クリステル・シャトランはモテすぎている
「ずっと慕っておりました!」
告白2。……と思いきや、15回目ぐらいだ。
自分がどうしてこんなにもモテるのか、今考えるとわからない。
「ごめんなさい、私、急いでるので」
そう言って立ち去ろうとするが、目の前の令嬢は今にも泣き出しそうに目を潤ませている。
(勘弁してくれよ……)
額に手を当てるクリステルの横を、ふわりと焦茶色の艶やかな髪の令嬢が通り過ぎた。
「ベル!」
呼び止めるが、足を止めない。追いかけようと踏み出すが、告白してきた令嬢が手を引っ張ってくる。
「随分と人気ね、シャトランさん」
にこっと笑って、ベルナットは去って行ってしまった。代わりと言ってはなんだが、ジェレミーが寄ってきた。
「クリステル」
「ジェレミー、彼女探してない?」
令嬢は、とうとう泣き出してしまった。なんて言えばいいのかわからず、出てきた言葉は絶妙にあっていないセリフだった。
「……お名前をお伺いしても?」
令嬢は少し顔を上げて、「カロル・ロペールですわ」と小さく答えた。クリステルはにこっと笑みを浮かべると、両手を合わせた。
「カロルさん、まずはお友達から」
少し屈んで背を合わせる。「ね?」と目配せすると、カロルはコクコクと一生懸命頷いた。見た感じ年は変わらなそうだが、なんだか可愛く思ってしまう。
カロルがお辞儀をして離れていくと、隣のジェレミーが耳打ちしてくる。
「ロペールと言ったら、名の通った伯爵家だよ」
「えっ、付き合っとけばよかった」
コネは大切だ。
「クリス! なにしてんだよ!」
どこからともなく現れたアドリアンは、ジェレミーの腕を引っ張ってクリステルから無理やり離す。嫉妬だ。ジェレミーへだといいな。
「ジェレミーに近づくなよ」
「なんで。いいじゃん」
「たぶらかすなよ」
「私をなんだと思ってるのさ」
「そう言うやつだと思ってるよ」
さっき女の子をフッた手前、反論ができない。
聞くと、今週はアドリアンも家に帰るそう。いつもは寮で帰ってこないから新鮮だ。
「じゃあ行くか。バジルおじさんが待ってる。またね、ジェレミー」
なんだかんだ言って、アドリアンと1対1で話すのは久しぶりだ。何を話そう。
そんな浮かれているときに、場違いな怒鳴り声が聞こえてきた。
「クリステル・シャトランはお前か‼︎」
見覚えのない男。歳は若干上くらいに見える。
後ろに何人か取り巻きを従えた男は、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「私の婚約者をたぶらかしたそうだな」
(またか……)
16歳となると、ほとんどの令嬢は婚約者がいる。下手したら既婚者だったりもする。だから、15人くらいの令息からクリステルは怒られているのか。
「婚約者がいる女ばかり狙って、恥ずかしいとは思わないのか⁉︎ この尻軽女‼︎」
(なるほど、手は出さずに罵倒していくスタイルね)
「婚約者って、カロルさんのことですか?」
「なっ……名前呼び⁉︎ 私ですら呼ばせてくれたことがないと言うのに⁉︎」
こんなのいい方だ。
(この前はヤバかったな〜)
「おいっ、聞いているのか⁉︎」
(剣が飛んできたもんな〜)
「クリステル・シャトラン?」
(その前は空から雷が落ちてきたな〜)
女の嫉妬は怖いと言うが、男の嫉妬は力尽くだから怖い。
そうこう考えているうちに、男は「覚えてろよっ」と捨てゼリフらしきものを吐いて離れていった。
横を見ると、アドリアンがジェレミーを抱き寄せてドン引いていた。じりじりと一歩また一歩と離れていく。
「誤解だって」
「近寄るな」
「ジェレミー、君なら信じてくれるよね?」
「……」
「ジェレミー⁉︎」
「クリス! なぜか呪いの手紙の山が届いているのだけど⁉︎」
せっかくの休みだと言うのに、休みらしき時間を過ごせたためしがない。
ナタリーの叫び声で叩き起こされた。ネグリジェのまま1階に降りる。
「はいはい、お母様どうなさいました〜?」
ナタリーはクリステルのボサボサの髪を睨みながら、30枚はある手紙の山を押し付けてくる。
宛名は様々だ。
25枚は同じ宛名でナタリーの言う通り、呪いの手紙なのだが、残りの5枚は違う。
「えー、エリック様からに〜、ティナ様からに〜、王妃様からに〜、宛名不明と〜、アレクサンドル〜?」
「ちょっと待ちなさい。なんであなたにミシェル……様からの手紙が来るの」
「まだ面白い制作をしてないからじゃない?」
「どういうこと?」
騒ぐナタリーにエリックとヴァランティーヌ、宛名不明の手紙だけを除いて残りを返す。
エリックのいかにもたまたま置いてあった封筒、という茶色っぽい封筒の封を切る。
──姉さんがあなたに手紙を出したはずです。かなり焦った様子からするに、クレマン殿下が関係している可能性が高いです。2人の恋を応援しようとは、くれぐれも思わないように。
エリック・タレーラン──
クリステルは眉を顰めると、次にヴァランティーヌからの手紙を読む。
──拝啓 クリステル・シャトラン様
急なお誘いになったことをお許しください。
明日、フローラがベルナットと遊びに行く約束をしたそうです。
私は姉として心配なのです。ベルナットがいい子だということは知っていますが、いきなり部屋に閉じ籠り、フローラが困ってしまうことを考えたら、居ても立っても居られないのです。
あなたは勉強で忙しいということは重々承知しております。そのことを考え、テストの参考書を一式揃えておきました。あなたが来てくれれば、全て差し上げます。
つきましては、私がフローラを尾行するのにご同行ください。
ティナより──
(参・考・書!)
ここでの本の価値は異様に高い。こんなチャンス、逃すわけにはいかない。
次に宛名不明を開いてみたが、白紙だった。真っ黒で不気味な封筒は、真っ赤な封蝋で閉じられていた。
「あら? それ、炙り出しじゃないかしら?」
ナタリーがそう言うので、厨房に行く。厨房ではメイドのリサがスープの味を見ていた。横にはアドリアンもいる。
「待って待って待って!」
「なんだよ。朝からうるせーな」
アドリアンは不機嫌そうな顔をすると、パチッと指を鳴らした。
頭上から水が降ってくる。あっという間にネグリジェも髪もびしょびしょになった。
「あら、寝癖が治ったわね」
後ろにいるナタリーが言った。リサだけがオロオロとタオルを探している。
ため息を吐きつつも、コンロの火に手紙をかざした。髪から滴る水で火がジュージューと音を立てるので、ツーっと髪をなぞる。一瞬で髪の部分だけ風が吹き起こり、ふんわりとした金髪が出来上がった。今度はリサがタオルを持ってオロオロする。
だんだん、透き通った字が浮き出てきた。
──会員6125様へ
ターゲットはミレーユ・マリー・ド・ヴェルシエールで間違いございません。
会員様の個人情報が漏れることはございません。またのご依頼をお待ちしております。
マティス情報商──
(ミレーユが黒幕か。さて、どうしたものか)
クリステルは考え込みながら、コンロに手紙を放り込んだ。




