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第三十一章 隠された刃(第五話)

清志郎の部屋に着くまで、清志郎も宗真も言葉を交わさなかった。

確かに昨夜、喜兵衛の話を遮った。

だが、それだけで清志郎が一晩でここまで態度を変えるとは思えない。


(あれから何かあったか。夜の寺に訪問客などいない。いるとすれば……蒼耀か。もう、ここを突き止めたのか。清志郎、何を吹き込まれた?)


部屋に入り、話をするべく向き合って座る。

話がしたいと言った本人は、何か迷いでもあるのか、黙ったままだ。

一気に捲し立てられるより、その方が有難い。


「何の話をしたいんだ? 喜兵衛さんのことか?」


先に口を開いたのは、宗真だった。


「……喜兵衛さんというより、この村の話だ」


「村の? お前が失踪している間に、何かあったのではないかと気になるのか?」


「いや、そこじゃない。……この村は何か秘密を抱えているだろう? お前はそれを知ってるはずだ、宗真」


「……秘密? 何のことだ」


しらを切る宗真に、清志郎は苛立ちを募らせる。


「この村は、神の怒りを買っているだろう。女神の怒りを!」


「――!」


宗真は、一瞬だけ目を見開いた。

ほんの刹那のことだったが、その動揺を、清志郎は見逃さなかった。


(女神……澄斬姫のことを蒼耀に聞いたのか。どこまで聞いたんだ。まだ、生贄のことを知らないのなら、こちらから話すことはない。慎重にいかなければ)


「女神の怒りだと? この村には、天神様の神社しかないのは、お前も知っているだろう。何のことを言っているんだ。さては、また蒼耀に会ったな」


「ああ、会ったよ」


「蒼耀に何を吹き込まれた? 言ってみろ、蒼耀は何と言っていた?」


「この村は汚い、反吐が出ると。この村は……千凪村は、裏で何をしているんだ!」


「清志郎、お前は蒼耀を恐れて今、ここにいるのではなかったか? 蒼耀の言葉を、疑いもせず真に受けて、全て信じるのか?」


「……」


宗真は、あくまで冷静に返してくる。

彼の言うことは尤もだ。

自分は蒼耀から逃げて、寺に匿われ、世話になっている身だ。


だが、蒼耀が与えたものは、言葉だけではなかった。

それが、清志郎の中で衝撃から怒りへと変化し、今やはらわたが煮えくり返る思いだった。

頭の中で、直結したのだ。

村の秘密と紗凪の死が。

紗凪の件に、もし、宗真が関与していたら、自分は親友を失ってしまうかもしれない。


(宗真、頼む。俺の信じた男でいてくれ……否定してくれ! お前を失いたくはない!)


躊躇しながらも、清志郎は限界だった。


「言葉だけならな……俺も信じなかったかもしれねぇよ。……けど、この目で見ちまったからな」


「見た? 何をだ?」


宗真は思わぬ清志郎の言葉に、内心焦る。

自分が得た村の因習の情報は、父や寄合で聞いたものだ。

何を見て、清志郎が確信しているのか、理解できなかった。


「寺などに貼られた、あの無数の護符は、女神に対しての結界だろう!」


清志郎は、そこで言葉を切った。

唇を噛み、震える息を吐く。


「……いや、そんなことはどうでもいいんだよ……紗凪を……」


「――! さ、紗凪ちゃ……」


「紗凪をどこへやった!」


「え? どこって……ちょ、ちょっと待て。落ち着いてくれ、清志郎! 何のことだ?」


紗凪の名が出た瞬間、彼女を生贄にしたのかと問い詰められると思い身構えたが、見当が外れ、清志郎の言っていることもよくわからない。

宗真は、初めて表情を崩した。


「棺桶の中を見たんだよ! 空っぽじゃねぇか! 紗凪に何をしやがった!」


清志郎は、これまで見たこともない剣幕で捲し立て、その拳で畳を思い切り叩きつけた。


「な、なんだって? お、お前、紗凪ちゃんの墓を掘り返したのか?」


宗真は、清志郎の剣幕にも驚かされたが、それ以上に驚かされたのは、墓を掘り起こしたという事実だった。


「ああ、そうだよ! 火事で死んだなんて嘘だったんだな。本当は、村の人間に嬲り殺しにされたんだろう! 言えよ、そいつらの名を! まさか、お前は加担してねぇよな?」


「……清志郎」


清志郎の瞳には、怒りの炎が燃え盛っているようだった。

宗真の瞳は揺らぐ。


(駄目だ。澄斬姫のことはもう、隠し通せない。私が言わずとも、昨晩のように、蒼耀が小出しにするだろう。もしくは、澄斬姫本人が。そのとき、私たちの信頼関係が崩れていたら、清志郎は完全に怒りに呑まれ暴走するやもしれない。そうなったら、終わりだ)


「どうなんだ!」


「清志郎、私もこの件に関しては、最近知ったばかりなんだ。とても重要な話だ。だから、落ち着いてよく聞いてくれ」


「最近知ったってことは、お前は関与してなかったんだな。そうなんだよな、宗真!」


「仏に誓うよ。関与していない。信じてくれ、清志郎! 私だって、あのような因習は即刻止めるべきだと思っている」


(清志郎、すまないが一つだけ嘘をつかせてもらう。私にはとても、紗凪ちゃんの首を刎ねたのが、清志郎が最も信頼している男だとは、言えない。きっと、お前は耐えられない)


人は時に、相手を救うために嘘をつく。

それが罪になるのか、宗真には判別できない。

だが、どんな理由であれ、嘘は影を落とす。

その冷たい影が、自身の胸の中にじわりと広がるのを、宗真は感じていた。

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