第6話 虚無
恋歌は携帯のアラームで、目が覚めた。
遮光カーテンの隙間から、朝日が差し込む。
パジャマから着替えて、いつものパーカへ。
フードを深くかぶり、袖をギリギリまで伸ばす。
肌を殆ど隠した状態で、部屋から出る。
「嬉しいの? 再会できて」
誰も居ない自室で。鏡に向かって問いかける。
「連絡先交換する後。携帯画面見て、緊張していたから」
服装を整えて、パーカのポケット手を入れる
返答はない。周囲にその声が聞こえることはない。
「私は何も言わない。貴方の感情は、任せる」
鏡の前から移動する。独り言を終える。
部屋から出て、カフェの地下室へ移動する。
恋歌と柴葉は、リベリオンに居候している。
この街に、自分が住む家はない。
VA事件と決着をつけたら、消えるつもりだった。
それなのに……。彼との再会が、何かを変えた。
「よう。悪いがミルクを取ってくれ」
柴葉は既に、パソコンを開いてる。
調べものが忙しそうなので、恋歌は言われた通りにした。
昨日ユウキが手に入れたデータを、解析している。
膨大な量なので、一晩で解析できなかった。
徹夜はしていないようだが、殆どの時間を費やしている。
彼女にとって、VA事件の決着は大きい。
「冬木なら、早朝から出て行ったぜ。上司からお呼びがあったようだ」
ユウキも暫くリベリオンに、寝泊まりすることになった。
敵が情報会社である以上。会話をログに残したくないそうだ。
「私、何も聞いてないけど?」
恋歌は柴葉の報告を、興味なさそうに聞き流す。
朝食の準備をして、席に着く。
「んだよ、冷てぇな。熱々だと思ったんだが」
柴葉が椅子を回して、恋歌に姿勢を向ける。
「お前さ、冬木の事どう思ってんだ?」
「貴重な戦力になる。私達よりもずっと強いし。修羅場も潜り抜けている」
「そうじゃなくて! お前、アイツと一緒だと、凄い楽しそうだからさ」
柴葉な真剣な口調を、恋歌に向けた。
弄るとかではない。自分を心配してると分かる。
「それは私じゃない。彼と居る時、私は強い力で引っ張られる」
恋歌は淡々と、ユウキの感想を漏らした。
他人事のように。知らない人を話す態度で答える。
「彼女に強い衝動があれば、私は引っ込む」
柴葉は一瞬だけ、瞳を大きく開けた。
カップを持つ腕が止まる。
「そうか……」
柴葉は短く、その言葉だけを出した。
気まずくなったのか、カップを口にする。
柴葉は椅子をパソコンに戻す。
「今日できることは、解析くらいだ。どうせカフェも定休日だしな」
柴葉は欠伸をしながら、髪を搔きむしった。
客に会わないから、今日は随分だらしない寝ぐせだ。
「暇なら掃除してくれ。恋歌は接客出来ねえんだから」
「出来ないんじゃないよ。しないだけ」
「それを出来ねえって言うんだよ」
恋歌は口角を下げながら、息を吐いた。
休みなら部屋に籠って、ゲームをしたいのだが。
居候なので、手伝わないと追い出されそうだ。
「毎日開店前に、お掃除ロボが掃除しているのに……」
「あれ充電に電気代かかんだよ。ちょっとは節約に協力しろ」
「そのパソコンよりは……。いや、なんでもないよ」
ぶつぶつ文句を言いながら、恋歌は階段を登る。
用具入れから掃除機を取り出す。
飲食をする場所なので、ゴミは極力減らしたい。
掃除をしながら、頭の中に浮かんでくる。
冬木ユウキの事ばかりだ。様々な疑問が、脳裏をよぎる。
十年ぶりの再会なのに、顔だけで誰か分かった。
彼を前にすると、全身が温まる。
真冬に毛布に包まれるような感覚だ。
「他にも友達は居たのに。なぜ彼だけ?」
『自分』の感情を理解できない。
掃除機を持ったまま、ボーっとしていると。
店の出入り口が、開く音が聞こえる。
「あ、すいません……。今日はお休みで……」
振り返り、入店者の顔を見た瞬間。
恋歌は息を強く飲み込んだ。
言葉も詰まり、体も硬直する。
「失礼。客ではないの」
店に入ってきたのは、一人の女性だ。
彼女は身分証明書を見せる。
防衛軍人間だ。それもユウキと違って、階級も書いてある。
「私は花園。ビジランテ社の襲撃事件について。君に話がある」
「襲撃事件ね……」
恋歌は目を細めた。掃除機を放り出す。
首を後ろに倒す。見下ろす様な視線を向ける。
嫌悪感丸出しの空気で、花園を見つめる。
「ご同行お願いできるかな? このカフェを荒らされたくないなら」
「よくもまあ……。私に対して、初対面の様に振舞えますね……」
「どこかでお会いした? 職務上大勢と、接するので」
恋歌はパーカの裾を、ギュッと握りしめた。
全身を震えさせ。上下の歯を噛みしめる。
「貴方の娘と花園家で遊んでいて……。意識がなくなったと思ったら、あの場所に……!」
「誤魔化せないか。その続きは、移動してから聞こう」
花園は右手を上げた。店の外に視線を向ける。
窓ガラスから、人の姿が見える。
数名のジャケットを着た人物達が、外で待機している。
「地下室に居る彼女。いくらでも連行する理由があるぞ」
恋歌は花園と、窓の外を交互に見た。
ここで騒動を起こすのはマズイ。
地下室にはグレーゾーンなものが、沢山置いてある。
恋歌は胸倉を、ギュッと掴んだ。
心拍数の上昇を、呼吸で抑える。
「いくら待っても、ユウキは来ない。彼は私が出した、別の任務中だ」
花園は勝ち誇った笑顔を、恋歌に向ける。
彼女が逆らえないと分かっていて。
選択を迫るように、マウントを取っているのだ。
「分かりました。信用はしませんが」
「賢明な判断だ。こっちも、これ以上事を荒立てたくなのでね」
恋歌は花園についていく。
外に出るなり、彼女の部下らしき人物に囲まれた。
全員武器を隠し持っている。傍から見たら護衛されているように見えるだろう。
話をするだけでは終わらないだろう。
分かっていても、強がることが出来ない。
「ここら辺にしよう。建物に入るのを、見られたくない」
花園が止まったのは、噴水のある広場だ。
早朝とは言え、不自然なほど人がいない。
事前に人払いが起きていると、考えるべきだろう。
「では早速だが。君達が回収した、NAIを返してもらおうか?」
前置きなしに。隠そうともせずに目的を告げられた。
NAIは柴葉のパソコンの中にある。
カフェから移動したのは、恋歌にとって好都合だった。
「何のことですか? NAIって何の事ですか?」
「悪いが、君と駆け引きをする気はない」
花園が手を上げた。周囲の兵士が、一斉に武器を取り出す。
手が下げられると同時に、武器が恋歌に向けられる。
四方を囲み、逃げ場を塞いでいる。
「素直に吐かないなら。力づくと行こう」
「それでも軍の人間ですか? これじゃあ反社と変わらない」
「真っ当な手段を使う段階は。もう終わったのだよ!」
威嚇の一発が、空に向けられた。
花園が本気を見せる。鼓動が早くなる。
もはや呼吸では、抑えられない。
顔を伏せながら、心臓に手を当てる。
目を閉じて、深呼吸をする。
「ふざけるなよ……」
口調が変わる。自分の意志にない、言葉を放つ。
意識が奥に吸い込まれていく。
腕が勝手に動く。両腕を広げて、目を開く。
獲物を見つめる捕食者のように睨む。
右手の近くに、鎌が出現。赤く光る刃を、兵士に向ける。
「お前ら全員……。ここでぶっ飛ばしてやる!」
腹に力を込めた一言を放つ。
鎌を大振りして、周囲に風圧を発生させる。
囲んでいた兵士が、一斉に飛ばされた。
自分の変貌ぶりか。反撃を想定していなかったのか。
兵士達は動きが、止まっていた。
「どんな防具も無駄だ。この鎌はやり込んだゲームの、最高級の装備だからな!」
「怖い、怖い。異能力を使いこなし。人を襲うのに慣れているな?」
花園は動揺することなく。兵士に指示を出した。
冷静な判断に影響されたのか。
彼らは再び統制の取れた動きを見せる。
「私に武器を向けるな!」
恋歌はメダルを召還した。
上空に投げ飛ばすと、メダルが光る。
粒となって、鎌の中に吸収された。
恋歌は兵士たちに向かって走る。
ただ通り抜けただけで、風が発生する。
「失せろ! 失せろ! 私の前から居なくなれ!」
恋歌は暴言を吐きながら、鎌を構える。
理性のない獣の動きで、兵士を攻撃する。
手加減する暇もなく。全ての次々撃退していく。
圧倒いう間に、兵士を全滅させた。
頭に手を当てながら、花園に目を向ける。
「お前は……! お前だけは……!」
恋歌は花園にゆっくりと、近づいた。
彼女はまだ、余裕の笑みを残している。
指示を出す様に、右手を動かした。
恋歌は背後に気配を感じた。
即座に振り返り、敵の援軍に構えようとするが……。
「あ……」
"彼"を見た瞬間。恋歌の体から力が抜けた。
鎌を地面に落とし。目つきから鋭さが消える。
胸を走るどす黒いものが、一気に飛び散った。
「ユウキ。これで分かっただろ? これが彼女の本性だ」
「どう……。して……? 別の任務って……」
「ああ。別の任務だ。ここで待機して、私を護衛しろと言うな」
恋歌は両手で、自分の体を抱えた。
その場でしゃがみ込み、全身が震え始める。
肉食獣から小動物に変異した様な姿だ。
ユウキの瞳を見つめる。
彼は光の無い目で、一点を見つめていた。
「あの動画は捏造じゃない。これで分かっただろ?」
「ユウ……。これは……。あの……。その……。違……」
恋歌は呼吸が荒くなった。
日本語が出てこないほど、頭が麻痺する。
地面に膝をつけて、ユウキの顔を伺う。
無表情だ。感情が顔に宿っていない。
怒っているのか、戸惑っているのかも分からない。
今になって、これが罠だったと理解する
「お前の言葉なんて、聞く気はないよ」
ユウキは剣を構えた。ゆっくりと、近づいて来る。
瞳から。表情から。動きから。体の全てから。
彼から感情らしきものが、感じられない。
虚無を見つめているような感覚だ。
その目線の先は、近づくにつれて明確になる。
彼がずっと、瞳に映していたのは……。
「お前の考えなんて、どうでも良いよ。大事なのは……」
ユウキは恋歌の目の前から、姿を消した。
背後から、悲鳴が聞こえてくる。
恋歌はその場に座り込んだまま。背後に視線を向けた。
ユウキが花園に、剣を刺していた。
逃亡を防ぐように、足に狙いを定めた。
「お前がなぜ、こんな作戦を立案出来たかだ」
見た目だけではない。声からも、抑揚が消えている。
ユウキは花園の襟をつかんだ。
「十年前、恋歌を誘拐したのは……。お前だったんだな」
語尾に疑問の見せない。これは確認ではない。
「私にこんなことして……。ただで済むと思っているのか!?」
「なんで主導権、握れると思っているの?」
ユウキは花園を、地面に叩きつけた。
倒れた彼女を、足で踏みつける。
「あ、あの女の凶暴性を見ただろ! まだ奴を信用するのか?」
「今は。お前が恋歌を、VA事件に巻き込んだ以外、興味もない」
足に体重を入れたのか、花園が悲鳴を上げる。
ずっと。ずっと、自分を視界に入れようとしない。
恋歌は立ち上がる。頭は回らないままだが。
攻撃とは違う衝動が、自分に広がる。
緊張から足が固まってる。それでも立ち上がった。
「もし恋歌が凶暴になったと主張するなら……。全部お前のせいだ」
ユウキは剣を花園に向けた。
両手で柄を掴み、振り下ろす準備をする。
「ユウ!」
恋歌は彼のあだ名を、必死で叫ぶ。
ユウキの動作が、凍ったように止まる。
花園から足を退かして。恋歌の方を振り向く。
「……。なんで止めるの?」




