恋とか、意味わかんないです
「聞きまして? エリック様には魔術の才能もあったそうですわよ」
「もちろんですわ。学園中、その話で持ちきりですもの」
どこに行ってもエリック、エリック、エリック……もううんざりだ。
魔術の実践で魔術推薦を勝ち取ったのは、エリックだった。時間を巻き戻したのが効いたらしい。
辞退してくれることを期待したのだが、ヴァランティーヌが「すごいわ! エリックは天才ね」と言っただけで、エリックはその推薦を受けると言ってしまった。今からでも辞退してほしい。
(魔術推薦は最高で10枠。いけるかなぁ)
「クリステル・シャトランはどこ!?」
廊下の向こうから、大勢の令嬢の声が聞こえる。クリステルが抱える、もう1つの問題。なぜか、めちゃくちゃ令嬢たちから恨まれていること。エリックに膝枕されたのがだめだったらしい。
クリステルは窓から身を乗り出して、下に誰もいないことを確認した。そのまま窓枠に足をかけて、宙へ飛び出す。体がふわっと浮くと、真っ逆さまに落ちていった。
ちなみにここは3階だ。
窓辺で令嬢たちが騒いでいるのを見ながら、クリステルは手をパチンと弾いた。一瞬で、校庭まで続く透明な階段ができる。
空気中の水を集めて、無属性で重力に逆らい、それを風で支える。自分でもどういう原理かはよくわからない。逃げ回っているうちになんかできた。
(まあ、指を鳴らさなくてもできるんだけどね)
そこんとこは気分だ。
そして、この階段は体重をかけると1秒ともたない。万能とは程遠いが、便利ではある。
自作の階段を駆け下りながら、今度、エリックに転移の仕方を教えてもらおう、などと考えていると、1階の廊下にベルナットの姿が見えた。クリステルが方向を変えると、それに伴って階段も作り変えられていく。
「ベルー!」
ベルナットはキョロキョロとあたりを見回した。焦げ茶色の髪についた、らしくもない薄ピンクのリボンが揺れる。
(早く行って驚かせよう。いや、窓に近づけば、流石に気づかれるか?)
そのとき──
世界から色が消えた。段々と、色だけではなく形や動きまでもがぐにゃぐにゃとわからなくなっていく。
次の瞬間、クリステルはベルナットの前に立っていた。足は落っこちてきたときのような衝撃で、ビリビリと震えている。
「クリ……ス? いつからいたの……」
廊下の人全員がこちらを見ている。クリステル自身も、何が起こったのかわからない。
「……テッテレー!」
適当にそう言ってみると、全員呆れ顔をして足を進めだした。ただ、ベルナットだけは真剣な顔をして、じっとクリステルを見つめている。
「今の……転移?」
「えっ」
「転移魔法を詠唱も魔法陣もなしで? ありえないわ」
ため息をつくと、ベルナットは弱々しく微笑んだ。
「でも、良かったわね。無詠唱で転移魔法を使えたら、魔術推薦は間違いなしで取れるわ」
クリステルは教室に向かうベルナットについて行きながら、教室に転移しようと試みた。だけど、何も起こらなかった。
(まずいな)
「……それより、ベル。なんか元気ないね。どうしたの?」
クリステルの言葉に、ベルナットは肩をビクリと震わせた。そのままカチコチと、「ソンナコトナイワ」と言った。ベルナットが自分相手に緊張するなんて、どれだけ辛いことがあったんだ、と冷や汗が垂れる。
「レオが、令嬢と楽しそうに話してたの」
「そうなんだ」
(……誰?)
「私とは半年くらい話してないのに……」
「酷いね」
(本当に誰?)
「久しぶりに声かけられて──」
ベルナットは呼吸しているのかを疑うほどに早口で喋りだした。クリステルはそのたびに適当な相槌を打ったが、レオが誰かは全くわからなかった。
数少ない情報は、どうやらベルナットは彼のことが好きらしい、ということだ。それで、自分のことは避けるのに、他の令嬢と楽しそうにしているのが許せないらしい。
(意味わかんない。邪魔してでも無理やり話せばいいのに)
でも、あまりにもベルナットが苦しそうだったので、さすがのクリステルも何も言えなかった。
「──私は婚約者なのに──」
「は? 婚約者がいんのにそんなことしてたの? 他の令嬢と同じ馬に乗って毎日登校して? しかも相手はいつも同じ男爵令嬢で?その令嬢と毎回お昼食べて休日は遊びに行って? ベルの誕生日も忘れて?」
クリステルは、とりあえずそのレオとかいうやつを殴りに行こうと思った。ベルナットが必死にしがみついてくる。
「いいの! ただの独り言、あなたは忘れてくれていいのよ!」
しかし、そんなこと聞いて忘れられるわけがない。
「じゃあ、何がしたいのさ」
投げやりに言うと、ベルナットはブツブツと顔を真っ赤にしながら呟いた。
「何?」
「……その、私も一緒に乗馬でもしたいなって……」
クリステルのは、到底理解できない願いだった。
(私だったら無理やり引き剥がすか、慰謝料をたんまり請求するのに)
謎だ。謎すぎる。
「そ、それはそうとクリス。勉強はしなくてもいいの? 魔術推薦である程度は大目に見てくれるとはいえ、いつか困るわよ」
たしかにその通りだ。
クリステルはベルナットと別れると、図書室に向かった。図書室では、一人の司書がカウンターの中で、鬼のような顔をして紙に何やら書いていた。クリステルは気にせず、カウンターに肘を置いた。
「やっほーマヤ。調子どう?」
「最悪よ」
「見たとおりだね。で、預かってもらってた教材はどこにあるかな?」
マヤは、無言でカウンターの下を指した。いつもここで勉強するので、持ってくるのも面倒だし、預かってもらっているのだ。
カウンターの裏に回って教材を取ると、お決まりの指定席に座る。図書室には、マヤとクリステル以外、誰もいない。
「クリステル、話があります」
上から冷ややかエリックの声がした。クリステルは、ばっと勢いよく顔を上げると、喋りだす。
「エリック様、聞いて下さい! ベルが──」
クリステルは、ベルナットが言っていた事を話した。
「──って。本当に意味わかんないです」
「クリステルには一生わからないでしょうね」
エリックの蔑むような言葉にカチンと来て、クリステルは口をとがらせた。
「じゃあ、エリック様はわかるんですか」
「全てではありませんが、わかりますよ」
「説明してくださいよ」
「そうですね……」
エリックは「あなたにわかるように説明するのは難しいですね」とか言って、少し黙った。
「……自分の幸せと、相手の幸せが両立できないのなら、相手の幸せを優先したい、ということです」
「えー、私だったら絶対自分を優先しますよ」
「あなたならそうですね。でも、これが恋というものではないでしょうか」
よくわからない。でもそれが恋だというのなら、それ以上何も言えなかった。
「さて、本題ですが」
(ほんっと一言余計だな)
「最近、僕の恋路を手伝うこと、サボってますよね?」
更新までお待たせしてしまい、申し訳ありません。
それでも読み続けてくださる皆様、本当にありがとうございます!
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これからも頑張って投稿していきますので、どうぞよろしくお願います。




