第7話 告白
恋歌は思わず、ユウキの名前を口にした。
彼は花園へのトドメを中断して、恋歌へ振り向く。
温かみも冷たさも感じない。何もない瞳で彼女を見る。
胸からは熱が込み上げてくるが。
喉がそれを声に、変換できない。
ただ眉を下げて。彼を見つめる事しかできない。
恋歌は小さく首を振った。
瞳はユウキの目を見つめたまま、顔だけ動かす。
「恋歌……」
ユウキは顔を横に向ける。
目線を恋歌から逸らす。
音を最小限に、剣を鞘に納めた。
雨の様な冷たさを、恋歌は感じた。
ユウキは目を合わせようとしない。
「なるほどねぇ……。やっと、本性見せてくれたねぇ」
この場の空気を破壊するかのように。
恋歌の死角から、光線が飛んできた。
赤紫の線がユウキの剣に、衝突する。
剣は手から離れて、地面に落ちる。
ユウキは光線が飛んできた方向を、ジッと見つめた。
「朝倉……!」
ユウキの瞳に、感情が宿る。
恋歌も落とした鎌を拾い。背後を振り向いた。
カメラ越しに見た、紫コートの少女が歩いて来る。
「よお、ユウキ。遊ぼうぜぇ」
朝倉は銃を分離した。双剣になった武器を、両手に持つ。
この場の空気が一瞬で、恐怖に包まれる。
「お前とは、そんな馴れ馴れしい仲じゃないぜ。それにさ」
ユウキの言葉と共に、恋歌も焦点を変える。
この場に来たのは朝倉だけじゃない。
彼女の隣を、見知らぬ人物が歩いている。
黒いアーマーに身を包んで。ヘルメットで顔を隠している。
ヘルメットは紺色に光って中身を隠す。
両手の甲には剣が装備されている。
「そいつは誰だ? 誰かとつるむ質じゃないだろ?」
「雇い主ぃ……。私もクライアントの意見くらい、聞くからさ」
黒いアーマーの人物は、姿を消した。
嫌な風が恋歌の頬に触れる。
再び花園へ顔を向けると、謎の人物が近づいていた。
「斎野さん……。救援に駆け付けてくれたのですか?」
花園はすっかり弱腰になったのか。
随分と姿勢が低くなっている。
「お前が、斎野修一か?」
「おいおい、ユウキィ……。今日は随分と、重たい口調じゃねえか」
ユウキと朝倉の言葉に、反応を示さず。
謎の人物は腕を動かした。
一瞬の停止もなく、剣で花園を貫く。
「ガハッ! 斎……。野さん……」
「花園。失敗とは"上手く行く"事が、前提条件だ」
黒いアーマーの人物。斎野は腕の高さを上げる。
剣で刺さったままの花園を、顔の高さに合わせる。
「君の作戦は、最初から上手く行かない構成だ。彼らの心を見誤ったな」
斎野は剣を引き抜いた。
持ち上げられた花薗の体が、宙に残る。
「それは失敗とも、失態とも言わない」
斎野は右足を背後に回した。
下げられた足から、オレンジ色の光が放たれる。
恋歌の位置からでも感じられる。強い衝撃が溢れている。
「無能って言うのだよ」
斎野は光の集まった足を動かす。
回し蹴りを行って、花薗を蹴った。
彼女の体が、吹き飛ばされた。
遠くにあった噴水に叩きつけられる。
水の噴出口をへし折った。
「私の計画に、無能な働き者は必要ない。地獄で答え合わせでもしてるのだな」
噴水から、突如水柱が拭き上がった。
爆発音が遅れて鼓膜を振動する。
斎野は地面に落ちた、デバイスを拾い上げた。
「軍に奪われてNAIは回収した。帰るぞ、朝倉」
「えぇ? 折角ユウキの外殻壊せたんだ。少しくらい……」
「もっと良い舞台を用意してやる。全てのNAIが、私の手に戻った時にな」
朝倉は口を閉ざした。
「待てよ。このまま帰られると思っているのか?」
「悪いが私のアーマーは、未完成だ。まだ君との戦いに耐えられない」
「そっちの都合なんて、どうでも良い」
ユウキは右手を突き出した。
前方の空間が歪み、地面に落ちた剣が吹き飛んだ。
剣はユウキの手元に、戻って来る。
「私も君の都合は、興味ない。君の意志など、関係ない」
斎野が手を振ると。恋歌は足元に、冷たさが走った。
見下げると、地面に赤黒い液体が溢れている。
恋歌の足を掴むように、黒い霧に包まれる。
「シンキングタァイム……。目的と命。どちらを選ぶ?」
液体から、剣が飛び出してきた。
数えるのを諦めるほどの数だ。
地面を削りながら、恋歌に近づく。
「考えるまでもない」
ユウキは青い光と共に、姿を消した。
直後に恋歌の眼前に現れる。
剣を地面に刺して、力を込めた。
青い剣が出現し、恋歌を守る。
正面の剣は、ユウキ自身が受け止めた。
「純愛だねぇ。でもそれが、お前を崩す核となる」
霧と液体が消滅した。恋歌は周囲を見渡す。
既に斎野の姿も、朝倉も消えている。
彼女はユウキの背中を、瞳に捉えた。
微動だにせず、向き合ってもくれない。
冷めきった風が、彼から流れている気がした。
「ユウ……」
「場所、変えよっか。ここは花薗が用意した場所だし」
恋歌は頷くことも、答えることも出来ない。
黙って動き出したユウキの背中を、追いかける。
数分ほど歩いて。二人はベンチに、隣り合わせに座る。
真横に居るはずなのに……。
僅かな間が、亀裂の様に感じる。
「知られたくなかった、見られたくなかった……。ユウにだけは、あんな姿」
恋歌は静かに、口を動かした。
朝日が当たっているのに。寒さを感じる。
「失望……。しちゃったよね? あんな私に」
恋歌は、自嘲する。頬は緩んでいるのに。
声のトーンは暗くなるばかりだ。
「でも、あれも私なの。操られているのでもない。本物の私なの」
恋歌はフードを深く被る。
「私、もう壊れちゃっているんだよね……。十年前にさ」
ユウキが強く、息を吸った音が聞こえる。
彼の表情を、恋歌を確認できない。
「ずっと閉じ込められて。目の前の敵を排除しないと。凄く痛い目に遭う」
ユウキは質問を一切挟まずに、聞き続ける。
「ずっと怖かった。死ぬのも、痛いのも嫌だった。その恐怖を、毎日抱き続けた」
「っ……!」
「それから逃げる、唯一の方法が。攻撃することだったんだよね……」
恋歌は地面に顔を向ける。
先ほどまで喉が、声をつっかえさせていたのに。
今は不思議なほど、言葉が口から出てくる。
「体は解放されても。心は恐怖から解放されなかったの。だから……」
一度大きく呼吸をした。ズボンをギュッと握る。
顔を上げて、前を見つめた。
「私は近づく者、全てに攻撃をするようになった。恐怖心が抑えられなくて。そこから逃げたくて」
「君は……。病室が隔離されていた……。だから、会いたくても会えなかった」
「当然だよね。会ったら攻撃しちゃうから……」
ユウキの『会いたくても会えなかった』が、心にのしかかる。
「頭では良くないって思っていたし。治さなきゃいけないと思っていた」
「君は七歳だったんだ。仕方ない事だろ」
「でも! こんな私を誰も愛してくれない! このまま一生病院で過ごすんだと思ってた……!」
無理に慰めようとする言葉が、逆に刺激された。
ユウキに見られた瞬間から、溜まっていたものが。
恋歌の心から、風船のようにはじけた。
「私の脳裏に恐怖が、染みついていた……。それはもう取り除けないって……!」
ズボンを掴む手に、力が入る。
喉の筋肉も強張る。声がかすれて来る。
「でもある日。声がしたの。私の内側から。"ここから出してあげる"って」
「内側から……?」
「その日から、私は戻ったよ。私の意志に関係なく、体も口も動くの」
恋歌は目力を入れて、ユウキへ振り向いた。
彼の顔を見て、全てを終わらせるつもりでいた。
「ユウ。私、二重人格なんだ……。信じられないでしょ?」
「じゃあ、君が退院できたのは……」
「もう一人の私のおかげ。本当の私は、まだ治っていないから……」
ユウキは瞼を全開にしていた。
今度は彼が、ジッと恋歌を見つめている。
「さっき花薗達を攻撃した姿が。本当の私なんだよ」
「待ってくれ……! 今こうして、僕と話しているじゃないか!」
「変だよね……? ユウと一緒だと、恐怖心がどこか行くの」
十年ぶりにユウキと再会した瞬間を、思い出す。
攻撃することでしか忘れられなかった、不快なものが。
ユウキと一緒にいると、別のものに置き換えられた。
「本当の私は、酷い奴なんだよ……! 防衛軍にとって、許されない事もしてきた……!」
恋歌は顔は微笑んでいるが。目の前がぼやけている。
声もすっかり掠れて。頬が濡れていた。
「だから、本当は貴方と一緒に居ちゃいけないの! だから……。もうお別れしよう?」
恋歌の言葉を受け取ったユウキは。
深い、あまりにも大きなため息を吐いた。
吐ききると同時に、彼の瞳に温もりが戻る。
「話が飛躍し過ぎだし。変な自己完結をするな。なんで別れなきゃいけないの?」
恋歌が呼びかけた時と、よく似た質問をユウキは投げてきた。
でもその声は、穏やかだった。
「誰にだって、見せたくない一面はあるよ。僕だってそうだったろ?」
ユウキの姿が、よく見たものに戻っていく。
昨日までと同じ、微笑みを見せてくれる。
「過去になにしたのか知らないけど。だからって、"はい、縁切ります"なんて出来るかよ」
「でも変わり果てた私を、誰も受け止めてくれなかったよ?」
「僕はそうそう簡単に割り切れないよ。そういう部分も受け入れるものだって、思う」
今度は恋歌の瞼が、開き始める。
顔から体にかけて、温もりが走る。
冷たかった頬が、乾いていく。
「僕は君が変わっていても。愛し続けるから……。勝手にどこか行くなよ」
ユウキは朝日に照らされながら、腕を伸ばす。
昔と変わらない、どこか格好つけたポーズを取る。
「ごめんね。僕は、さっきの自分の姿を、弁明しようと思ったんだけど……」
ユウキは花薗への容赦ない攻撃をした。
それ以降顔を、合わせてくれなかった事に対してだろう。
彼の変貌ぶりや、本当のユウキはどうなのか知りたい気持ちはあるが……。
「良いよ。話さなくても。私の為だって事は、伝わってきたから……」
「……。言語化されると、なんだか恥ずかしいなぁ」
「ユウ。さっきもっと恥ずかしい事、口にしたでしょ?」
ユウキは首を傾げた。
「私の事、愛し続けるってさ」
「それは別に、恥ずかしくないかな」
「なんで? やっぱユウって、ちょっと変。でも……。どういう意味で?」
恋歌は足がこそばくなってきた。
ユウキはニヤリとした笑顔に、変化する。
「僕、勿体ぶるの苦手だから言うよ。君の事、好きってこと。ずっと前からね」
温かい風が、恋歌の髪の毛をなびかせる。
瞼が落ち着くどころか、筋肉に力が入る。
「……。ユウって、そういう所、無駄に素直だよね……」
「伝えられる時に、伝えないと死ぬほど後悔する。僕は何度か味わったからさ」
少し哀愁を漂わせながら。ユウキは真っすぐ言った。
その言葉を誠実に伝えたいと言う、意志が見える。
「私……。ずっと消えたいと思っていた。私は消えて、もう一人の私が残れば良いって……」
恋歌は再び声がかすれた。
意味が変わったものが、目からあふれ出る。
「でも、初めて消えたくないって思ったかも……!」




