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野蛮王子の誕生日プレゼント

「なんで、こいつが……」


エミールは、目の前のゆりかごですやすやと眠っている、赤子の首元にナイフを当てていた。


「くっ……」


どうしても、刺せない。

手が震える。

殺したいわけじゃない。でも、このまま生かしておけば、自分はもっといらなくなる。


「ストッープ!!」


振り返ると、金髪の女が立っていた。いや、ズボンを履いているし、女顔の男だ。


「何してんですか!?」

「……見ての通り、赤子を殺そうとしている」

「いや、この赤子第2王女ですからね!? あなたが殺されますよ!?」

「……お前が黙っていれば問題ない」

「ありまくりですよ!」


無理やりナイフを奪われ、手首を掴まれる。


「離せ」

「話すわけないじゃないですか! ご自分の妹でしょう!?」


高くよく通る声が、静かな部屋に響く。やっぱり、男装した女だ。


「あ、ご紹介が遅れました。私、今日から魔術の教師を担当します、クリステル・シャトランと申します」


(バカなのか?)


名を言えば、消される可能性もある。なのに、目の前の女は平然としていた。

 


「……俺なんかの家庭教師に選ばれて、災難だったな。どうせならオリヴィエにつきたかっただろ?」

「えっ、どうしたら10歳でこんなんになるんですか? うちの天使も2年前はこうだったんですかね!?」


不思議だ。家庭教師に選ばれるやつは、たいてい兄のオリヴィエの家庭教師候補から落ちたやつだ。

オリヴィエは文武両道、才色兼備。優しく気品があり、多くの人から好かれている。


「なんでこんなことしたんです?」


少しためらったが、口を開く。


「……王妃殿下とお会いしたことはあるか?」


クリステルは怪訝そうな顔をしながらも頷く。

 

本当の母親は王に夢中で、まともに会話をした覚えがない。

だからエミールは正妃ミシェルのことを、母親のように慕っていた。ミシェルも愛情は注いでくれた。

でも、エミールは第9王子。ミシェルは他の兄弟の相手もしなければならなかったし、特に自分の子であるクレマンとオリヴィエを特別愛していた。

なのに──。


「今日、王妃殿下も含め、家族全員がこいつのところに来たんだ」


ロマーヌ。

第2王女。

母も父も同じ。なのに、ミシェルや他の兄弟たちも、嬉しそうに笑っていた。

それはそうだ。息子は16人、娘は2人目。可愛くて仕方がないだろう。


「俺が話しかけても、みんな無視するのに……」

「嫉妬ですか?」


冗談でも煽りでもなく、事実確認のようにクリステルは言った。


「どうかなさいました?」

「……いや」


悪意はないのかもしれない。


「喋りすぎた」


立ち上がると、金貨を3枚、クリステルの手に握らせる。


「明日から来なくていいぞ」


それだけ言って、廊下に出た。


次の日。


「エミール様!」


その次の日。


「エミール様、今日はクッキーを持ってきましたよ!」


その次の日。その次の日も、クリステルは来ていた。

 

「心配しなくても、もう殺そうとはしない」

「そういう問題じゃないんですよ。私がエリック様に怒られるか、怒られないかの話なんです」

「は? とにかく出てけ」


また、追い払う。

それには理由があった。


「まあ、野蛮王子にまたあの子が声をかけているわ」

「可哀想に、脅されているのね」


エミールにはいい噂がない。一緒にいれば、クリステルにも危害が及ぶ。

原因は、第1王子クレマンと初めてあったときだった。


『あ、兄上、お目にかかれて光栄でございます……』


エミールが言ったのはそれだけだ。


──バシッ。


頬に走った鋭い痛み。

もとから、側室の子でも嫌っていたとは聞いていた。しかし、妾の子となると耐えられなかったのだろう。

その後、オリヴィエが走ってきた。


『オリヴィエ』

『兄上、どうなさったのですか?』

『いや、なんでもない。それより、服の裾が汚れているぞ』


クレマンに身だしなみを整えられたオリヴィエは、初めてうずくまっているエミールに気がついた。


『エミール! 大丈夫?』


こいつには、自分の痛みはわからない。

差し出された手を、振り払うだけのつもりだった。しかしあろうことか、頬に当たってしまった。

一瞬でオリヴィエは人に囲まれ、厳重に手当をされた。


『この野蛮王子!』


1人のメイドが、そう叫んだ。

そのメイドに、オリヴィエは近づくと、何かを話す。オリヴィエが離れた頃には、顔は青ざめ、膝はガクガク震えていた。


『エミール、大丈夫だよ』


優しい声だった。

だけど、それからは、クレマンも、ミシェルさえもエミールには会いに来てくれなかった。ただ、オリヴィエに毎年誕生日のプレゼントを送っていることは知っている。

妾の子であるオリヴィエは招かれていないが、毎月の夕食会でも、オリヴィエはミシェルたちと会っているのだろう。

(久しぶりにお会いしたいな)


「お誕生日おめでとうございまーす! エミール様!」


クリステルは、ケーキと小箱を差し出してくる。世話係のディミトリが拍手をしていた。

(わざわざ食堂で待たせたのはそのためか)

箱の中には、王家の紋章が刺繍されたハンカチが入っていた。


「……安物だな」

「悪かったですね。でもケーキは私の友人が手掛けた力作ですよ」


確かに美味しそうだ。これまでディミトリ以外、誕生日など祝ってくれたことがない。


「……」

「わかりましたよ」


はぁ、とため息を付くと、クリステルはエミールの顔の高さに合わせてしゃがみ込んだ。


「何が欲しいんですか? 金はないですよ」


ふと思いついたが、恥ずかしくなってもごもごと口ごもってしまう。クリステルはじっと目を見つめ返していた。しゃがみ切ることも立ち上がることもできず、膝がプルプルと震えている。


「──お前が欲しい」

 

クリステルは、数秒固まったあと、間抜けな声を漏らした。


「……へ?」

 

深呼吸をすると、はっきりと言う。


「結婚してくれ、クリステル」


クリステルはしゃがみ込むと、膝に頭をおいた。


「年下では嫌か?」

「うーん、2歳差。さほど大きくもないんだよな〜」

「お前、今いくつだ?」

「12……13じゃなくて16です」

「それなら6歳差だろ? どう計算したらそうなるんだ?」

「それは……」


今度は、クリステルが口籠る番だった。


「──エミール!」


大声で名前を呼ばれた。振り返ると、ドアの横にオランジェが立っている。

その姿を見たとき、部屋中の空気が変わった。

ディミトリは姿勢を正し深々とお辞儀をする。クリステルもひざまずき、「オリヴィエ第8王子殿下、お会いできて光栄でございます」と挨拶をした。


「オランジェ……」


ギロリとディミトリが睨んでくる。


「……様」


深々と頭を下げる。チラリと横目でディミトリを見ると、両手を上下にバタバタさせていた。

(深過ぎってこと?)

少しだけ、頭を上げる。まだディミトリが動きをやめないので、もう少しだけ上げる。

やっと手の動きが止まったかと思ったら、今度は口をぱくぱくと動かし始めた。


──え・が・お


なるべく口元を引き上げてみたが、うまく笑えている気がしない。元から愛想笑いは苦手だし、嫌いだ。

オリヴィエの顔色を伺うと、絶えずにこにこと愛想笑いを浮かべていた。相変わらずいい子ぶっている。


「御姿を拝謁でき、側室の身ながら光栄に存じます」


兄と言っても、同い年だ。数ヶ月ほどしか変わらない。


「エミール、僕も会えて嬉しいよ」


(ほっとけばいいのに。妾の子に会えて嬉しいはずないだろ)


「ところで、結婚とはどういうことだい?」


オリヴィエは、なんでも聞いてくる。

好きな食べ物、動物、色、令嬢の好みまで。監視してくる。

毎晩のように一緒に寝ないか、毎朝のように一緒に朝食を食べないかと言ってくる。仲の良い兄弟だと思わせたいのだろう。


こうなったら、オリヴィエは徹底的にクリステルを潰しに来る。なぜかはわからない。エミールの悪評が消えるのが気に入らないのだろう。お陰で、10歳になってもこの通り婚約者がいない。


「……関係ないでしょう?」

「そんなことない」


むぎゅっ、顔を胸元に押し付けられる。走ってきたようで、少し汗臭い。

(こいつも人間なんだな)

腕が邪魔で、クリステルとオリヴィエの会話が聞こえない。

話が終わったようで、エミールはオリヴィエに引きずられていく。意味がわからない。


「クリステル! 返事、待ってるからな!」


言い終わる前に、ハンカチで口を塞がれてしまった。

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