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とりあえず、一発殴ってから話を聞こう

「クレマン様、好きです! 付き合ってください!」


クリステルは、告白していた。見せつけるように、人通りのある廊下で。ラブレターを両手で持ち、クレマンに差し出す。そのまま、頭を下げた。

 

「いいだろう」


クレマンの予想外の言葉に、クリステルは慌てて顔を上げた。クレマンが手からラブレターを取ろうとするので、何とか引っ張る。

 

先に言っておこう。決して、クリステルはクレマンに気があるわけではない。ただエリックから、クレマンが誰かと付き合えば姉さんはクレマンを諦めるかもしれない、ということで「交際を申し込んでこい」と言われたのだ。

(この世界である小説【転生悪役令嬢は愛されすぎて困ってます】の中でも、モブキャラが告って、『俺には婚約者がいるから』と断るシーン、あったんだよね)

 

「クレマン様にはヴァランティーヌ様という婚約者がいらっしゃるではありませんか!」


そう叫んだが、とうとうラブレターはクレマンの手に渡ってしまった。


「返してください!」

「なぜだ?」


クレマンは、ラブレターの封を取りながら言う。クリステルはたまらず叫んだ。


「──それ、白紙なんですよ!」


そう、どうせ読まずに押し返されるなら、書くだけ時間の無駄だ、と思ったのだ。口だけにする、という手もあったのだが、記憶ではこの手段だったので変えないほうがいいと思った。

 

クレマンが固まった隙に、ラブレターを取り返す。キョロキョロとあたりを見回すと、教室の中からエリックが、こちらを圧がある目で見ていた。

(しまった、こんなんならちゃんとラブレター書いてくればよかった)

前世で読んだ本の記憶がこれほどまでに当てにならないとは。結構ショックだ。


「ちょっと場所を変えて話しましょう!!」


ということで、図書室に行った。クレマンは図書室に来たのは初めてのようで、物珍しそうにあたりを見回していた。


「やあ、マヤ。相変わらず不機嫌そうだね」


マヤは、隈ができた目でじろっとこちらを見て、クレマンに気がつくと小さく会釈した。指定席は勉強以外で使いたくないので、いつもなら絶対いかない奥の方の席に座る。


「いきなりなんですけど。クレマン様、ティナ様のこと、嫌いなんですか?」

「いや、好きだよ」


クレマンは、にやにやと余裕そうな笑みを浮かべて言った。意味がわからない。


「じゃあ、なんで私と付き合うなんて言ったんですか」

「ちょっとティナにヤキモチを焼かせたくてな」


そう言うと、クレマンは大げさにため息をつくと、手を組んで顎をその上に乗せた。


「最近、ティナがフローラの話ばかりするのだ」

「そうなんですね……」


これは、チャンスかもしれない。というか、このまま引き下がれば、エリックが怖い。

(クレマン様と付き合って、ティナ様にエリック様の一途な心を見せれば……)

クリステルの頭に、珍しくまともな計画が立てられてきた。

(いや、私はあくまでエリック様に怒られなければいいんだから、付き合うことさえできれば、なんとかなる?)


「なのに、俺とは一切関わろうとしない。この前なんて、食事に呼び出されたらティナではなくフローラがいたんだ。楽しみにしてたのに」

「はぁ」


それはそうだろう。ヴァランティーヌの目的は、攻略対象者たちとヒロインをハッピーエンドにもっていくこと。そのハッピーな終わりには、自分の存在はないのだ。

ヴァランティーヌの寝室を見てみろ。きっと、追放されたとき用の衣服やら金やらが用意されているだろう。

(まあ、私が知ってるのはティナ様という主人公とその周りの運命だけ。追放されたら、ツテがなくなっちゃうから困るんだけどね)


「──それでな、幼い頃のティナは、確かに俺に言ったんだ。『わたくし、でんかのおよめさんになりますわ!』って。かわいいだろう?」


(あれ、ひょっとして、私、惚気られてる?)


これは、早急に対処しなければいけない問題だ。









「──で、クレマン様の惚気話から本題にもってくの、大変だったんですよ」

「そうですか。で、結果は?」


これだからエリックは。ここは、『はいはい、頑張りましたね』くらい言ってほしい。


「とりあえず、1ヶ月、偽の交際をするとこまでもってきましたよ」

「……そうですか。あなたにしては、よくやりま──」

「偉いでしょ!」

「調子に乗らないでください」


ふてくされてクリステルが黙り込むと、当然エリックも何も言わない。


「……」

「……」


沈黙。

 

「……何なんですか!? この沈黙!」

「とりあえず、なるべく姉さんに見つかる位置でデートしてください」


めんどくさい。そして、それを1ヶ月も続けて、この人は本当にそれ相応のことをしてくれるのだろうか。魔術の実践の時も、『考えがあります』とか言っていたのに、ヴァランティーヌが転んだだけでクリステルから離れてしまい、何もしてくれなかった。

 

「エリック様」

「何でしょうか」

「エリック様のせいで、私、いつ退学してもおかしくないんですよ」


口をとがらせて言うエリックは鼻で微かに笑うと「はぁ」となんとも言えない声を出した。


「それが実力なんじゃないですか?」


ムカつく。だけど、何も言い返せない。結論、めちゃくちゃムカつく。


「もういいですっ」


大声で言ってみたが、エリックは肩をすくめただけだった。

(コイツ、私の本当の姿──小6にも同じ事ができるのか?)

できるのなら、サイコパスと言うやつだろう。幼い子供をからかい、相手を怒らせて自分は余裕たっぷり。最低だ。


廊下に出ると、オレンジがかった茶髪の少年がいた。瞳は迷うことなくオレンジだった。この世界、何でもありだ。

(そう考えると、クリステルは意外と普通だよな)

向こうから、ピンクがかった髪で、瞳は濃いピンクの少女が走ってきた。

(せっかくなら、フローラみたいな紫の瞳とかがよかった……)


「レオ! 待った?」


少女が、人形のような美しい笑みをうかべて言った。

 

「……レオ?」


聞き覚えがある。

レオと呼ばれた少年は、にかっと嬉しそうに笑って手を振った。


「ミレーユ。いや、待ってないよ」

「そう、よかった」


ニコニコと笑いながら会話をするカップルを、クリステルは両手を使って引き裂きながら叫んだ。


「そうだ、あんたベルの婚約者の!」

「誰だよ、お前」


レオは、気持ち悪そうにクリステルの手を振り払うと、吐き捨てるように言った。でも、ミレーユは嬉しそうな顔をして、「知ってる!」と無邪気な声を上げた。


「高等部のクリステル・シャトランでしょ!」


おそらく、これがレオとよく一緒にいるという男爵令嬢だろう。ずいぶんと……なんていうか……ピンクだ。制服のリボンも、髪に付けてるリボンまで全部ピンク。


「……はじめまして」

「わー、生だー」


そう言うと、ミレーユは自分の胸に置かれているクリステルの手を取ると、ブンブンと上下に激しく振った。


「そうじゃなくて、私はレオに用があるの!」

「なんで見ず知らずのお前に、呼び捨てにされなきゃいけねぇんだよ。そして、なんで男装してんだ?」

「男装じゃない。ズボン履いてるだけ」


一旦息を吸うと、ミレーユの手を無理やり剥がす。


「婚約者ほったらかして別の女と何やってんだよ!」

「婚約者……ベルナットのことか」


レオは居心地悪そうに目を逸らすと、ミレーユの手を取った。ここまで言ってまだ他の女の手を取るとは。ベルナットが、レオと一緒に乗馬がしてみたい、と言っていたことを思い出すと、切なさで泣きそうになってきた。こんなクズの何がいいんだ。


「婚約に、縛られたくないんだ。ほっといてくれ」


(は? ふざけんなよ)

クリステルがレオの胸ぐらをつかむと、ミレーユは拳を握りしめながら、小さく呟いた。


「……悪く思わないで。お兄様のためなの。犠牲は必要なのよ」


(何知ったような口を聞いてるんだ?)

クリステルは、怒りに震えながらも考えた。

お兄様って誰? そもそも、彼女は何者……


(……ベルが犠牲になっていいわけないだろ)


クリステルはミレーユを殴ろうとしたが、レオに羽交い締めにされてしまった。

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