いつものじゃなくて!」
フローラたちは3件先の店まで離れてしまっていた。慌てておじさんに銀貨が数枚入った封筒を押し付けると、追いつこうと走る。しかし祭りの人混みで、あっという間に見えなくなってしまった。
「……困ったな」
(こりゃ、あっちも大変だな)
案の定、後ろにいる少年たちはバタバタと騒いでいる。
「ちょっと、殿下が引っ付いてくるせいで姉さんを見失ってしまったじゃないですか!」
「殿下じゃない、クレマンだろ?」
「どうでもいいですから。そして、その奇妙な肉らしきものを下げてください」
「こう見えて、意外とうまいぞ?」
もう、祭りにテンションが上がって友達に拒否られている、ただの無邪気な少年にしか見えない。誰がこの雑に両手で押し返されている様子を見て、少年を王子だと思うのだろう。
つまり、クリステルは尾行して尾行されているわけだ。
「エリック様〜、クレマン様〜!」
声を掛けると、エリックは柄にもなく動揺した。
「ク、クリステル?」
「どうしてわかったんだ? クリス」
クレマンの問いに呆れながらも答える。
「そりゃ気づきますよ。近いし、声がもうエリック様とクレマン様だったし……で、なんでエリック様は驚いてるんです?」
「クリステル……いつからいたんですか?」
(最初からだよ)
どうやら存在を認知されていなかったようだ。
肩をすくめて隣を見ると、クレマンはパン屋を凝視していた。目を凝らすと、少女が定員らしき男に腕を掴まれている。
「払う金がないなら体で払いな! 娼館でも紹介してやるよ」
近づくと、どうやら金を払わずにパンを食べてしまったようだ。
「離しなさい!」
凛とした声が響いた。ヴァランティーヌが少女と男の間に入ると、無理やり男の手を掴んで少女から離す。
(ヒーローごっこは仮面つけてやれよ)
逆に腕を掴まれてしまったヴァランティーヌ・レンジャー。男と言い争ったものの、最後にはため息をついて金貨を差し出した。
「器が狭いわね。いいわ、私が払いましょう」
ヴァランティーヌは金貨1枚を1000円くらいだと思っているんだろう。実際、貴族社会ではそんな感じで売り買いされている。
だけど──。
(それ、フツーに10万越えるんですわ……)
もう、ヒーローを通り越してバカだ。ただの世間知らずのバカ。そんなパン、銅貨が5枚もあれば十分。なんならそれでも高いくらいだ。
パン屋の男は面食らった顔をしたが、「まあいいだろう」とか偉そうなことを言って手を伸ばす。
「ストップ!」
クリステルは間に割って入る。
この男が味を占めて他の人にも手を出したら、どう責任を取るのだろう。全ての場合にヴァランティーヌみたいな正義感がある人が存在するわけではない。
「ちょっと高過ぎない?」
「いいや、お前らが店の前で騒動を起こしたせいで、客が減っちまったじゃねーか。営業妨害だ」
男の言葉に、ヴァランティーヌは「金貨1枚ぐらいいいじゃない」と言ってくる。全然良くない。10万は良くない。
クリステルは金貨を取り上げて銅貨を突き出すと、ヴァランティーヌと少女を連れてエリックたちの側に行く。
「ティナ! 大丈夫か?」
クレマンはぎゅっとヴァランティーヌを抱きしめると、大丈夫だと胸を張る彼女の頭を愛おしそうに撫でた。
「……わあ」
クリステルの頭は、今日1番にフル回転していた。クレマンとヴァランティーヌの間に入って2人を引き裂くか。フローラとベルナットのところに行って盾を作るか。はたまた全速力で逃げるか。
「……クリステル」
エリックが肘でつついてくる。トーンが暗い。そして地味に痛い。シスコンの嫉妬は怖い。
(プラン3かな……)
しかしクリステルが走り出す前に、エリックは小声で話し始めた。
「姉さんがなんらかの危害を受けた場合、姉さんではなくその場にいる誰かが責任を取ることになります。娘を溺愛している公爵は訴えるでしょうから。しかも、その罪は平民であるあの男では背負いきれないものになります」
「えっ、腕を掴まれただけでもアウトですか!?」
エリックは静かに頷くと、ちらりとヴァランティーヌに頬ずりしているクレマンを見つめる。
「僕と殿下は偶然遭遇したというだけで、責任はないと処理されます。身分が身分なので。フローラも同様です」
今度はぺこぺこと頭を下げる少女を落ち着かせているベルナットに目を向けた。
「ベルナットさんも、フローラと一緒にいたというだけで処理される可能性が高いです」
少しだけ息を吐く。
(よかった……)
「えっ、つまり? 私しかいないじゃないですか。残り、責任取れるの」
「はい。この情報が公爵に伝わった時点で、あの男は捕らえられ、クリステルも罪を問われます」
(逃げるか、引きこもるか……)
究極の2択だ。
「しかしあなたは未成年なので、あなたの保護者が責任を取ることに……」
(うっそ! ナタリー1ヶ月ぶりの休みなんだよ?)
どうすればいい? なんとかこの件をもみ消さなければ。
ヴァランティーヌに頼む? いや、小説で公爵が娘に従ったことは実のところ1回もない。公では出ていないが、必ず死んだという噂が流れてくる。
どうすれば──。
「よしっ、情報を止めましょう」




