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澄斬姫 ―神殺しの男に背負わされた、復讐の妖刀―  作者: 白杜深月
第一部

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第十七章 闇の共鳴(第三話)

静まり返った道場で、宗真は友である龍之介と向き合っていた。

父から明かされた、村の平穏を偽ってきた残酷な儀式の全てを打ち明けようとする、重い緊張が二人を包む。

一方、薬草の香りが立ち上る湯煙の向こうでは、清志郎が世話役の少年・新太と束の間の安らぎを得ていた。

だが、何気ない会話から垣間見えたのは、子供には不釣り合いな彼の過去と、「ある方」の存在を示す不穏な影だった。

宗真が道場に近づくと、気迫のこもった声が響いてきた。

しかし、聞こえるのはたった一人の声のみ。

どうやら龍之介は一人で黙々と稽古をしているようだ。

宗真が入口の戸を開けると、龍之介はすぐに気配を察し、稽古を止めた。

どれほどの時間、稽古に打ち込んでいたのだろう。

彼の額には汗が滲み、全身はすでに汗まみれだった。


「おう、宗真。……例の件か?」


「ああ。父に聞いてきた」


龍之介は、宗真の鋭い表情を目にし、禁足地にはやはり、深い秘密が隠されているのだと直感した。


「何がわかった」


手ぬぐいで汗をふきながら、龍之介が問う。


「ここで話そう。千凪村は、とんでもない秘密を抱えていた」


宗真は草履を脱ぎ、静かに道場へ足を踏み入れた。

これから宗岳から聞いた胸をえぐるような残酷な真実を、龍之介へ伝えるために――。




診察を終えた清志郎は、部屋に戻ったが、そこに澄の姿はなかった。


(帰ったのか……失恋したんだよな、俺たち。今頃、家で泣いてたりするのかな)


「はぁ……」


重い溜息をついてベッドに座り込むと、部屋の外から新太の声がする。


「清志郎、いるか?」


「ああ、いるぞ。どうした?」


入ってきた新太は、清志郎の着物の替えを持っていた。


「ああ、着替えを持ってきてくれたのか。ありがとう」


「ほら、これ持っていくぞ」


「行くって、どこに?」


「お前のために、わざわざ風呂沸かしてやったんだよ!入るのか?入らねぇのか?」


「ふ、風呂!入っていいのか?」


「先生が、そろそろいいってよ」


「本当か!有難い!」


入院してからずっと湯で湿らせた手ぬぐいで体や頭を拭いていたが、風呂には一度も入っていなかった。

久しぶりに風呂に入れると思うと、自然と気分が高まった。

新太から着替えを受け取ると、彼も自分の着替えを持っていることに気づいた。


「ん?もしかして、お前も一緒に入るのか?」


「そうだよ。万が一、お前が風呂でぶっ倒れたら困るからな。先生に一緒に入れって言われたんだよ」


「そうか、世話をかけるな」


常に怒っているような新太の口調にも、もう慣れた。

口調はきついものの、何だかんだで面倒を見てくれる。


(いつもの礼に、背中でも流してやるかな)


苦い薬を何度も飲まされた清志郎だが、新太はすでに道場の子供たちと変わらない可愛い存在になっていた。




風間医院の風呂は、清潔な木の香りが満ちる心地よい空間だった。


(うちの風呂よりずっと広いな……これなら龍之介と一緒に入っても窮屈じゃなさそうだ)


湯船は檜造りで、大人二人が並んで足を伸ばせるほどの広さがある。

壁の格子窓からは柔らかな光が差し込み、薬草の香りが混じった湯気を静かに揺らしていた。


「はぁ、さすがだなぁ……こんな立派な風呂初めて見た」


「おい!感心してないで湯が冷めないうちにさっさと入るぞ」


「あ、ああ。なぁ、湯に何か入れてるのか?」


檜の湯船は湯気に包まれ、薬草の芳香が漂う茶褐色の湯で静かに満たされている。


「ああ、俺の調合した薬草だよ。湯冷めしにくく、保温効果が高いようにしている」


「へぇ。博識だねぇ、新太助手は。将来有望だ」


「からかってねぇで早く入れ!かけ湯しろよ」


「わかってるよ」


二人は湯船に共に身を沈める。

湯加減はちょうど良かった。

固くなった体を薬草の湯が、じんわりと和らげていく。


「うわ、気持ちいい!やはり風呂はいいな。生き返るなぁ」


「なぁ……傷、痛んだりしてねぇか?」


「なんだ?心配してくれてんのか?大丈夫だよ、沁みたりしてない」


「先生に報告しないといけねぇから、聞いてるだけだよ」


(割と照れ屋だよな、こいつ)


清志郎は、新太のことを微笑ましく思った。


(だが、普通の子供とは全然ちがう。風間先生とは、どういう経緯で一緒にいるんだろう?)


「お前ってさぁ、子供にしては妙に大人びてるよな。風間先生と毎日難しいことしてると、そうなっちまうのか?」


ふと視線を新太に向けると、彼は真顔だった。

清志郎は余計なことを言ったかと一瞬焦ったが、少し間を置いて新太は落ち着いた口調で語り出した。


「……以前は、人を助けたいって心から願ってた人と一緒にいたんだ」


「……新太?」


「けど、その人は……助けたい気持ちよりも、知りたいって気持ちに呑まれてしまった。……清志郎、お前は、ああはなるなよ」


「え……何を言ってる?」


清志郎が話の意図を掴めず、聞き返したその時だった。

湯気の向こうにいる新太の姿が、一瞬、揺らぐ。

そこにいたのは子供ではない。

自分とさして変わらない背格好の、見知らぬ青年の姿だった。


「――!?」


息を呑み、瞬きをする。

次に目を開いた時には、やはり湯船に小さな体が浸かっているだけだった。


(き、気のせいか……今の幻は……)


新太は声を落として続ける。


「……人は変わる。どんなに純粋だった人でも。いや、純粋ゆえかもしれねぇが……」


「な、何かあったのか、新太?」


とても子供から出たとは思えない発言に、違和感を覚えながらも、清志郎は続きを促す。


「ある方に出会ってから俺たちは、変わってしまった。逃げずに済むようになったけど、その代わり……もう逆らえなくなった」


「ある方って?」


新太は湯気の向こうで少し目を伏せ、わずかに笑う。


「気にするな。ただの昔話さ」


「いや、そこまで話されちまうと気になるんだが……」


「……うるせぇ!これ以上は話さねぇ!」


風呂場にぷいと横を向いた新太の怒号が反響した。


「お、怒んなよ。だって、お前、逆らえないって……一体誰にだよ?大丈夫なのか?」


清志郎は本気で心配になった。

多額の融資を受けている代わりに、何か危ないことをさせられているのではかいかと――。


「お前に心配される筋合いはねぇし、先生も俺も馬鹿じゃねぇから問題ねぇよ」


「でも……本当にまずくなったら言えよ。お前も俺の命の恩人なんだから。な?」


「お前に言ったところで、なんとかなるのかよ。貧乏侍が」


「……か、金以外のことなら、手助けできるかもしれねぇだろ」


「道場を巻き込むことになってもか?お前にそんな覚悟があるのか?」


「そ、それは……」


鋭い指摘に、清志郎は言葉を失った。


「俺たちは金で繋がっただけの仲だ。それでいい」


「……。お前の言うことは正しいよ。言い返せねぇや。俺も割とそうしてきたつもりだったのに、どうしちまったのかな……」


(龍之介……多分、お前のせいだ。あんな短期間で、お前に俺は少し変えらたようだ)


「なぁ新太!これできるか?」


「あん?ぶっ!」


新太の顔にいきなり湯がぶっかかった。

清志郎が手遊びの水鉄砲をかましてきたのだ。


「な、何しやがる!」


「どうした?反撃してこいよ!」


清志郎は新太に向けて、水鉄砲を連発する。


「ぶはっ。調子に乗りやがって!そんなもんできなくったてなぁ、何も困らねぇんだよ!」


新太は豪快に、掌で湯を勢いよく掬い上げ、清志郎に叩きつけるように、ぶっかけてきた。


「ぷっはっ。やったなぁ」


やがて清志郎が「参った!」と両手を上げるまで、子供じみた湯の応酬は続いた。

風呂場には、二人の屈託のない笑い声が響いていた。

次回から第十八章に入ります。これまで以上に重たく、正直書くのが大変でした。ただ、この章では村の因習がいよいよ明らかになります。「重たくても大丈夫!」という心の広い皆様、是非お付き合いください。

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