第10話 終局地点
ビジランテ社の社長室。本来は斎野修一が座っていた席。
斎野敬は足を組んで、座っていた。
父とは意味が違う。同じ姿勢でも、彼の狂気が滲み出る。
「父も始末した。魔人召還のデータも手に入れた。私の夢は近い」
三本のデバイスを机に置き、敬は口角を上げる。
演技をしなくなった彼は。大人しさから最も遠い。
朝倉は壁にもたれかかりながら、話を聞いていた。
彼女も修一と話すときと、同じ姿勢だ。
双方を観察しながら、朝倉は斎野親子の違いを実感していた。
修一は社会的地位を重視するが。敬は立場など気にしない。
敬は時折、大胆に動くことがある。
自分が危うくなってでも、目的達成を目指す。
経営者と技術者の違いだと、朝倉は判断していた。
「舞台を整えてくれるのは結構だが。NAIはまだ三体しか居ないぜぇ」
計画が最終段階の様に、敬は話している。
NAIは五体居る。一体はユウキ達が所持しているが。
もう一体の所在は、謎のままである。
いや、敬は既に把握しているのだろうと、朝倉は思った。
彼女の言葉に敬は、腕を組んで反応する。
「問題ない。私の計画で、NAIの役割は終わった。もう興味もない」
敬は机に人差し指を乗せた。
窓が完全に閉鎖される。壁にディスプレイが現れる。
電波の調子も悪い。外から隔離された部屋になる。
現れたディスプレイには、都会が映し出されている。
見慣れない街。どこか違和感があるような、街並みだ。
「ミラーアース。NAI達が十年かけて作った、データの世界だ」
「なるほど。通りで人が作ったにしては、綺麗な訳だ」
朝倉は画面の世界の感想を、口にした。
人間の街は良くも悪くも、汚れがある。
その汚れが人間臭さを現して。アートの様な街を表現してる。
画面に映っている街に、そんなものはない。
機能性重視。計算された設計。
構造が完璧すぎる。朝倉はニヤニヤしながら、見つめていた。
「先日、日本と同じ面積まで拡張されたよ。この時点でNAIは、用済みだ」
「なるほど。リソース管理の為に。ビジランテ社のサーバーが必要だったわけか」
朝倉は全てに納得がいった。
斎野敬は父親と、最初から対立する気でいた。
それなのに、わざわざ父親の監視を受け入れていた。
これでは離反を知らせる様なものだと思っていが。
経営者に地盤を作らせるためだったのだろう。
「それでこんなもの作って、なにをするつもりだ? AIの世界でも作る気か?」
斎野敬はその質問に、小さく笑う。
立ち上がりながら、ゆっくりディプレイに向かう。
「もう直ぐ、この街の住民は。ミラーアースに移住する」
敬はディスプレイに、手を当てた。
まるで猫を撫でるかのように、手を動かす。
「生命の記憶をデータ化し、新たな肉体にコピーする」
敬はディスプレに、頬を当てた。
「ミラーアースでは、人々は自分の能力を好きに決められる。誰もが欲しい才能を、手に入れられる」
敬はディスプレイから離れて、腰を後ろに倒した。
大きく胸を張り。両手を広げて天井を見上げる。
自分に酔っている。朝倉の印象は、冷ややかなものだった。
「仮想世界が現実となり。誰もが嫉妬がない世界になる……! これが私の計画だ!」
「コンプレックスでもあったのかぁ?」
「いや。私の才能の証明だよ。非効率に平和を求めるより、ずっと良いだろ?」
純粋な笑みを浮かべる敬。朝倉は少しだけ恐怖を抱く。
無茶苦茶な言い分だが、本気なのは伝わって来る。
純粋は純粋でも。曇りのない狂気だ。
「約束通り、君に最高の舞台を上げよう」
ディスプレイを引っ込める。窓から光が差し込む。
敬は再び席に座り。パソコンを開いた。
「現実か仮想か。それを決める一大決戦をな!」
***
カフェ『リベリオン』の近く。
海の見える橋の上で。ユウキはビジランテ社を見つめていた。
斎野修一との戦いで疲弊していたのもあり。
敬が修一を始末するのを、止められなかった。
彼の言った、『会社が青く光る時、決戦は始まる』の意味も気になる。
だがそれ以上に、ユウキは考えることがあった。
修一戦の時、自分に起きた異変だ。
疲労はしていたが、ダメージが途中で回復していた。
魔人召還も、恋歌達曰く、魔人を纏っているようだったらしい。
「前にもこんな事あったな……。剣で刺されたっけ?」
回復が異常に早いのは、何度か経験している。
剣で腹部を刺された時も、直ぐに傷が塞がった。
自分の体が普通じゃないのは、自覚があった。
静かに風を感じながら。自分の右手を見る。
震えている。斎野敬に対してではない。
自分の事だろう。ユウキにも分からないものが、自分にある。
「ユウ……」
声をかけられた。ユウキは不安を押し込んで、振り向く。
恋歌が心配そうな表情で、見つめている。
無駄だと分かりつつも……。安心させるように笑った。
「なんだ? 作戦ならまだ……」
「一人で行くつもりでしょ?」
恋歌の言葉を聞いて。喉が空気を飲み込んだ。
脳が圧迫される感覚が来る。
「どうして? みんなで行った方が、ずっと……」
「それは出来ない」
ユウキは笑顔を消して。目線を逸らした。
恋歌の表情を見たくない。彼女を視界から消す。
「斎野敬も朝倉も、強敵だ。正直、一般人が太刀打ちできる相手じゃない」
「私達は……。足手まといって言いたいの?」
恋歌は無理矢理、ユウキの視界に入ろうとする。
彼女が動くたびに、ユウキも目線を動かした。
少し間を開けて。息を吸ってから口を動かす。
「そうだ。ここはプロに任せて。良い報告を待ってなよ」
「ユウ……。本当に、嘘が下手だね」
ユウキは頬が緩む。図星を突かれたのだが。
思考が停止しなかった。
「それなら、軍の人に報告するはず。一人で行く理由はない」
恋歌はユウキに、体を近づけた。
視界を遮り、どこを向いても見える位置に立つ。
「ユウには、人に見られたくない、何かがあるんでしょ?」
「本当に君は……。本心をずけずけと当ててくるね……」
「分かるよ。だってユウは、私の最初の友達だから……」
恋歌は顔を、ユウキの体に引っ付ける。
両手でユウキの腕を掴み。震えている。
「私、引っ込み思案だから。自己紹介の時、パニックになっちゃったよね?」
「ああ……。いきなりナマハゲやり出して……。こっちがパニックになったよ」
「あの時、ユウは『僕が悪い子だ!』とか言って、乗ってくれたじゃん」
もう随分遠い過去に思える、記憶だ。
まだ十七年しか生きていないのに。
幼い頃が、凄く遠く感じる。
「ユウが滑ったみたいになって。謝りに行ったら。笑ってくれたよね?」
「……」
「十年ぶりに再会して。ユウの色んな姿見てきたよ。軽口も、怖い所も……」
ユウキの腕を掴む手が、徐々に強くなっていく。
恋歌の声が、強張っているのを感じる。
「でも……。私には分かるよ。きっとユウは、変わっていない」
「っ……!」
「ユウ、私の事好きって言ってくれたよね? うやむやになって、まだ答え出せていないから……」
太陽の光と、恋歌の体から温もりが来る。
心地よいはずの温かさが。今のユウキには熱すぎる。
「ちゃんと答えたいから……。だから……! 私を置いて行かないでね……」
ユウキは恋歌の腕を、そっと離した。
後ろを向いて、建物の陰に入る。
「約束は……。出来ない」
その言葉は、自分が一人で行く理由を詰めていた。
もう一度、ビジランテ社の方を見る。
先ほどなかった、異変が発生した。
スパークの様なものが、建物に流れている。
そして……。斎野敬が宣言した通り、青く光っている。
「始まったか……」
ユウキは彼女に背を向けたまま。
ビジランテ社に向かって、歩き出した。
数歩したところで、袖を掴まれる。
「約束できないなら……。行かさない」
袖を掴まれる力は弱々しいのに。
それを振り切る力が湧いてこない。
「嘘つくなら、離さない」
乾いた声で。それでも力強く言われる。
瞼は閉じるのに。眼球に力が入る。
ビジランテ社から目を逸らし。海に反射する者を見る。
「貴方と居た時間は、多くない。離れていた時の方が多い」
背中に人の温もりが触れる。
体温が温かく感じ始めている。
「でも、ユウと一緒に居た時間が……。一番幸せ」
ユウキはゆっくり袖に手を伸ばし。
掴まれた腕を、引き離した。
「僕もそうだ。あと百年生きたとしても、それは変わらない。でも……」
水面に映る、ぼやけた彼女を見つめた。
「ごめん……」
ユウキはサイキック能力を発動した。
瞬間移動をして……。彼女の傍から離れる。
遠くまでは移動できないが。もう掴まれない距離に移動した。
水面もない。ユウキは前だけを見た。
真っすぐビジランテ社に向かって、走り出す。
ビジランテ社はこの街でも、大きなビルだ。
以前来た時も。斎野敬に用があった。
あの時は外から見えるほど、受付に大勢の人がいたが。今は誰も居ない。
「なにをするか知らないが……。良い舞台を用意してくれたな……」
ユウキはエレベーターに乗り込んだ。
斎野敬は社長室ではなく。開発部に居るだろう。
技術を集結させる場所が、最もセキュリティの高い場所だ。
以前紹介された情報を思い出して。
エレベーターで、該当する階に辿り着く。
少し廊下を進んだだけで、正解だと判明した。
社員証がないと入れない部屋が、開きっぱなしになっている。
中に入ると、机やパソコンなどが撤去されている。
大きなホールの様な、部屋になっていた。
「粋な計らいしてくれるぅ。社長より開発主任の方が、人の心が分かるようだなぁ」
部屋の奥。巨大なタイマーが映し出された場所。
開発室責任者の部屋の前に、人影があった。
「朝倉……。光日……」
「一人で来たんだなぁ。やっぱり、お前は私と同類だよ」
朝倉は剣を引き抜いた。刃をユウキに向ける。
以前の戦いで、彼女の能力も戦法も分かっている。
真っ向勝負でも、十分手ごわい事も……。
「正直、人の理想とかどうでも良いけど。提示額以上の報酬だなぁ」
朝倉は剣の柄を、折り曲げた。銃型に変形させる。
銃口から紫の光弾が飛ぶ。
ユウキの頬真横を通り抜ける。壁を貫通して穴をあける。
「お互い死んでも地獄行きだ。生き地獄も味わい中だ。地獄を楽しもうぜぇ」
朝倉は足踏みをした。
床が一瞬で、黒い液体に埋め尽くされる。
ユウキも剣を抜き。朝倉を光の消えた瞳で見る。
「僕は地獄を楽しめない。自分の罪から……。目を背けられなかったんだ!」




