第十八章 狂気の寄合(第一話)
村に伝わる人身御供という狂気の因習を知った龍之介と宗真。
死んだはずの紗凪から託された「清志郎を助けて」という言葉を一条の光に、二人は村の闇へ立ち向かう決意を固める。
しかしその夜、龍之介の枕元に現れた紗凪の霊は、「清志郎を“あの子”から守って」という新たな謎の言葉を残していくのだった。
宗真は宗岳から聞いた村の風習、禁足地にある神社での儀式のことを洗いざらい龍之介に話した。
龍之介は酷く驚いたが、それと同時に呆れかえっているようだった。
「龍之介、一応お前にもこれを渡しておく」
宗真は、宗岳から託された護符のお札を龍之介に差し出した。
「……ご住職には悪いが、そのような大きな力を持った祟り神であるなら、このような札一枚で……」
「言いたいことはよくわかる。念の為だ」
宗真に促され、龍之介は怪訝な顔で、渋々受け取った。
「その祟りとやらも、真実なのか? 儂にはとても信じられん……」
「ああ、俺もだ。ただの災厄にしか思えん。実際、似たようなことで滅んだ村の話なら、聞いたことがある」
「川が赤くなったというのも、祟りの噂話に尾ひれがついただけではないのか?そのようなことで若い娘を何人も……呆れてものが言えぬわ」
龍之介の呆れは、怒りに変化しているのが口調から読み取れた。
「私も俄かに信じがたい。父だけならともかく、あの冷静な道善先生まで……」
怒っているのは龍之介だけではない。
宗真も同じ気持ちだが、必死に感情を抑えていた。
「実の子に手を掛けるとは……一体どうなっている!逆らえば、この村では村八分にされるとでもいうのか?」
清志郎を引き取り育て上げ、赤の他人である自分を快く受け入れてくれた道善は、龍之介にとって温情深い人物に映っていた。
しかし、今となってはその印象が変わりつつある。
関わった時間が短かったせいか、彼の本質を見誤っていたのかもしれない。
まさか、そんな行いをする人間だったとは――さらに、その所業を清志郎にまで継がせようとしていたのだ。
「わからぬが、そうかもしれぬ。とにかく今晩行われるという寄合に、私も顔を出せるよう、父に取り計らってもらうつもりだ」
「何か掴んで来いよ、宗真。……それで、あの神社の神は、一体どういう祟り神なのだ?」
「父によれば、この村を古くから守護してきた土着神だそうだ」
「土着神?」
「そう、その神の名は『澄斬姫』というらしい」
「澄斬姫?女神なのか?」
龍之介にとっては意外だった。
若い娘を捧げると聞いた時点で、当然男神だろうと思い込んでいたのだ。
「そうなるな。……なぁ、龍之介、実はもう一つ聞いて欲しいことがある」
「おう。なんじゃ?」
「紗凪の……紗凪の声が聞こえたんだ。千凪村を、清志郎を助けてくれと」
「なに!それは本当か、宗真!お、お前、霊感でもあるのか?」
「そんなはずないだろう。でも、確かに聞こえたんだ!そのときは紗凪が禁足地の儀式に関係しているなんて全く考えもしなかった。だから、先入観で聞こえたわけじゃないと思うんだ」
「……」
清志郎ではないが、神仏や死者の声が本当に聞こえるものなのか、龍之介には疑問だった。
これまでの話の流れからすると、自分たちは祟り神の仕業を否定しているはずなのに、その部分だけ信じるのは滑稽に思えた。
しかし、宗真が嘘をついているとも思えない。
「し、信じられぬか?」
「いや、そういうわけではない。むしろ本当であってほしいと願っている。それが事実なら、清志郎はまだどこかで生きているかもしれんからな」
「ああ。父は清志郎が神隠しに遭ったと言っているが、私も清志郎は、どこかで生きているのではないかと思ったんだ」
(清志郎が生きている……?)
ほとんど消えかけていた蝋燭の火が、再び燃え上がったかのような感覚を龍之介は覚えた。
「……さん?高坂さん?お箸止まってるわよ」
「ん?あ、ああ。ちと、考え事をしておったわ」
「どんな?」
「う、うむ、その実家のことを少々。いや、紗世さんが気にすることではない。大したことではないのじゃ」
龍之介は適当な嘘をついた。
宗真と道場で話していたことが気になって仕方がないなどと、口にするわけにはいかなかった。
「本当に?無理してここに残っているんじゃない?私なら大丈夫だから。もう、いい加減、諦めなきゃって思ってるの」
「ああ、いやいや、そんなことはない……むしろ、こんな男が居座っていて申し訳ないと思っている。でも、もう少しだけここに居させてもらえぬか?まだ儂の方が、どうしても諦めきれなくてな」
「ありがとう、高坂さん」
紗世から突然感謝の言葉を告げられ、龍之介は思わず箸を止めた。
「い、いや、礼を言われるようなことは何もしておらんよ。儂はただ、自分のしたいようにしておるだけじゃからな」
「ううん。それでも感謝してるの。私、今ひとりだったら、ご飯ちゃんと食べてないかも……」
「そ、そうか?どんなときでも、飯はちゃんと食べなきゃならんぞ、紗世さん」
「うん」
紗世は、俯いていた顔をそっと上げ、儚げに、だが温かく笑ってみせた。
久しぶりに見るその微笑みは、弱々しくも心を打つものだった。
予想外の言葉と相まって、龍之介の胸を締め付ける。
彼はその動揺を隠すように、白米を勢いよく口に掻き込んだ。
龍之介は寝る準備を整え、紗凪の部屋で布団を敷こうと押し入れを開けた。
その際、紗凪が使っていた鏡台が目に留まる。
鏡台の引き出しを開けると、この部屋を案内してくれたときに清志郎が手にしていた簪の布袋が目に入った。
布袋から簪を取り出し、手に取る。
その簪には燃えた跡があり、沈丁花の模様が刻まれているのが見て取れる。
道善寺を初めて訪れた際、清志郎が沈丁花を手にしていたことを思い出した。
(紗凪さんは沈丁花が好きだったんじゃな。この簪は清志郎が贈ったものなのかもしれんな)
しかし、紗凪は火事で亡くなったのではなかった。
実の父により、無残にも斬首されたのだ。
(火事で死んだと清志郎に思わせるため、わざわざ火で炙ったのか。清志郎、お前は何も知らずに……)
騙され、道善を慕っていた清志郎と非業の死を遂げた紗凪が哀れでならなかった。
――と同時に、言葉にならない怒りが、腹の底から黒い炎のように湧き上がってくる。
(よくもまぁ、そのようなことを!)
龍之介の簪を握る手に力が籠る。
正義感の強い彼にとって、それは人の道を踏み外した、断じて許されざる所業だった。
龍之介は、その夜、どうしても寝付けず、仕方なく酒を飲んでいた。
やがて、ようやく眠気が訪れた。
まどろみの中で、障子越しに誰かの気配を感じる。
ほのかな花の香りが漂い、障子には女性の人影がぼんやりと映っている。
通常の龍之介ならば、酒が入っていようが、起き上がるところだが、体が言うことを効かない。
だが、不思議と焦りはしなかった。
「……お願いがあるの……あなたにしか頼めないの……」
(だ、誰じゃ?)
「清志郎を……彼を……あの子から守ってあげて」
(な、なんじゃと!お主は一体?)
「あの子も……可哀そうな子なの……。けれど、このままでは、あの子も、清志郎も……」
声には深い悲しみと、抑えきれぬ恐怖が滲んでいた。
まるで、冷たい風が心を撫でるような、ぞくりとする響きだった。
(もしや、紗凪さんなのか?『あの子』とは一体誰のことだ?)
「お願い……あの子を止めて……。清志郎を……あの子から守って……」
声が震えながらも切実な懇願に変わると、女の影が陽炎のように揺らぎ、薄れていった。
(ま、待て!待ってくれ……)
龍之介の意識もそこで途絶えた。




