第三十三章 風間医院の奥底(第一話)
清志郎を救ったのは自分ではなく、澄斬姫だ――。
それを平然と明かし、なお余裕の笑みを浮かべている風間の心中を、清志郎には推し量ることができなかった。
わざわざ自分の価値を、下げにいっているようなものだ。
(澄の正体を知ってしまった俺には、仕事は振れぬということか? これまでも、自分の技量だけではどうにもならなかった患者は、澄斬姫の神の力を借りて、治してきたんだろうしな)
それにしても、何かひっかかる。
澄には秘密にしてくれという清志郎の願いを、風間は何の不都合もないというように、あっさりと聞き入れた。
むしろ、歓迎だといわんばかりに。
澄斬姫が治すというのなら、その行為は矛盾する。
両手を握りしめて、考え込んでいる清志郎に、風間は口火を切る。
「私の腕が信用ならなくなったのでしょう、榊殿」
「滅相もございませんと言いたいところですが、正直、風間先生の仰るとおりですよ。道善先生を治していただけないのであれば、仕事を受ける意味がありませんからね」
清志郎の言い分を聞いて、新太は不満なのか、すかさず割って入る。
「おい、清志郎! 先生の腕は確かだって言っただろ!」
「新太、およしなさい。榊殿の言い分はごもっともですよ」
風間に窘められ、新太は渋々黙った。
「それに、風間先生には道善先生の容態を一度も診ていただいたことがない。本当に治せるのかどうか……」
「確かに、私は道善先生にお会いしたことはございません。しかし、彼女は何度も彼の様子を見に行っていたようですよ」
「す、澄斬姫が!」
「お気付きになりませんでしたか。まぁ、仕方のないことです。相手は神なのですから。護符の結界のせいで、近くにいても手を出せず、悔しがっていましたよ」
(なんてこった! 蒼耀様のときもそうだが、俺は神の気配にまったく気付けてなかったのか! 一体、何回、家に侵入されたんだ。護符がなければ、先生はとっくの昔に殺られていたってことか!)
「なぜか女神様は、寄合衆の中でも、特に道善先生には執着されておりましてね。聞いてもいないのに、事細かに教えてくれるんですよ。こちらとしては、ただの愚痴を聞かされているようなものですがね」
「本当だぞ、清志郎」
先ほどまで黙っていた新太が、身を乗り出すようにして言った。
「澄斬姫は、道善先生を他の村人よりも、心底恨んでいたぞ。なのに、お前のことは助けろという。こっちとしては、意味がわからないぜ」
「何か、お心当たりはございませんか?」
「……い、いえ、特に」
蒼耀の神器を使わせる気だとは言えなかった。
「それで……澄斬姫は、道善先生のことを何と言っていたのですか?」
「ふむ。言ってしまってよいのかな? 要点だけ、お話しましょう。彼女はよくこう言っていました。『その心臓の病も、滋養を取り、上手く付き合っていけば、あと十数年はもつというのに、自分の娘の番となったらすっかり萎れてしまいおって。情けなきことよ。だが、病で逝かれては耐えられぬ。私の手で仇を討ちたかった』とね」
「か、仇……? どういうことですか、それは?」
新太が腕を組みながら推測を口にする。
「詳しくは、どんなに聞いても教えてくれなかったよ。でも、清志郎のお師匠、澄斬姫の大事な人を斬っちまったんじゃねぇの?」
(まさか、先生は澄斬姫の眷属を斬り殺したことでもあるのか?)
「榊殿、澄斬姫の話からすると、彼の心臓は本来限界などではない。彼の体を蝕んでいるものは、間違いなく、心の病ですよ」
「……その心の病を、先生は治せるのですか?」
「それは、ちょっとわかりませんね。でも、心臓の方なら……私なら、治せると思いますよ。万が一、治らなかったら、お代は全てお返ししましょう」
「……」
清志郎はすぐに返事ができなかった。
藁にもすがりたい思いであることに変わりはないが、澄斬姫が絡んでいる。
風間という男を、どこまで信用していいのか、測りかねた。
「まだ、迷っていらっしゃるようですな。仕方ない、百聞は一見に如かずというからな……」
「せ、先生! よろしいのですか?」
「私の仕事を受けるようになれば、顔を合わせるようなこともあるだろう。これも榊殿に、信頼してもらうためだと思わなきゃね」
「……は、はい」
やはり風間には逆らえないのか、新太は渋々といった様子で承諾した。
「よし、では、風間医院を隅から隅まで、ご案内しますよ。榊殿」
「よろしいので? 私が見たことを外へ漏らさないとは限りませんよ」
新太の反応を気にして、清志郎が訊ねると、風間は余裕の笑みで返してきた。
「そのときは、澄斬姫にご相談しますので」
清志郎は苦虫を嚙み潰したような顔で、溜息をついた。
◇
風間に続いて、清志郎と新太は廊下を進んだ。
新太は少しだけ浮かない顔をしている。
清志郎はそれをチラリと見やった。
(変な奴。風間の腕はひけらかす癖に、その成果を見られるのは気に食わんとでも? 矛盾してねぇか?)
入院していたときの清志郎の病室は、診察室に近かった。
だが、今は黒川の死体を見た部屋より、更に奥へ奥へと進んでいる。
風間が自分に仕事を持ちかけたときにした会話の内容を改めて思い出す。
――――
「どのような仕事ですか? ……十両の仕事となれば、危険は承知の上です。ですが、人の道に外れるようなことではないでしょうね?」
「そちらの心配はいりませんよ。危険ではありますが、人助けのようなものです」
「人助け?」
「ええ。世の中には病や特異体質で、周りから迫害を受けている人たちがいるんですよ。その人たちを私の元に連れてきて欲しい。中には拘束されている者もいましてね。なかなか厄介な場合もあります。だから危険と申したのです。もちろん、榊殿一人に任せるとは言いませんよ」
「……先生はその人たちをどうなさるのですか?」
「病を治す代わりに、研究対象になっていただくこともあります。医療の発展のためですよ。榊殿の傷が早く治ったのも、傷口の回復が異常に早い方に、私の研究へご協力いただいた結果なのです」
――――
(つまり、今から案内されるところには、そういった人目につきたくない患者がいるってことだよな。新太が心配しているのはなんだ? 自分で言うのもなんだが、俺は三人斬り殺して、化け物のようになった黒川の凄惨な死体も見てきたんだぞ。何を見ても今更、腰を抜かしたり、吐いたりしねぇよ……)
心中で強がりを言いながらも、悪夢に魘された自分を思い出す。
(……治療中の患者なんだろ? 大丈夫だって)
少しだけ手に汗をかきながら、落ち着けと言わんばかりに自分に言い聞かせる。
ふと、風間が立ち止まる。
これまでとは雰囲気の違う、分厚い扉が侵入者を阻むかのように、清志郎の目の前に現れた。
「ここから先は、特別な患者のための病室になります。榊殿、彼らを刺激しないようにしてくださいね」
「しょ、承知しました。驚かせたり、危害を加えたりなどしません。ご安心を」
風間が扉を開くと、薄暗い廊下とその両横に並ぶ、彼らの病室であろう部屋が現れた。
「まずは、こちらの部屋の患者からご紹介しましょう」
引き戸を風間が軽く叩いて、声を掛ける。
「梅ちゃん、起きてる?」
風間にしては、優しい声音だ。
「うん、おきてるよ」
中から幼い女の子の声がする。
(お、女の子?)
清志郎は不意をつかれたように驚いた。
「ちょっといいかな? 先生のお友達でね、紹介したい人がいるんだ」
「せんせぇのおともだち?」
「そう。いい人だよ。梅ちゃんを傷つけたりなんてしないから」
少し間があった。
「……わかった。いいよ」
風間が静かに引き戸を開けると、昼間だというのに、部屋の中は薄暗かった。
雨戸が閉められているのだ。
僅かに開いた雨戸の隙間から差し込む細い光の筋だけが、部屋の暗がりをうっすらと照らしている。
(なんで、昼間から雨戸を?)
目が慣れるまでの間、清志郎は戸口に立ったまま、じっと部屋の奥を見つめた。
部屋の隅に、布団が敷いてある。
そこに、小さな人影があった。
手には人形らしきものを持って、座っている。
光の筋が、その子の横顔をかすかに照らした瞬間、清志郎は息を呑んだ。
白い。
髪が、白い。
肌も、白い。
まるで、雪を人の形に固めたような子供だった。
人形を持った細い手も、髪だけでなく眉毛や睫毛、薄い唇も、何もかもが白い。
清志郎を取り残し、風間と新太が病室に入る。
残された清志郎の視線を感じたのだろう。
その子も清志郎に恐る恐る視線をやった。
そのとき――清志郎は部屋に差し込む光に照らされて、赤い目が闇の中できらりと光るのを見た。
〇●.•* 大事なお知らせ *•.●〇
現在、Notionで設定資料ページを作成中です!
長編になってきたので、登場人物・時系列・裏話などをまとめた「読者向け補足ページ」を作ろうと思い立ちました。
Notion初挑戦なので、ただいま絶賛悪戦苦闘中です(;^ω^)
その分、しばらく執筆ペースが落ちてしまいますが、連載が止まることはありません!
引き続き読んでいただけると嬉しいです。
ページは完成を待たず、「ここはまだ工事中!」な状態で公開していく予定です。
小説と見比べながら楽しんでもらえたら嬉しいな、と思っています。
公開できる状態になったら、あらためてご紹介します。お楽しみに!
引き続きよろしくお願いします。
それと、いつも本当にありがとうございます。




