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澄斬姫 ―神殺しの男に背負わされた、復讐の妖刀―  作者: 白杜深月
第一部

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第三十二章 偽りだった平穏(第三話)

「ほら、もうすぐ着くぞ、清志郎」


「最後のこの坂さえなければ、割と平坦な道のりだな」


その最後の坂道は、知らなければ通り過ぎてしまいそうな場所にあった。


(聞かされていたとおり、ちょうど半刻ってところか。……巳山はなぜ俺に禁足地を通らせた? 確かに、あちらの方が近道ではあるが……)


「澄斬姫の連中がきていないか、確認してくるから、そこで待ってろ」


「わかったよ」


そう言い残し、新太の姿は風間医院の敷地内に消えていった。

清志郎はというと、近くの薮に身を潜めていた。

風間医院での、澄との思い出が頭をよぎる。



『清志郎さん』



優しい澄の声と、体温――。


(あれが全て嘘、いや芝居だったなんて。女神様は残酷だよな。俺の純情を返してくれよ。あんなに悩んだのが、馬鹿みてぇじゃねぇか。恥ずかしいったらありゃしねぇ……あぁ、もう考えるな!)


いたたまれない。

あのときの、澄に心底惚れていた自分を思い出すと、恥ずかしさと情けなさで一杯になる。

知らないうちに、薮の中をぐるぐると歩き回っていた。


(けど、なんでまた、あそこまで凝った芝居をしなきゃならなかったんだ? 澄斬姫にとって、俺は弟を殺した憎き仇だ。芝居とはいえ、俺に触れたりするのに、よく耐えられたな)


澄斬姫の心情を深く探ろうとしていた、そのときだった。

待ちかねた、新太の声がした。


「出てこい、清志郎。大丈夫だ」


薮から出てきた清志郎は、軽く身なりを整え直し、風間に会うべく、新太について行った。



新太に案内され、清志郎は診療所の中へ入った。

以前と変わらない匂い。

薬草と、消毒液の混ざった独特の匂いが、診察室から漏れ出ていた。


新太は診察室を通り過ぎ、更に奥の部屋へ行く。

豪華な絵柄の襖の前で、新太は足を止めた。


「先生、清志郎を連れて来ました」


「榊殿、ようやくいらっしゃいましたか。どうぞ、中へお入りください」


風間の声だ。

清志郎が中に入ると、風間の趣味だろうか。

高そうではあるが、華美すぎず品のある調度品が所々に並べられており、水墨画の掛け軸が飾られていた。


(客間か? ここは、初めてだな)


「風間先生、ご無沙汰しております。突然訪ねた非礼、お許しください」


「それを言ったら、こちらも新太を盗みに入らせたのですから、なんとお詫びしてよいか。ああ、新太、榊殿にお茶を」


「はい、お待ちください」


そう言って、新太は部屋を出た。


(相変わらず、風間先生の言うことだと素直に聞くんだな。俺のことは舐め腐ってるくせに)


新太の、自分に対する態度とは別人のような振る舞いに、清志郎は内心で舌打ちした。


「榊殿、新太から聞きましたよ。澄斬姫のことを知ってしまったそうですね」


風間は無駄というものが嫌いなのだろうか。

世間話をするわけでもなく、いきなり核心を突いてくる。


「……はい」


「想定外でした。少なくとも道善先生がご在命の間は、村の者が貴方に教えるとは思っていませんでした」


(風間先生は、寄合衆のことも知っていたのか。道善先生が亡くなれば、その代わりに俺が入ることになると、そこまで……)


「よくご存知なのですね。長年、村に住んでいた私でさえも知らなかったのに」


「榊殿、私たちを恨んでいますか?」


「随分と単刀直入に、お聞きになるのですね。正直、いい気分ではありませんよ。でも、命を繋いでもらったのは事実です。それには感謝しています。ですから、恨んではいませんが、信用するのは難しいといったところでしょうか」


「……なるほど。それはごもっともだ。ところで、本日は私に何を聞きたくてお越しになったのです? 信用できない私の仕事を受けにきたわけではないでしょう」


新太が戻ってきて、清志郎と風間にお茶を差し出すと、そのまま自分も風間の横に座った。


「傷のこと? それとも、私たちと澄斬姫との関係ですか?」


「どちらも、お伺いしたいですね。護符を盗もうとするくらいだ。澄斬姫の連中と一枚岩ではないのでしょう?」


風間は、お茶を一口飲み、話し始めた。


「これまでは、ある事情でお互い利用し合ってきました」


「これまでは? 千凪村に関することですか?」


「申し訳ありませんが、口止めされておりまして……」


(村のことではないと、否定はしないんだな)


「私たちは、澄斬姫に協力する代わりに、この医院を構えることができました」


「先程、新太にも聞いたのですが、私の傷を治したのは先生ですか? それとも……」


「澄斬姫ですよ」


「……やはり」


「先生! 先生だってご尽力なさったではないですか!」


新太は声を荒らげて反論した。


「彼女のしたことに比べたら、私のしたことなど取るに足らないよ。なんせ、榊殿の心臓は止まっていたのですから」


「えっ! 心臓が止まっ……」


「私が貴方に蘇生法を施している間、彼女は貴方の近くでずっと何か呪文のようなものを唱えていました。後で思ったんですがね、あれは死神を追い払っていたんですよ、恐らく……」


「し、死神?」


「彼女は貴方の容態が安定するまで離れませんでした。あのとき彼女は何と言っていたかな……そう、『今離れたら死んでしまう。あちら側の者がまだ狙っている』と、確かそんなことを。それでピンときたんですよ」


清志郎は言葉を失った。

驚愕の表情を浮かべる清志郎とは裏腹に、風間は、少しだけ口角をあげて不気味な笑みを見せた。

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