第三十三章 風間医院の奥底(第二話)
「梅ちゃん、この人は榊清志郎さんといってね、これから先生のお仕事を手伝ってもらうかもしれないんだ」
風間が穏やかに言うと、梅は清志郎をじっと見つめたまま、人形を胸にぎゅっと抱き寄せた。
新太が梅に近づくと、梅も自ら新太にピタッとくっついた。
「梅、大丈夫だ。先生の仰るとおりだよ。ほら、清志郎、梅が怖がってんじゃねぇか。こっち来て、なんか言えよ」
「あ、ああ……」
警戒心の滲む赤い目が、まだ、清志郎のことをじっと見つめていた。
清志郎は、いったん目を伏せ、なるべくゆっくりと梅に近づいた。
すると、梅はびくりと立ち上がり、後ずさった。
「梅!」
新太もすぐさま立ち上がり、梅の肩を抱く。
「あ、ご、ごめん。知らないおじさんだもんな、そりゃあ、怖いよなぁ」
清志郎は苦笑いをして謝った。
清志郎は、努めて穏やかな顔をつくりながら、彼女の前に膝をついた。
「俺の名は榊清志郎。清志郎でも清ちゃんでも、好きなように呼んでくれ」
梅はキョトンとした後、清志郎から初めて視線を外し、困ったように新太の顔を見た。
「……し、しんたにぃ、どうしよ……」
「どうしよって……お前の好きに呼んでいいって言ってんだからよ。せっかくだから、お前が決めろよ。清にぃとかでもいいんだぞ」
梅は心底、困ったように下を向いた。
(まずった……かな?)
沈黙する梅に、清志郎は対応を間違えたかと内心でヒヤヒヤする。
そこへ新太が、助け舟を出してくれた。
「梅、そんな悩むことじゃねぇだろ? どんな呼び方しても、あいつは怒らねぇよ」
「……んー。じゃ、じゃあ……」
梅は、モジモジしながらも、清志郎の呼び方を決めたようだ。
清志郎の顔を恥ずかしそうに見て、ゆっくりとその名を口にした。
「せーしろー」
なんだか、新太が清志郎を呼ぶときの、そのままの呼び方だ。
(さては梅ちゃん、新太の真似をしたな)
清志郎は微笑ましく思い、自然と笑顔が零れた。
その瞬間、梅の警戒が薄くなったのを、清志郎は感じた。
「ありがとう、梅ちゃん。俺の名を呼んでくれて。お友達になってくれる?」
「……せ、せーしろーは、うめと、おともだちになりたいの?」
「ああ。梅ちゃんとお話したり、遊んだりしたいし、仲良くなりたいからさ」
「ふーん。しんたにぃみたいに、よる、おそとであそんでくれるの?」
「え?」
清志郎は理解が追いつかず、固まってしまった。
そんな清志郎を見てか、風間がすぐに説明してくれた。
「梅ちゃんの肌や目は、日光に弱いんですよ。日光を浴びると、皮膚がただれてしまったりするんです」
「あ、それで雨戸を」
風間の話を聞いて、昼間から部屋を暗くしている理由にようやく合点がいった。
「新太にぃは、よく遊んでくれるのかい?」
「お、おひさまがしずんで、くらくなるとね、おにわにつれていってくれるの」
「ああ、あの花がたくさん咲いてる……」
ふと、澄と、いや澄斬姫との思い出が蘇る。
あの場所で、自分は彼女に恋をしていると自覚したのだ。
また、胸の奥がチクリと傷んだが、今ここで顔に出せるわけもない。
「せーしろーも……おにわ、いったこと、あるの?」
「あるよ。俺もあそこ、好きだよ」
「ふぅん」
会話が途切れそうになったので、何かないかと必死にネタを探す。
「えぇっと……そのお人形さん、とても可愛いね。名前とかつけてるのかい?」
「さくらっていうの。すみねぇがくれた」
「……すみねぇ?」
清志郎は、思わず聞き返した。
(すみねぇって、まさか……)
「すみねぇはね、きれいなおねえさんでね、やさしーの」
「そ、そうなんだ。すみねぇのこと、好き?」
「うん、すき。あそんでくれるし、おかしもくれるよ」
「……よく来てくれるの?」
「ううん。たまに。だから、さみしいっていったの。しんたにぃも、ずっといてくれないし」
梅は、ちょっぴり不満げに新太の方を見ながら言った。
「お、おい、梅。仕方ねぇだろう。俺も忙しいんだよ。お前の他にも患者はいるんだよ。いつも言ってんだろ」
恐らくそれは本当のことだろう。
新太は彼なりに、梅との時間を作るのに、頑張っているに違いない。
でも、梅は幼い子供だ。
忙しいの意味は、わからないだろう。
さらに不貞腐れた顔に変わった。
「もしかして梅ちゃんは、寂しいから、いつもその……桜ちゃんを抱っこしてるのか?」
清志郎が聞くと、梅の表情が変わった。
「うん、そう。ひとりのときは、さくらとあそびなさいって、すみねぇがいうから」
「そうか。お話できなくても、桜ちゃんがいれば、ひとりぼっちじゃないもんな」
(あいつ……それも芝居なのか? でも、こんな幼い子にまで芝居する必要は……)
「うん。もらってから、ずっといっしょだよ。ねるときも」
「そうか。よかったな」
「せーしろーも、すみねぇみたいに、ときどきくるの?」
「ああ、これから多分そうなる。よろしくな、梅ちゃん」
「うん。じゃあ、せーしろー、なにかおって」
「ん?」
梅は、ちゃぶ台に置いている、折り紙に手を伸ばそうとした。
(折り紙……この薄暗い部屋で? 見えるのか?)
清志郎に疑問が宿ったとき、風間がさり気なく割って入った。
「梅ちゃん、せっかくだけど、榊さんには他の患者さんたちにも、会ってもらいたいんだ。だから、今日はここまでね」
「えー、せーしろー、もうかえるの? ぜんぜん、あそんでないよ」
「ご、ごめんね、梅ちゃん。俺も残念だよ、また今度、遊ぼう。また、梅ちゃんに会えるの楽しみにしてるからさ」
「う……」
梅が、また不貞腐れ始めたので、風間は梅の白い髪をそっと撫でて、ご機嫌をとる。
「また、後で先生も様子を見に来るし、今日は雨も降らないだろうから、夜は新太にぃが、お庭に連れて行ってくれるよ。今日はお月様が綺麗に見えるんじゃないかな」
「ほんと?」
「ああ、今日は新しい種を植えようぜ」
「わかった」
梅の機嫌が直ったところで、一同、梅の部屋から出ることにした。
「じゃあな、梅ちゃん」
「またね、せーしろー。こんどは、うめとあそぶんだよ」
「ははっ、わかった。わかったよ」
梅と遊ぶ約束をして、清志郎は静かに戸を閉めた。
「驚かれましたか、榊殿」
「ええ……まぁ……」
「患者の詳しい症状や、生い立ちについては、また、改めてお話しますよ。次の患者は男性です。穏やかな方ですよ」
そう言うと、風間は次の部屋の引き戸に手を掛けた。
〇●.•* 大事なお知らせ *•.●〇
現在、Notionで設定資料ページを作成中です!
長編になってきたので、登場人物・時系列・裏話などをまとめた「読者向け補足ページ」を作ろうと思い立ちました。
Notion初挑戦なので、ただいま絶賛悪戦苦闘中です(;^ω^)
その分、しばらく執筆ペースが落ちてしまいますが、連載が止まることはありません!
引き続き読んでいただけると嬉しいです。
ページは完成を待たず、「ここはまだ工事中!」な状態で公開していく予定です。
小説と見比べながら楽しんでもらえたら嬉しいな、と思っています。
公開できる状態になったら、あらためてご紹介します。お楽しみに!
引き続きよろしくお願いします。
それと、いつも本当にありがとうございます。




