クリステル・シャトランは変態らしい
クリステル・シャトラン。成績は下の中。ヴァルシエール貴族学園きっての問題児。
「またシャトラン嬢が騒ぎを起こしているそうですよ。服装も言っても直さないし」
「まあ、前回は令息を殴ったそうですわね。今回は何をしでかしたというの?」
「いい加減にして欲しいところだ。成績も下がり続けているし」
とは言っても、今日も今日とてクリステル。問題を起こしまくっているのである。
「出てって! 変態!」
令嬢に本を投げつけられる。
「誤解だって」
「言い訳は聞かないわ! 今すぐ出ていって!」
服で胸を隠しながら、頬を膨らませて怒る令嬢。
「だーかーら、私は男じゃないってばっ」
「じゃあ何? ズボン履いてる女とでもいうの?」
その通りだ。
ミレーユを追いかけて中等部棟に来たら、間違って女子更衣室に入ってしまったらしい。
「……一緒に風呂でも入る?」
「いやよ! 変態!」
(めんど……)
「……脱げば信じてもらえる?」
「この露出狂!」
ダメそうだ。
早く戻らなければ、授業に遅れてしまう。このまま帰れば、変態という認識をされてしまう。
(どうすりゃいんだよ……)
「どうしたら変態じゃないってわかってもらえる?」
「変態はどうやっても変態なのよ!」
ここで脱げば女だということはわかってもらえるかもしれないが、露出狂になってしまう。
「……そうだ!」
令嬢の手を、自分の胸に押し当てる。ぱさりと服が床に落ち、令嬢の下着が明らかになった。
「なっ……何するのよ‼︎」
「いや、触れば私の豊満な胸が伝わるかな、と」
「豊満? どこが。やっぱり男じゃない」
ばっと手を離すと、バカにしたように鼻を鳴らして言う。
「女なら相当に貧相ね」
なんて失礼な女だ。人のデリケートなところをそんな風に言うなんて。
(まあ、自分の体じゃないんだけどね)
元の小6の体なら、まだまだ成長したはずだ。
「あのねぇ……」
そこで、昼休み終了の鐘がなる。もう、誤解を解くのは諦めるしかなさそうだ。
「……とにかく、そんな薄着で風邪ひかないようにね」
それだけ言って、クリステルは部屋を出た。
「何よ。変態のくせに……」
令嬢の呟く声が聞こえた気がする。
「高等部、中等部、初等部の各2名、計6名でグループを作って下さい」
アンドレ先生の声で、辺りがザワザワと騒がしくなる。どうやら、学校全体で仲を深める時間っぽい。
「クリス、一緒に組みましょ」
ベルナットに頷きながら、周りの様子を伺う。
ヴァランティーヌはクレマンと組むようだ。エリックは不満だろう。
(……エリック様は誰と組むんだ?)
ヴァランティーヌ以外、話しているのを見たことがない。
案の定、エリックは誰とも組まずに突っ立っていた。何名かの女子生徒がチラチラとエリックを見ているが、身分だけは高いせいか誰も声をかけない。
クリステルはヴァランティーヌのところに行くと、肘で小突く。
「ちょっとティナ様。エリック様と組んであげてくださいよ。友達いないんだから」
「そ、そうね……」
ヴァランティーヌは申し訳なさそうにクレマンを見る。
「クレマン様、他のお相手を──」
「いや、俺がエリックと組もう」
「え?」
思わず声を出してしまった。それでは困る。エリックはヴァランティーヌと組んでもらわないといけない。
「未来の弟だからな。親睦を深めなければ」
「いやいやいや、深めなくていいですから。違う相手を見つけてください」
「お前は関係ないだろう」
「ありますよ」
「なんだ? 俺と組みたいのか?」
「そういうんじゃなくて……」
結局、クレマンは反対を押し切ってエリックのところに行ってしまった。ヴァランティーヌは早々に違う令嬢と組んでいる。
「クリステル」
急に、エリックに呼び止められた。
「後で話しましょうね」
エリックが微笑んでいる。あのエリックが、微笑んでいる。後が怖い。
「はいはい、行くわよ」
ベルナットに連れられ離れたが、まだ体がぶるぶる震えていた。
「と、とりあえず、初等部はアドとジェレミーかな」
「ジェレミー?」
一瞬、ベルナットの顔が曇った。しかし、すぐにいつもの笑みに戻る。
「……って誰?」
「アドの……アドといつも一緒にいる奴」
そういえば、ジェレミーについて何も知らない。たぶんアドリアンの友達なんだろうが、苗字すら知らない。
「中等部は誰にしようか」
「まあ適当に……」
そうだ、ミレーユは中等部だ。なぜ男爵令嬢のふりをしているのか、そして、ヴァランティーヌを殺さないようにする手がかりになるかもしれない。
「よしっ、ミレーユにしよう」
「えっ……」
声をかけると、快く受けてもらえた。
「いいわよ」
相変わらず、態度がでかい。仮にも男爵令嬢のふりをしているのだから、この子爵令嬢に敬語でも使って欲しいところだ。
「ミレーユ、誰と組んでるの?」
「あの子よ、赤茶色の髪の。マチルドっていうの」
クリステルを変態呼ばわりした、あの令嬢だった。
「変態!」
第一声がこれだ。やめて欲しい。
しかも、かなりの音量。瞬く間に周りからあらぬ噂が広がっていく。
「クリステル・シャトランって変態だったのか?」
「あんな服を着ているんだ。きっと女好きの変態なんだろ」
ベルナットが肩を揺さぶりながら問いただしてくる。
「一体何をやったの、クリス!」
「女だって証明しようとしただけだよ」
すると、マチルドはすまし顔で「こんなのが女な訳ないじゃない」と言った。
「マチルドさん! 言って良いことと悪いことがあるのよ!」
苦笑するクリステルの代わりに、ベルナットが怒鳴る。気づくと辺りには誰もおらず、遠巻きにみられていた。
(……めんど)
「ミレーユ、行こう」
悪いが、そんなことをしている暇はない。
「クリスっ、どこ行くの⁉︎」
ベルナットに肩を掴まれる。
「アドを探そうと思って」
「私はあなたのために怒ってるのよ⁉︎」
(そうだろうね)
自分に不満を持っているのはわかる。だけど、それがなぜなのかがわからない。
クリステルは怒って欲しいと頼んだ訳ではないし、ベルナットが勝手にマチルドに不満を持っただけだ。この場にクリステルがいなくなったとしても、別にいいじゃないか。
──パチッ。
ジェレミーと目が合った。アドリアンの隣に立っている。いつも通りの無表情だったが、目がしきりに何かを訴えている。
(……何?)
続けてジェレミーは口をパクパクと動かし始める。何かを言ってほしいようにクリステルと自分の口を交互に指しているが、16年間机にかじりついていたクリステルの目では、口の形を読み取れない。
(鯉? ではないよな……)
その後も胸に手を当てたり色々なジェスチャーをしていたが、どれ1つとして理解できなかった。
「私はこんなに真剣なのに、あなたはよそ見をしてるの?」
ベルナットの声で我に返る。
もう一度、自分の置かれている状況を分析する。
女ではないと侮辱され、親友はそれに対して怒ってくれた。
つまり──
「怒ってくれてありがとう?」
ベルナットは「もういや」と言うと、踵を返してクリステルから離れていった。
「他の相手を探してちょうだい」
(これは、絶対……ダメなやつだ)
ベルナットが見えなくなると、ジェレミーたちが寄ってくる。
「一体何をやらかしたんだよ、クリス」
アドリアンにそう言われるが、クリステルが一番それを知りたい。
マチルドはしおらしく頭を下げる。顔を歪めて、なんとか絞り出すような声で「ごめんなさい」と言った。
「私があんなこと言ったから、ベルナットさんが……」
「うん、何してくれんのさ」
「それより、まずお前は反省しろ。何をかは知らないけど」
頷きながらも考える。
何がだめだったんだ。
ありがとうがだめだった? ごめんなさいと言わなければならなかった? そもそも誰を誘うか、ちゃんと話し合うべきだった?
わからない。
前世から、ずっとそうだ。
何度生まれ変わったところで変わらない。
──人の気持ちがわからない。
「大丈夫だと思うよ」
ジェレミーが、初めて口を開いた。口調も顔もいつもと変わらない。慰めようとしているのかすらわからない。
「あの人は、昔からああなんだ」
ベルナットが去っていった方向を見ながら、息を吐き出すように言う。
「たまに、ヒステリックになるんだ」
声色だけは、いつもよりもしんみりと、優しい気がした。
「でも、大丈夫。いつも、明日になったら何もなかったような顔をしてるし。クリステルさんには、ただの八つ当たりだよ、たぶん」
声は優しいのに、目が冷たい。見下すような、汚らわしいものを見るような、そんな目。
「──姉さんは、ずっと。ああなんだ」
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