↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
澄斬姫 ―神殺しの男に背負わされた、復讐の妖刀―  作者: 白杜深月
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/130

第三章 剣友(第三話)

「風呂は、紗世さん、俺、高坂殿の順でいいか。俺より、高坂殿を先にするべきだろうが……風呂の湯が溢れて、なくなりそうなんでな。悪いが、先に入らせてもらうぞ」


「はははっ。なるほど。榊殿は、よう頭が回るのう。順番など気にはせぬ。要らぬ気をつかわんでくれ。世話になる身じゃ」


 龍之介は、人好きのする笑顔で頷いた。


「榊殿、そんなことより、聞かせてくれぬか?」


「何をだ?」


「紗世さんじゃよ。どんな感じなんじゃ?」


 なぜか龍之介は、にやつき始めた。


「……どんな感じって?」


 清志郎は、龍之介が何を聞いているのか、さっぱりわからず、眉間にしわを寄せた。


(湯加減のことを言っているのか? 紗世さんは、熱い湯が苦手だったか?)


 そんな些細な好みすら、これまで気にかけたことがなかった。思い返せば、共に暮らしているのに、自分は何も見てこなかったのかもしれない。清志郎は己の至らなさを猛省した。

 だが、龍之介の口から出た言葉に、そのせっかくの反省は一瞬で霧散した。


「あの細さで、意外に豊かなのか? どうなんじゃ?」


「は、はあぁっ!?」


 清志郎は、持っていた薪を落としそうになった。龍之介のいやらしい手振りで、彼の言わんとすることを、ようやく察したのだ。


「な、な、何を言ってんだ、あんたは!」


 清志郎の顔は、あっという間に真っ赤になった。あたふたと取り乱す姿は、普段の冷静な彼からは、想像もつかないものだった。


「お主も男じゃものな。覗いたことくらい、あるのじゃろう? うむ。ここからなら、見えそうじゃな」


 壁の隙間を探る龍之介に、清志郎はわなわなとしながら、罵声を浴びせた。


「あっ、あるわけないだろぉっ! もし、覗きなんかしてみろ! 風呂に沈めてやるぞぉっ!」


 だが、清志郎の怒りをものともせず、龍之介は飄々としたまま続けた。


「何をむきになっておるのじゃ。そんなに隠さずとも、紗世さんに告げ口したりなどせんよ」


「おっ、前ぇぇぇぇ!」


 もはや何をどう取り繕っていいかもわからず、龍之介の無遠慮さに、清志郎は本気で頭にきた。


「――っ! いい加減にしろよ、この野郎!」


 清志郎は、持っていた薪を龍之介に思いっきり投げつけた。


◇


 紗世が風呂に入っている間、清志郎はずっと龍之介の動向を監視していた。


「清ちゃん、お風呂上がったわよ。清ちゃんの番よ」


「あ、はーい」


 龍之介には、かつて紗凪が使っていた部屋をあてがった。掃除を怠っていたつもりはないのだが、使っていない部屋というのは、自然と埃が溜まってしまうのだろうか。龍之介と一緒に部屋を掃除していた清志郎だったが、彼を一人残して風呂へ行くのを躊躇してしまう。


「心配せんでよい。先ほどのは冗談じゃよ。それくらい、わかるじゃろう? 紗世さんに何かしたりせぬから、ゆっくり入って来い」


 さすがに龍之介が、本気で紗世に手を出すとは考えにくい。それに、冗談の通じない堅物だと思われるのも癪だった。


「……わかったよ」


 龍之介を一瞥し、清志郎は風呂場へと向かった。


◇


 清志郎は腰掛に座ると、手桶で何度か湯をすくい、肩口から静かにかけた。湯の熱さが肌を撫でるたびに、緊張がひとつずつ溶けていくようだった。薄暗い浴室に、木の壁を伝って湯気が立ち上っていく。時折、天井の梁から一滴、ぽたりと滴の落ちる音が響いた。

 かけ湯も済ませ、ようやく湯舟に身体を沈めると、思わず深いため息が洩れた。せめて今ぐらい、何も考えずに、頭を空っぽにして寛ぎたかった。深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。意識して目を閉じてみたが、やはり道善の事が頭にちらつく。


(あと、一月……。いや、一月もないかもしれない。先生亡き後、俺と紗世さんは、どうしているだろうか。先生が亡くなる前に、二人で答えを出せているだろうか)


 時々、道善の人脈で、近隣の他道場でも指導させてもらっているが、大した収入にはなっていない。自分の稽古をしているようなものだ。


「甲斐性がないもんな、俺……」


 何の気なしに自虐的な独り言を呟いた時だった。人の気配を感じ、すぐさま目を開けた。


「何がないのじゃ?」


 バシャッという音とともに、勢いよく木戸が開いた。何事かと思えば、龍之介が素っ裸で入ってきたではないか。


「……なっ! なに勝手に入って来てんだ!」


 清志郎が身構えたせいで、湯船の湯がぴしゃんと跳ねた。


「別にいいじゃろう。男同士、裸の付き合いじゃ!」


 龍之介は、かけ湯を一度だけざっと済ませると、そのまま湯舟に入ってこようとする。


「何しようとしてんだ、この馬鹿! お前みたいな大柄な男と、この狭い風呂に一緒に入れるわけないだろ!」


 風呂が壊れるから止めろと、清志郎は龍之介を全力をもって両腕で押しやる。


「しょうがないのう。では、背中でも流してやろう」


「結構だ!」


 清志郎は手拭いを、龍之介の顔を目掛けて投げつけた。しかし、薪と違い、今度は易々と受け止められた。

 龍之介は、清志郎の両手をがっしりと掴んで、湯船から強引に引きずり出そうとした。


「な、何をする! やめろって! うわっとっと!」


 危うくこけそうになり、清志郎は結局、湯船から出ざるを得なかった。


「ほれ、座って」


 龍之介は清志郎を腰掛に座らせると、清志郎が投げつけてきた手拭いで、背中を流し始めた。


「おい、いいって! 頼んでない!」


 余計なお世話だとばかりに、清志郎は言う。一人でゆっくりしたかったのに、これでは全然くつろげない。誰かの懐に、無理やり押し込まれたような気がして窮屈だった。何が楽しくて、こんな大男と狭苦しい風呂を共にしなければならないのか。


「なに、そんなに遠慮せんでよい、清志郎」


「せ……清志郎……だとぉ?」


 いきなりの呼び捨てに、清志郎は唖然として、龍之介の方を振り返った。


「あぁ、儂のことは、龍之介で構わんぞ」


「……」


 背中をごしごしと流しながら、何でもないかのように、龍之介は軽く言い放った。


「俺たちは今日、出会ったばかりだぞ。そういうのは……その……友となってから――」


 ――ざばんっ!


「――っ!」


 突然、湯で言葉を遮られ、清志郎は思わず目を閉じた。龍之介が手桶で、清志郎の頭に、湯を思いっきりぶっかけてきたのだ。


「うむ、お前の言うとおりじゃ。じゃから、今、友となろうではないか。今日、儂とお前は、本気で剣を交え、今は裸の付き合いもしておる。友となる条件は、十分揃っておるじゃろう?」


「……ああ、もう! 勝手に踏み込んで来といて、よく言うな、お前は!」


 浴びせられた湯を乱暴に拭いながら、清志郎は鋭く言い返した。


「儂が友では嫌か? 清志郎」


(なぜ? なぜ、この男は、そんなことを俺に聞くんだ)


「どうなんじゃ? 答えてくれぬか、清志郎」


(やめろ……そんなの、いったい何になる。俺たちが共にいるのは、ほんの僅かな時ではないか)


 清志郎は、恐る恐る龍之介の目を見た。すると、そこには意外にも、真っ直ぐに見据えてくる龍之介の目があった。その真剣な眼差しに射すくめられ、清志郎の瞳は揺らいだ。


「呼んでみてはくれぬか。儂のことを『龍之介』と」


 清志郎は、しばし口を開けずにいたが、やがて蚊の鳴くような声で小さく呟いた。


「……りゅ、龍之介」


 龍之介の名を呼ぶと同時に、清志郎は決まり悪そうに彼から視線を逸らした。だが、龍之介は満足そうに清志郎を見つめ、両手で彼の肩をがっしりと掴んだ。清志郎は息を呑み、掴まれた両肩に熱が集まるのを感じた。心臓がうるさいほどに脈打つ。

 

「よし! これで我らは生涯の友じゃ。剣友じゃな。どれだけ離れていようともな。わははははっ!」


 龍之介は、なんとも愉快そうに笑った。


(剣友だと? そんなの……俺には……)


 清志郎は、目の前の知り合ったばかりの大男に、完全に調子を狂わされていた。

《2026/07/28 第一回修正》

文章を整えました。

話の内容は、ほぼ変わっておりません。

主に会話文がキャラに合うように修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。