王妃殿下、小6は疲れて限界です
「アレクサンドル卿、また新しい魔術を開発したそうですな」
「アレクサンドル様、この後の私との約束、お忘れではないですわよね?」
(知らねぇよ)
チラリと横を見ると、豪華な服を着た、気品溢れる女性が座っている。
『クリス、あれが王妃殿下、クレマン様の母君だよ』
王妃、と、子爵令息──のふりをした令嬢。失言でもしたら、もう……
(わくわくしすぎて鳥肌がたっちゃうよ……ははっ)
『そして、大層、暇していらっしゃる』
王妃は少しワインに口をつけると、小さく息を吐きだした。
『そこで僕はついさっき、王妃殿下を楽しませろって言われたんだけどね』
ウェイターがグラスにワインを注ぐ。その様子を、王妃はぼんやりと見ていた。
『僕とクリスが入れ替わっていたら、面白いとは思わないかね?』
ああ、我ながらなんと兄思いの優しい妹なのだろうか。
『失言でもしたら、簡単に首が飛ぶから気をつけてね』
今すぐ帰りたい。
『あっ、物理的にだよ☆』
ふざけんじゃないぞ愚兄が。
「うわあああ!」
突然の悲鳴が、その場の空気を一変させた。
(なに? ゴキブリ?)
「アレクサンドル卿!」
王妃が、突然声を上げた。
「この事件、解決してみなさい」
そう言った王妃の口元は、心なしか笑みが浮かんでいた。
(えっ、ゴキブリをつまみ出せってこと?)
叫び声がした方に行くと、クレマンが下がるようにと呼びかけていた。
「クレマン様、どうしました? Gですか?」
「クリス……いや、失礼した。名前を伺っても?」
「細かいことはお気になさらず」
クレマンの後ろには、男性が倒れていた。かなり年齢がいった、おじいさんだ。
素早く近寄ると、胸に耳を当てる。
(息は……してない?)
男の胸部分の服の飾りを取ると、両手を当てて強く押し始める。
「何をやっているんだ!」
「人工マッサージです! そんなことよりAEDを……」
「エーイーディー?」
そうだ、ここは乙女ゲームの世界。AEDなんてあるわけない。
(えーと、どうするんだっけ?)
学校で習ってけど、思い出せない。
(人工呼吸? 嫌だな)
というか、早急に体力が切れていた。
(嘘だろ、小6の時のほうが体力あったぞ!?)
勉強ばっかりしていると、体力が衰えるのだろうか。
「クレマン様、医者は!?」
「今向かっている!」
「ちょっと変わってください!」
クレマンが変わってくれたはいいものの、なかなか人工マッサージの意図が伝わらない。
「触るんじゃなくて、押すんです!」
「押したら骨が折れるだろ!」
「折れてもいいんです! 死にはしません!」
何を言っても伝わらない。
「もういいです! 私がやります!」
クレマン以外の人は寄ろうともしない。そんなの医者がやることだと思っているのだろう。
「誰か、治癒魔術が使えるものは!」
「はい!」
そう言って来てくれたのは、マノンだった。でも緊張しすぎているせいか、なかなか発動しない。
「──聖なる加護を受けるものよ、神の名のもとに失われし活力を呼び覚ませ」
光がチリっとついてはすぐに消える。マノンはもう泣きそうだった。
「手伝うわ」
力強くそう言ってくれたのは、ヴァランティーヌだった。
「人工マッサージをすればいいのよね?」
(そうだ、ティナ様も現代人なんだった)
「治癒魔術は使ってくれないんですか?」
「酒が回ると、魔術は使いづらくなるの」
(……不便)
「ヴァランティーヌ様、私も手伝います!」
「俺、初級ですが治癒魔法使えます!」
「私も!」
次々と、名乗り出るものが増えていく。あっという間に、ヴァランティーヌと倒れた男性は人で見えなくなった。
用なしになったクリステルは、ぶらぶらと人々の間を散歩していた。つかれた。眠い。帰りたい。
「アレクサンドル様!」
見知らぬメイドがスカートをたくし上げて走ってきた。
「王妃様が、“犯人を探せ”と」
(は? 今?)
クリステルはため息を飲み込んだ。
(……やるしかないか)
犯人は誰なのか。普通に考えれば、近くにいた人や飲み物や食べ物を持ってきた人。
「……」
又は、闇に潜んでいる暗殺者。それとも……
「エリック様〜!」
エリックは飛んできてくれなかった。残念。
〜完〜
というわけにはいかない。
(……どうしたものか)
「はぁ〜」
思ったより大きくため息なため息がでた。問題がありすぎる。頼みの綱だった妹も、変わり果ててしまった。
バルコニーに出ると、銀髪の青年が1人、待ち構えていた。
「アレック」
少年はそういうと、にっと笑った。
「……アーサー、待たせたね」
「やけにしおらしいな」
アーサーは怪訝そうな顔をすると、肩をすくめた。
「天才魔術師アレクサンドル様が、王妃殿下の前を離れていいのかよ?」
「大丈夫、替え玉を用意しておいた」
そう言って、アレクサンドルもにっと笑う。
2人はバルコニーの柵に寄りかかって、下のパーティーを眺めた。会場全体がよく見える。
シャンデリアの光に照らされ、アーサーの顔が不思議に煌めいていた。
「アーサー、あの──」
突然、アーサーが身を乗り出した。合わせたように口をぱくぱくと動かす。
「どうしたの?」
そのとき、掠れた声を振り絞ったような「うわあああ」という悲鳴が聞こえた。側で人が倒れているのが見える。
「あいつだ」
体勢を元に戻しながら、アーサーが言った。
「隣の女が、グラスに何かを入れていた」
会場に飛び降りようとするので、慌てて止める。
「じゃあ、転移魔法でも使ってくれよ」
「知ってるでしょ? 僕は水魔法しか使えない」
アレクサンドルが考えるよりも先に、アーサーが叫んだ。
「隣の緑のドレスの女が犯人だ! 捕まえろ!」
貴族たちは、逆に女から離れて逃げ道を作ってしまっている。
そのすきに、女は窓に向かって走り出した。今から降りて後ろを走って追いかけても、追いつけるみこみはうすそうだ。
会場に護衛は少なく、王妃から離れようとするものはいなかった。その中で、唯一王妃から離れた人物がいた。アレクサンドル──の格好をしたクリステルだ。
(遠い)
──間に合わない。
そのとき。
パチン。
空間に“足場”が生まれた。
「……は?」
誰かが呟く。
クリステルは、迷いなく踏み込んだ。
一歩。
二歩。
三歩。
空を、走る。
「速っ……!」
一瞬で距離を詰め──
そのまま、女を押さえつけた。
「……鮮やかだな」
アーサーが呟く。
アレクサンドルは、目を細めた。
──違う。
あれは、“元のクリステル”じゃない。
もっと異質で、
もっと賢くて、
もっと──面白い。
「……さて」
口元が、ゆっくりと歪む。
「本気で調べる価値があるな」
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