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男装してたら、怪しい奴に絡まれました

「クリス、舞踏会に行きなさい」


久々の三連休、早速面倒な予定が入ってしまった。


「ねえ、ナタリー」

「母親を名前呼びしない!」


キッと睨まれて顔を近づけられても、クリステルは、美人だな、ぐらいしか思わなかった。


「ヴァランティーヌ様の誕生会よ。いつ退学しても大丈夫なように、早く結婚相手を決めなくちゃ。来客にめぼしい人はいないけど、友人でも紹介してもらえるよう、媚を売っときなさいよ」


(闇が深ーい)

ナタリーは、ため息をついて頭を抑えた。困ってる感じも、顔がいいと色っぽく見える。


「ただえさえシャトラン家は悪評高いっていうのに、あなた、令嬢に殴りかかったそうじゃない」

「……」


結果的に殴ってない。いいじゃないか。まあ、レオの方は蹴り飛ばしたが。ガンを飛ばしたら震えて口をパクパクさせてたけど何も言わなかったから、てっきり公にされていないのだと思っていた。


最もだ。

ということで、ヴァランティーヌのお下がりのドレスで行くことになったのだが、困ったことがある。

(めちゃくちゃ悪役っぽいんだけど、この衣装!)

胸周りはレースで透け透け。黒地に目立つ真っ赤な薔薇の飾りは派手派手。背中は大きく開いていてスースーする。

一応、文句は言ったのだが、新しいドレスを買う余裕もなく、これで行くことになった。






「エリック様! ごきげんよう」

「今日もお美しいですわ、エリック様」

「ところで、婚約者を作られる気はないんですの?」


公爵家の嫡男であるエリックは、めちゃくちゃモテる。しかしエリックはシスコンなので、揺らぐことなく全て丁重にお断りをする。


「エリック様じゃないですか〜」


クリステルは、エリックの肩に手を回した。令嬢たちは戸惑った顔をしたが、エリックが背を向けると名残惜しそうに散っていった。


「クリステル……ですよね?」

「そうですよ」


エリックがそう訪ねたのには、理由があった。

華やかな令嬢たちの中で、一人だけズボンのスーツ姿。まあ、ここまではいつも通り。

問題は、()()しているということだった。

女性らしい体型はすべて隠し、声もなるべく下げている。


「なぜそんな姿を?」

「ドレスが嫌だったもので」

「その服、見覚えがあるような……」

「おっ、よくわかりましたね。エリック様が去年まで着てた服です」


2人は、会場の隅に退いた。

ウェイターが持ってきたグラスを取る。

(なんだろう、これ。ピンクっぽいし、桃ジュースとかかな)

聞いてみようと顔を上げると、エリックは頬を染めてホールの中央をぽーっと見つめていた。その目線の先では、シンプルな真紅のドレスを着たヴァランティーヌが、クレマンと笑い合っていた。

高校生は、結構大変そうだ。

(思春期ってやつ?)


「あ、あの」


目線を戻すと、薄水色の控えめなドレスを着た、可愛らしい令嬢が立っている。


「わ、(わたくし)、マノン・ルコントと申します」

「……こんばんは、ルコント嬢」


なるべく低い声で、クリステルは返した。マノンはもじもじしながら黙り込むと、チラッと上目遣いでこちらを見た。


「あの、お名前をお伺いしたいのですが……」

「あ、ああ、名前……」


クリステル、と言ったら女性なのがバレるだろうか。


「クリストフです」

「え?」

「え?」


エリックが、突然声を出した。


「クリストフ・シャトランです」


もう一度はっきりと言われたが、理解できなかった。


「海外に留学していた、あの天才魔術師」

「あ、ああ、あの……」


エリックがどんどん話を持っていく。マノンはいまいちピンときていないようだったが、そのことには触れなかった。恥ずかしそうに

「あの、なんとお呼びすれば……」


クリステルは爽やかな笑みを浮かべると、「どうぞクリスとお呼びください」と言った。マノンは頬を赤く染めたが、狙ったことである。


「調子乗って令嬢たちをたぶらかさないでくださいよ」

「嫌だな、そんなことしませんよ。全員に誠心誠意、向き合いますよ?」


呆れ顔をしているエリックをよそに、クリステル──クリストフは女の子に声をかけられる度に爽やかにたぶらかしていく。精神性。

 

女の子がやっと途切れた。手元のグラスにちょっと口をつける。変なブドウのような味がした。


「クリストフって、ポトフみたいですね」

「……気に入らないなら変えてください」


そのとき、ピトッと誰かにくっつかれる感触がした。すぅっと首をつたって手が伸びてくる。

ぞわっと鳥肌が立つ。できれば綺麗なお姉さんであってほしいのだが、感触的に違いそうだ。


「おかしいな」


(なにが)


「海外に留学している天才魔術師は、僕のはずなんだけどなぁ」


(ホンモノか)

ホンモノはクリステルの頬をツンツンすると、クリステルが手に持っていたグラスを傾けて中の飲み物を飲み干した。


「クリスはダメだよー、君お酒弱いからねー」


妙に甘ったるい喋り方。

振り返ると、知らない美女が立っていた。長い金髪は無造作に垂らされていて、青のような緑のような、不思議な瞳をしている。


「久しぶり。いや、はじめましてかな?」


耳元でささやかれた声は打って変わって低かった。

(男?)

そんなことを考えていると、エリックが頭を下げた。


「……シャトラン子爵令息、お久しぶりです」


公爵令息が子爵令息に頭を下げるのはどうかと思うが、エリック的には年上は敬うべきらしい。


「エリックじゃないですか〜。そんな堅苦しくしないで、気軽にアレクサンドルって呼んでくださいよ〜」

「見た目の割にゴツい名前ですね」

「クリス〜、お兄ちゃんにそんなこと言っちゃダメ!」


お兄ちゃん、男だったか。残念……ん?


「ちょっとちょっと。エリック様!」

「なんですか」

「兄がいるとか聞いてませんよ」

「それぐらい自力で調べてください」


アレクサンドルが2人の肩に腕を回し、「なになに〜なんの話〜?」と顔を近づけてくる。ナタリーとは対照的なヘラヘラした笑み。ゆるい感じで、これはこれでいい。


「エリック!」


ヴァランティーヌの声がかすかに聞こえた。その声をエリックは目ざとく拾い、満面の笑みで駆けていった。


「エリックは相変わらずだな〜」


その隙に、人混みに紛れて離れようとする。だけど、首根を掴まれてしまった。


「逃さないよ〜」


これはこれで怖い。


「そういえば、記憶喪失になったそうじゃない」

「……なったよ」

「勉強ついていけなくて退学しそう〜って感じぃ?」

「……そうだね」

「コネ作りをする気はな〜い?」


(宗教勧誘?)

急に、アレクサンドルが顔を近づけ、クリステルの耳元でささやいた。


「僕と取引をしよう。クリステルじゃない誰かさん」

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