第三十六章 死の淵にて(第二話)
(こ、これが澄斬姫の本当の姿なのか?)
澄斬姫は、白を基調とした天女のような衣を纏い、後光が差しているかのように光り輝いている。
とても、祟り神などとは思えない。
品格と威厳に満ち、まさしく神と呼ぶにふさわしい姿だ。
清志郎はその存在感と美しさに圧倒され、瞬きすることさえ忘れてしまいそうになる。
「……な、何故ここに?」
ようやく口にできた言葉が、それだった。
澄斬姫は、清志郎と向かい合わせになるように紗世の傍らへ座った。
そして、紗世の汗ばんだ額に手を当て、まるで慰めるかのように撫でた。
つい先程まで自分に対し敵意剥き出しだった相手だというのに、彼女が紗世に触れることを易々と許してしまった。
そんな自分が不思議だった。
「このままでは朝を待たずに、この娘の命は尽きるわ」
「――!」
何故か清志郎は、澄斬姫の言葉を微塵も疑うことなく受け入れていた。
(やはり、玄庵先生の見立てどおりか……)
清志郎は歯を食いしばり、両の拳を膝の上で固く握りしめた。
「た、助けてくれ……この娘は、俺とは違う。何の罪もない優しい娘なんだ。こんな若さで、死んじゃあいけねぇ人間なんだよ。……頼む! 頼むよ……このとおりだ!」
清志郎は畳に手をついて頭を下げた。
「本来、神は人の寿命には干渉しないものよ。たった一人の人間の命とはいえ、この世の理……特に命の理を曲げるには、それ相応の代償が必要になるの」
「理……」
(そうだ。確か蒼耀様も、風間も、そのようなことを言っていたな)
「代償って……」
清志郎は言葉を詰まらせた。
「……俺を助けたときは?」
尋ねずにはいられなかった。
それなりの代償というからには、何か大きなものを犠牲にしたということではないのか。
「知りたい?」
「当たり前だ」
「ふふ。いいわ。教えてあげる。黒川元春よ」
「なっ!」
清志郎の脳裏に、風間医院で見た黒川の変死体が蘇る。
「ま、まさか! 黒川は俺の代わりに? あ、あんたが殺ったのか……」
「ええ。お前の代わりに死んでもらった」
「……」
「本当なら、お前は黒川に殺されて、今この世にいないのよ。感謝こそされても、恨まれる理由はないわ。そうでしょう?」
澄斬姫の言葉に、清志郎は戦慄した。
澄斬姫の言うとおりだ。
黒川なんぞに殺されて、一生を終えるなんて真っ平御免だ。
だが――
「……だからって、あんなに酷い姿にする必要があったのか? 俺にはわからねぇよ」
「あら、わからない? 言ったはずよ、清志郎。お前を憎んでいると。見たでしょう、悪夢を」
風間医院で見た悪夢が蘇る。
夢だというのに、現実のように激しい苦しみと痛みがあった。
今でもはっきりと思い出せるほど、鮮烈な夢だった。
もしかしたら黒川は、成仏できずに毎日、自分を呪っているのかもしれない。
「……ハッ、要は俺を苦しめたかったってことか。なるほどね。黒川も不憫な奴だな」
清志郎は、寂しそうな笑顔で言った。
「あの、澄という慈悲深くて美しい女は、初めから幻だったんだな。知りたくなかったよ、真実なんて」
「……」
「……まぁ、いいさ」
清志郎は、何もかも受け入れたかのように胸に溜まった息を吐き出した。
「それより――」
本題に入らなければ。
何故、澄斬姫がここに来たのか。
彼女は答えなかったが、恐らく蒼耀が見つかったからだろう。
蒼耀ならば、あの神器は――あの刀は問題なく使える。
今は澄斬姫が所有しているとはいえ、元々は蒼耀の神器なのだ。
(……もう、用済みってわけだな。せめてもの情けで、この命を紗世に与えてくれるというのか。祟り神も、案外優しいじゃねぇか)
「俺の命を代償に紗世を助けてくれ。どんな殺され方をしても、文句は言わねぇから」
清志郎は再び、澄斬姫に頭を下げた。
「わかったわ。その娘は助けてあげる」
(よかった。これで紗世は助かる)
「かたじけない。感謝いたします。澄斬姫」
清志郎が口にする礼には、嫌味など込められていなかった。
澄斬姫への純粋な感謝の気持ちしかなかった。
「清志郎、では紗世の命の代償として……」
「はい」
命を取られる覚悟は、既にできていた。
元々、山道で尽きるはずだった命だ。
それを紗世のために使える。
清志郎の心は、いつになく穏やかだった。
――「紗世の命の代償として、道善を斬れ!」――
「……なっ、なにっ!」
思いもしない言葉に、清志郎は弾かれたように頭を上げた。
「清志郎、返事はどうしたの?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺の命を差し出すって言ったじゃないか! そんなこと、できるわけないだろ!」
「できないの? なら、この取引はなしね」
「い、いや、それは……」
動揺する清志郎を前に、澄斬姫は紗世の頭を優しく撫でながら言う。
「可哀想にね、紗世。清志郎は、あなたを見殺しにするつもりよ」
「ちがっ、違う! 蒼耀様を殺したのは俺だぞ! 俺が一番憎いんだろ。何故、道善先生なんだ。俺でいいじゃないか」
「わかってないわね、清志郎。確かに私はお前が一番憎い。けれど、その次に道善が憎いの」
清志郎は、風間医院での新太の言葉を思い出す。
――澄斬姫は、道善先生を他の村人よりも、心底恨んでいたぞ。
「それは……先生が、生贄になった娘の首を落としてきたからか?」
「もちろん、それもあるけれど……」
「他に何の理由があるっていうんだ!」
「おめでたいわ、何も知らないのね。……道善は、私の大切な人を殺したのよ!」
淡々と清志郎を嘲笑うかのように話していた澄斬姫が、突然、怒りを顕にした。
「こ、殺した? 道善先生が?」
「あの男は、もう何があろうと自業自得よ。さぁ、どうするの、清志郎? 道善を斬るの? それともこの娘を諦めるの?」
どちらか早く選べと、澄斬姫は冷たい視線で清志郎に迫る。
紗世か、道善か――。
「せ、清ちゃん……どこ?……」
究極の選択の中、かすれた弱々しい声が清志郎の耳に届いた。
「紗世?」
「……ど、こ?……」
「紗世っ! 俺はここにっ、ここにいるよ!」
「……清ちゃ……」
「しっかりしろ! 紗世!」
(だ、駄目だ……駄目だ、駄目だ! 紗世を死なせちゃ駄目だ! 紗世を失うなんてできない! そんなの俺は耐えられない!)
だが、その叫びの裏で、もう一つの顔が脳裏に浮かんでいた。
清志郎は、動きを止めたままの道善へ重い視線を向けた。
村に帰ってきたときにもらった、道善からの忘れられない言葉。
――儂がもっと早く言うべきだったのだ。
――儂も、お前のことを実の息子のように思っていると。
――いや、お前は儂の可愛い息子だ。
(道善先生……)
目を閉じると、彼の言葉が頭を巡る。
「清志郎、決まったかしら?」
目を開けると、女神は妖艶な笑みを浮かべていた。
「ああ。決めたよ」
清志郎は、しっかりと彼女の目を見て頷いた。
【Norion資料設定へのご案内】
https://flossy-game-aea.notion.site/30dcc3fba41480a789b3c56f9470edac
Notionで設定資料集を公開中です。
現在も工事中ですが、ご参考までにご覧ください。
登場人物、用語集、ギャラリーなど、随時更新していく予定です。
【Xアカウントへのご案内】
https://x.com/shiramori_lab
白杜 深月(小説)/ココロの迷宮(YouTube)
@shiramori_lab
和風ダークファンタジー小説『澄斬姫 ―女神の妖刀―』を執筆中。
江戸の闇と人の情、そして神の祟りを描く物語。
カクヨム・なろう・Nolaで連載。
YouTube「ココロの迷宮」では心理と恐怖をテーマにしたショート動画を制作。
静かに語る物語を、静かに愛してくださる方へ。
※画像と動画はAIを使用しています。
※フォローしていただけると嬉しいです。




