一世一代の大チャンスの裏
「クリステル・シャトラン。あなたを王国艶色官に任命します」
(絶対くだらないやつだ)
「国に艶やかな彩りを与える制作や活動をし、王妃様を楽しませるという王妃直属の機関でございます」
(めちゃくちゃくだらねぇ)
男装がバレて、ついさっきまでめちゃくちゃ怒られていた。
『王妃殿下の前で、なんたる無礼! 不届きものめ! 殺してやる!』
『え、思考回路が単純すぎない!?』
『騒がしいですね。名を述べなさい』
ブラックリストにでも載せられるかと思ったが、気づいたらこうなっていた。
「クリステル・シャトラン?」
「……えっ、あっ、はい!」
そうだ、私はクリステル・シャトランだった。慌てて顔を上げると、王妃はニヤリと悪役のような笑みを浮かべていた。
「もちろん、見返りなしとは言いません」
(退学を回避させてくれる!?)
チャンス、これはチャンスだ! と一人で盛り上がっていると、王妃がにこっと微笑んで口を開いた。
「第17王子との婚姻を──」
「あ、結構です」
反射的に断ってしまった。慌てて撤回しようと思ったが、何を言えばいいのかわからない。ただ、貼り付けた笑みを浮かべて焦る。
「さすがに一筋縄ではいきませんね」
意味がわからない。第17王子はそれほど性格が悪いのだろうか。
何もわかっていないクリステルに、クレマンが言う。
「私はそなたと同い年だ」
「そうでしょうね、同級生なんだから」
「私は王太子、つまり第一王子だ」
「はぁ」
「16歳」
(本当に何を言ってるんだ? 構って欲しいのか?)
「第17王子は存在しない」
クレマンの答えに唖然としていると、王妃がくすくすと少女のように笑った。
「いいえ、先日、医師が懐妊を報告しました」
「確かに男だったら第17王子ですが、王女かもしれないでしょう」
「そうね、息子は16人もいるし、娘のほうが嬉しいですね」
(確かに、一年に一回出産したとしてもそんなくらいか)
「和気あいあいと話しているところ申し訳ないんですけど、見返りは……」
「あなたとあなたの弟の分学費を支払うということでどうかしら」
ありがたいが、クリステルは今にも退学しそうなのだ。あまり意味がない。
「そして、1ヶ月に1個は活動案を出せなかったらクビです。それまで払った学費を返してもらいます」
クリステルが渋っていると、王妃は柔らかな笑みを浮かべた。
(そういえば、なんで私に弟がいることを知ってたんだろう)
「あなたの母親は、家庭教師をして学費を稼いでくださっているそうですね。自分で稼いだ金で自分の子を養う。素晴らしい考えです」
「はぁ」
「でも世界には、嘆かわしいことに女性は働くべきでない、という考えの人もいるのです」
「はぁ」
(クレマンは母親似だな。何が言いたいのかわからない)
「……雇わないように根回しすることも可能だということです」
(え、収入源がなくなるってこと?)
「受けてくれますか?」
クリステルは、わけがわからないまま頷くしかなかった。
「あと、クリステル、クレマンに交際を申し込んだそうですね。しかもそれをクレマンは受けた。婚約者がいるとわかってのこと?」
コウサイを申し込んだ? 交際って何? そんな疑問が浮かんでも、クリステルはただ笑って知っているふりをすることしか思いつかない。
「待ってください、母上。クリスは悪く……悪いですけど、責任は私にあります」
「婚約者でもない令嬢を愛称で、しかもこの場で言うなんて、礼儀をわきまえなさい。息子であろうとも、許しませんよ」
(小説にこんなシーンなかったよ! どうしよう)
「なぜ責任があるのか、理由を述べなさい。言い訳はいらないわ」
「その……」
クレマンは口ごもると、ちらりとクリステルを見た。
(私は助け舟を出してもらう専門であって、出すことはしないんだよ)
すると、クレマンはコソコソと王妃に耳打ちした。その途端、王妃がニヤけた顔になった気がしたが、すぐに扇子で隠された。
「今回のことは、まだ未熟だったということで大目に見ましょう。次はありませんよ」
王妃が席に座ると、緊張が溶けたように、みんな歩き出した。
「ちょっと、クレマン様! どういうことですか、クリステルとの交際を受けたって」
ヴァランティーヌは、クレマンの肩を掴んで揺さぶった。顔は今にも泣きそうなくらい歪んでいる。
「すまない、冗談だったんだ。クリスも言ってやってくれ」
残念ながら、クリステルにその余裕はない。
「クリステル、少し話しましょうか」
エリックが、無表情で言った。まあいつも無表情なのだが、いつものは関心がない、今回のはあふれる怒りを押し殺して、という感じだ。
(怖い)
クリステルの手首を掴むと、背を向けて歩き出す。骨がみしみしと音を立てている気がした。
(痛い)
「全く、どこから情報が漏れたんでしょうかね」
(怖い)
「あ、廊下のど真ん中で告白したからか〜」
口調と表情が合っていない。
(怖すぎる)
二度とエリックを怒らせたくない、と思ったクリステルだった。
クレマンは静かに母ミシェルに歩み寄った。
「母上、ご懐妊されたのはどなたですか?」
ミシェルはかすかに微笑むと、吐き出すように言った。
「サンドラです」
その微笑みは、だんだんと崩れていった。
「またあの妾ですか」
「妾なんて言うものではありません。ちゃんとした側室ですよ、サンドラは」
(サンドラは、ね)
「……最後にもう一つ。クリス……テルを雇ったのはなぜですか」
「あの子なら、国王を止められるかもしれないと思ったからです」
「親と子は違いますよ。間違えないでください」
それだけ言うと、一礼して踵を返した。
「クレマン」
呼び止められ、振り返る。本当は今すぐこの場を離れたかった。
「産まれた子に罪はありません」
ミシェルは言葉を切って、悲しそうな顔をする。胸がキュッと引き締まる気がした。
「あなたも、もう16歳。もう大目に見ることはできないのです」
ふぅ、と小さく息を吐きだすと、ミシェルは続けた。
「態度を改めなさい。二度とあの子のようにはさせません」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
【ヴァルシエール王国の裏事情〜静かな日々のその裏で〜】
で番外編を投稿しているので、よろしければご覧ください。




