表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
澄斬姫 ―神殺しの男に背負わされた、復讐の妖刀―  作者: 白杜深月
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

109/112

第三十七章 選択の代償(第一話)

清志郎、龍之介、宗真の三人は、軽く夕飯を済ませた後、場所を変えるべく道場へ向かった。

紗世の前とは一転、握り飯を食べている間じゅう、清志郎はずっと表情を曇らせていた。

それは明らかに、紗世の回復を手放しで喜べない何かがあったことを物語っていた。

星はいつもと変わらず夜空に輝いているのに、三人のあいだには会話もなく、暗く重い空気だけが漂っていた。


やがて道場の床に腰を下ろし、最初に口を開いたのは宗真だった。


「清志郎。我々には本当のことを話してくれ。紗世ちゃんを救ったのは、お前の言う医者ではないのだろう」


「ああ。……澄斬姫だ」


「やはりな」


宗真は低く息を吐いた。

龍之介もまた、さほど驚いた様子はない。

二人とも、半ばそうではないかと思っていたのだろう。


「俺と龍之介で医者を呼びに部屋を出ようとした、そのときだ。俺と紗世以外の刻が止まり、澄斬姫が突然光の中から現れたんだ」


「どおりで、あそこからの記憶が抜けてるわけだ」


宗真は相槌を打ちながらも、清志郎の顔から目を離さなかった。

この沈みきった顔。

嫌な想像が、頭をよぎる。


「……しかし、澄斬姫が紗世ちゃんに慈悲をかけたとは思えない。何か取引きをしたのではないのか、清志郎」


「相変わらず鋭いな、宗真。俺がみなまで言わなくて助かるよ」


「一体、どのような取引きをしたのじゃ」


龍之介の問いに、清志郎はすぐには答えなかった。

膝の上に置いた手に力が入り、指先がわずかに震えている。


「……代償を、払えと。それで、紗世の命を助けると」


「そんなことだろうと思ったよ」


宗真の声が沈む。


「その代償とは何じゃ? まさか……お前自身の身体ではあるまいな!」


龍之介の問いは、思いのほか低かった。

普段の豪放さは影を潜め、その声にはただならぬ緊張が走っていた。


「……そっちの方が、まだよかったよ」


その一言で、道場の空気がさらに冷えた。

宗真が息を呑む。

龍之介の眉間にも、深い皺が刻まれた。


「清志郎」


龍之介に静かに呼びかけられても、清志郎は顔を上げない。

喉の奥で何かを押し殺すようにして、ようやく言った。


「……代償は、道善先生の命だ」


「――なっ!」


宗真は絶句した。

龍之介もまた、目を見開いたまま固まった。


「道善先生を……斬る」


血を吐くような清志郎の言葉に、二人は言葉を失った。


道場には、しばらくの間、重い沈黙が降りていた。

誰もすぐには息さえ継げず、ようやく最初に口を開いたのは龍之介だった。


「道善殿を斬れと。澄斬姫にそう言われたのか、清志郎!」


「ああ、そうだ。一週間以内に道善先生を斬り、その首を澄斬姫に差し出さねばならない」


淡々とした口調だった。

だが、それがかえって痛々しい。


「ま、待て」


宗真だった。


「それは、駄目だ」


声は低いが、きっぱりしていた。


「そのようなこと、お前にできるわけがない。先生を斬るなど……お前が、一番できぬことだ」


その言葉で、清志郎の中の何かが切れた。


「じゃあ、どうしろってんだよ!」


道場に怒声が響く。

宗真がびくりと肩を揺らした。


「もう取引は済んだんだ! 俺が先生を斬らなきゃ、先生も紗世も殺されるんだ! あのままじゃ、紗世は死んでいた……俺は……俺は、紗世だけは死なせたくなかったんだっ……」


最後の方は叫びというより、掠れた懇願のようだった。


「俺は、先生の命と紗世の命を秤にかけた。……そして、紗世を選んだ」


清志郎はそこで一度言葉を切った。

自分の口から出たその事実に、自分自身が斬られているようだった。


「先生に受けた恩を忘れたわけじゃない! 先生に拾ってもらわなければ、今頃、どうしていたか! それでも……それでも俺は……紗世に生きていて欲しかったんだ。……先生ではなく、紗世を選んだんだ。やるさ……やんなきゃなんねぇ」


宗真は何も言えなかった。

正しい言葉が、ひとつも見つからない。

重苦しい沈黙ののち、龍之介がゆっくり口を開いた。


「……ならば」


その声音に、二人が顔を上げる。


「儂が斬る」


宗真が息を呑んだ。


「龍之介! お前……」


「清志郎、お前が道善殿を斬ってはならん。師であり、父親のような存在の道善殿を斬るなど、あってはならんことじゃ」


「俺だってわかってるよ、そんなこと!」


悲痛な清志郎の叫びを龍之介は、微動だにせず受け止めた。

じっと清志郎の目を見据えて言う。


「道善殿を斬った後、自分も死ぬつもりであろう、清志郎」


「――!」


完全に心中を見透かされた清志郎は、驚きに目を見開いた。


「道善殿を斬る役も、澄斬姫に首を差し出す役も、儂が引き受ける。なに、儂はこの村の人間ではないからな。また、そのまま旅に出るだけじゃ。だが、お前は、そうはいかん。残った紗世さんはどうなるのじゃ」


その言葉は、龍之介にしか言えないものだった。

清志郎は一瞬だけ目を伏せ、力なく息を吐いた。


「……馬鹿野郎が。どこまでお節介なんだよ、お前は」


怒っているような、泣きそうな声だった。


「お節介で構わん。それで決まりじゃ」


龍之介は、言い聞かせるように同意を求めた。

だが清志郎は、ゆっくりと首を振る。


「駄目だ。それは、絶対に駄目だ」


「清志郎、儂の言うことがわからんのか! これが一番良いのじゃ」


「わかってたまるかよ。お前にそんなことはさせられない。それに……澄斬姫は、俺にやらせたいんだ」


清志郎の言葉に、龍之介が言葉を詰まらせる。

入れ代わりに、宗真が問いかける。


「何故そう言い切れるんだ?」


「蒼耀様を殺したのは、俺だって言ったろう。蒼耀様が許してくださっても、姉君の澄斬姫は、そうはいかないってことさ。俺のことが憎くて仕方がないようだった。普通に殺したんじゃ、殺し足りないんだろうよ」


清志郎の声は、ひどく乾いていた。

宗真は唇を噛み、龍之介は拳を握り締めた。

誰も、すぐには何も言えなかった。


その沈黙は、どのくらい続いただろう。


「……だが、まだ終わりじゃない!」


宗真の声に、清志郎は困惑の表情を浮かべる。


「どういう意味だ」


「一週間あるのだろう。ならば、その間に探さないか? 道善先生も、紗世ちゃんも、お前も救う道を」


宗真の気持ちは有難いが、今の清志郎には、この絶望的な状況が、どうにかなるものとは思えない。


「そんな都合のいい道があるかよ」


「なければ、作るんだ」


宗真の声は震えていた。

けれど、その目だけは逸らさなかった。


「お前ひとりに、道善先生を斬らせてたまるものか」


龍之介もまた、深く頷いた。


「宗真の言うとおりじゃ。まだ諦めるな、清志郎」


二人にそう言われても、清志郎は答えなかった。

そうだなと、楽観的に答えることができなかった。


「清志郎!」


宗真が必死に訴えてくる。

清志郎は迷った。

この二人を巻き込んでよいものかと。


(……神器がある限り、俺が死んでも終わりじゃない。蒼耀様がいらっしゃる。村が救われる保証なんてどこにもない。……宗真は、きっと結局、澄斬姫と向き合うことになる)


「わかった。ぎりぎりまで考えるよ。二人とも力を貸してくれ」


道善を斬るまで、あと七日――。

その夜、三人は初めて、澄斬姫に抗う道を探し始めた。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

この物語が少しでも心に残ったなら、応援していただけると嬉しいです。

その一つひとつが、続きを書く力になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ